認知症の人への終末期医療について、本人の意思確認の難しさと、医療提供に伴う困難さがあると筆者は考える。認知症の人の終末期医療はどうあるべきか?
本人の意思確認と医療提供の難しさが課題
認知症の医療の関わりは予防、診断、治療、そして終末期医療と続きます。
終末期にある認知症の人に、医療はさまざまな形で関わります。あるときは関わりが濃厚で延命を優先した医療に、またあるときには関わりが疎遠で死亡診断に限られることもあります。
しかし認知症の終末期医療は、認知症ゆえのいくつかの困難さを伴います。その困難さとは、認知症の終末期の判断、終末期医療に関する本人の意思確認、そして認知症の人への適切な終末期医療の提供にあります。
終末期医療において認知症の人が終末期に在るとする判断は重要ですが、広く認められた終末期の定義、あるいは基準はありません。
「終末期」とは−その定義−
認知症に限らず、終末期の広く認められた定義や基準はありません。ただし公的な見解として日本老年医学会(2012年)(注1)と三学会の「終末期」(注2)の定義があります。前者の定義は以下のとおりです。
「病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能な限りの治療によっても病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態」
しかし医療や介護の現場では、終末期が曖昧に判断されていることがあり、「余命3ヵ月」を「終末期」としたり、「高齢でなんとなく衰弱し死が近いようだ」を「終末期」とみなしたりすることがあり、介護の現場では医学的判断をともなわない「終末期らしい状態」(「みなし終末期」と呼ぶことあり)に終末期ケアを行っていることもあるようです。
注1:「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012
注2:三学会(「日本集中治療医学会」「日本循環器学会」「日本救急医学会」)が提案する「救急・集中治療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」(2014)による終末期とは以下のとおり。
1.不可逆的な全脳機能不全であると十分な時間をかけて診断された場合
2.生命が人工的な装置に依存し、生命維持に必須な臓器の機能不全が不可逆的であり、 移植などの代替手段もない場合
3.その時点で行われている治療に加えて、さらに行うべき治療方法がなく、現状の治 療を継続しても近いうちに死亡することが予測される場合
4.回復不可能な疾病の末期、例えば悪性疾患の末期であることが、積極的治療の開始 後に判明した場合
終末期医療に関わる用語
終末期医療に関わるいくつかの用語について私見を述べておきます。
「終末期医療」と「終末期ケア」の違いですが、この場合の「ケア」を生きることを支援するという意味とし、「終末期ケア」はより広い概念で医療も介護も含めた支援とします。
「ターミナル」あるいは「エンドオブライフ」といった音訳カタカナ英語は、「終末期」と同じ意味と理解しています(注3)。
さらに終末期に関連する用語として「緩和ケア(原語:palliative care)」「ホスピスケア(原語:hospice care)」あるいは「ホスピス緩和ケア」があります(注4)。
これらは主にがん末期の人に行われてきた必ずしも延命を重視しないで生活の質を尊重し、身体的・精神的・社会的な生活支援という理解しています。緩和ケアをホスピスという場で行う場合をホスピスケアと理解します。もっともホスピスとは特定の施設を意味するものではなく地域を含めた緩和ケアを提供する空間と理解します。
認知症の終末期−三宅の定義案−
終末期一般についてその定義や基準は以上のとおりであり、認知症の終末期についてはその定義や基準は公的にも私的にもほとんど示されてきませんでした。こうしたなかで私は認知症の終末期の定義を以下のとおり提案しました(注5)。
狭義と広義に分けた場合
この定義では認知症の終末期を狭義と広義に分け、狭義には認知症そのものが終末期の状態であること、広義には狭義の状態に加え、認知症に伴う他の身体疾患(例えば悪性腫瘍)によって終末期の状態にあること、としました。
狭義の認知症の終末期とは、以下の4つの条件をすべて満たす状態とします。
認知症がある
認知症の人との意思疎通が極めて困難か不可能な状態である
認知症の原因疾患による神経症状として嚥下が困難か不可能な状態にある
1〜3の3つの状態が非可逆的である
広義の認知症の終末期は以下の1または2の状態とします。
狭義の状態である
認知症であり、認知症と直接関係ない他の身体疾患が終末期状態である。
注3:ターミナルケア(原語:terminal care)とエンドオブライフケア(原語:end-of -life care)でのターミナルケアとエンドオブライフの違いを私はよく理解できない。こうした音訳カタカナ英語はでいるだけ避け日本語「終末期」に統一すべきと考える。
注4:医療保険で認められている緩和ケア病棟は、2014年11月現在、全国に317施設あり病床数は6,421である。これらは専らがん終末期の患者が利用する。
注5:三宅貴夫「終末期痴呆の医療に関する意思決定−患者と家族の関係−」(老年精神医学雑誌1999年10月号)
嚥下が困難か否か
三宅の定義について説明すると、狭義の認知症の終末期は進行性あるいは退行性の中枢神経の疾患であるアルツハイマー病を念頭に置いた定義であり、重度のアルツハイマー病で認知症が重度で意思疎通が困難あるいは可能としても介助による嚥下が可能であれば終末期とはしません。
介助しても嚥下がきわめて困難か不可能な状態であることは、自らの生命を維持することが出来なくなった状態であり、これを終末期と考えます。
しかし、この終末期とする状態でも末梢からの補足的な点滴補液、あるいは完全栄養補給の中心静脈栄養、あるいは胃瘻による経管栄養で延命は可能です。自らは嚥下ができない、しかも不可逆的であるということは、医療(延命医療)の介入を検討し、もし実行しないならば短期間のうちに確実に死に至るということで、この認知症が重度で不可逆的な嚥下困難な状態であり、認知症の終末期とみてよいと考えます。
この嚥下が可能か不可能か、不可能としても可逆的か不可逆的かの判断は慎重でなければならなりません。食道など上部消化管の器質的あるいは機能的な通過障害の有無などの検査を認知症の人に負担をかけない方法で試みます。また負担を少なくする誤嚥性肺炎の誘因とならないさまざまな方法で嚥下を試みてみます。
その結果、嚥下障害がアルツハイマー病あるいは脳血管障害など認知症の原因疾患によることを確かめます。さらに非可逆的な状態であるかについても、一定期間をおいて確認して、初めて「終末期」と判断します。
広義の認知症の終末期は、認知症が軽度で意思疎通が可能であっても、併発する身体疾患―例えば肺がん―が終末期にあることで判断します。
認知症の人の意思確認
認知症の人の終末期医療は、医師など医療職だけで決めるものではありません。あくまでも認知症の本人や家族など(注6)の意思を優先すべきものです。医療職(主に医師)が、これらの人への「インフォームドコンセント」(注7)によって終末期医療を決めるべきものです。
我が国では、軽度あるいは初期の認知症の人(注8)への「認知症の告知」が広がりつつありますが、この場合でも記憶障害を含めた認知機能障害のため告知の内容が正確に伝わらなかったり記憶されていないこともあります。
こうした告知に加え、認知症の終末期の告知については、狭義の場合、終末期に認知症が重度で意思疎通が困難でインフォームドコンセントはほとんど不可能でしょう。このため、家族らにインフォームドコンセントを行うことで本人の意思を確認したり、比較的認知症が軽度の状態で本人が意思表示した書類など(注9)で意思を確認することもできます。
認知症が軽度の状態の広義の終末期については、通常、インフォームドコンセントで対応できるかもしれないが、記憶など認知機能の程度を配慮した方法が望まれます。
なお本人の意思を代弁する者として家族が最優先されることが多いが、医療者は家族が複数の場合、どの家族が最も代弁するに相応しいか、認知症の人との多面的な人間関係(注10)を考慮して選ばなければならいでしょう。
注6:認知症の人の意思を代弁できる人は必ずしも家族に限定されない。親戚、友人、知人あるいは懇意の人のこともある。
注7:インフォームドコンセント(原語:informed consent)は、医療行為に限定されたものではないが、我が国では医療に関して専ら医師と患者あるいは家族らの間で行われる。「説明と合意(あるいは同意)」の訳語がよく使われるが、医師の説明に合意しないという場合もあり、また医師の提示し説明する複数の選択肢から選ぶこともあり、「説明と選択」が適切な訳語と思う。
注8:認知症が軽度とか初期という用語が曖昧に使われている。認知症は必ずしも進行ではないので軽度のままの状態が続くこともある。初期という場合の認知症は進行性―たとえばアルツハイマー病―の場合で、初期で軽度ではあるが、末期で重度となりうる。
注9:公的な公正証書または民間団体「日本尊厳死協会」の発行する宣言書(英語のliving willの音訳のリビングウイルにあたり「生前遺言」とも訳す)などの文書はあるが、終末期医療を法的に拘束するものではない。なお成年後見制度の後見人は本人に代わり終末期医療に関わる権限はないとする見方が一般的である。
注10:家族関係は、理性的、情緒的、倫理的、法的、経済的、文化的、宗教的などの多面的である。
「経管栄養」という選択
認知症の終末期医療のインフォームドコンセントで家族らが悩む課題の一つが、「経管栄養という選択」です。医療職は、認知症の人が嚥下困難になった場合、その原因、経過、および水分・栄養補給のいくかの方法を提案します。
選択1:口から摂れるだけ摂ってもらい後は見守る
選択2:末梢血管からの栄養的には不完全な補液をする
選択3:栄養的に十分な中心静脈栄養法を行う
選択4:経管栄養を行う
医療職は具体的でわかりやすく家族らに説明して選択を委ねます。しかし、この選択は家族らにとって容易でありません。「経管栄養」を選択しても選択しなくても悩む家族らに医療職は、その思いに沿った支援が期待されます。
終末期医療での急変時の選択
終末期医療を進めるなかで、想定外に再発を繰り返す肺炎や、心肺停止といった急変することがあります。終末期にある認知症の人は、誤嚥などで肺炎を併発しやすいが、肺炎を繰り返す場合、抗生剤をその都度投与するかどうかも家族らにインフォームドコンセントで選択を委ねることがあります。また、想定外の心肺停止のときに心肺蘇生術を行うかどうかについても、家族らの意思を確認しておく必要があるでしょう。
終末期医療の方針を決めた後も、家族らの理解や同意あるいは思いは変化するもので、医療職は適宜、家族らの思いや悩みを聴きながら、家族らの後悔の念ができるだけ少なくする支援が求められます。
終末期医療の場
病院
我が国では病院で死を迎える人が多く、認知症の人も例外ではないでしょう(注11)。病院での終末期医療の利点は、認知症の人の症状に臨機応変に対応できることです。呼吸困難時に酸素吸入、尿閉に膀胱留置カテーテル、疼痛に鎮痛剤の投与などです。しかし病院では医療主導で管理的で、延命医療が優先され、認知症の人にも中心静脈栄養法、挿管による人口呼吸、血液透析、ペースメーカー装着などが行われます。
こうした医療行為が好ましくないと一概には言えませんが、医療行為は認知症の人や家族らにわかりにくい、適宜な意思表示が行われにくい。医療職は、医療行為について適宜、わかりやすく説明に努めたいものです。また病院は、医療優先で生活が無視されやすいので、終末期に医療と生活の望ましい共存を保証する支援も期待されます。
特別養護老人ホーム
特別養護老人ホーム(介護保険下では「介護老人福祉施設」)は、生活の場としてまた「終の棲家」として最期まで高齢者、そして認知症の人の生活の場です。このため認知症の人が施設で亡くなり、終末期ケアも行われでいます。
しかし非常勤の医師と常勤の看護師および限られた医療設備のなかで認知症の終末期の判断、生活の場での相応しい終末期医療が試みられているのが現状です。この場合も認知症の本人や家族らの意思を尊重した終末期ケアが望まれます(注12)。
グループホーム
介護保険導入後、認知症の人に相応しいところとしてグループホーム(介護保険下では「認知症対応型共同生活施設」)が急速に普及しています。
グループホームでは長期間生活する認知症の人が多く、職員との繋がりが強く「疑似家庭的集団」となり、最期まで認知症の人を介護することになります。その流れのなかで終末期ケアが取り組まれています。
医療職が常勤とは限らないグループホームで認知症の終末期の判断が適切かなどの課題はあるとしても、協力医療機関の支援を得ながら、医療と介護の連携のなかでの終末期ケアが求められます。
在宅
在宅でも認知症の人の終末期ケアが取り組まれています。在宅の最大の利点は、住み慣れた家で家族らに見守られながら最期を迎えられることです。
これを保証するために終末期ケアの家族らへのインフォームドコンセントと意思確認、家族に相応しい医療と介護の指導、家族の負担の軽減、さらに24時間体制の訪問医療と訪問看護、さらには訪問介護との連携が欠かせないでしょう。
注11:2009年の総死亡者数は約114万人であるが、その死亡場所は病院(78.4%)、診療所(2.4%)、介護老人保健施設(1.1%)、助産所(0.0%)、老人ホーム(3.2) 、自宅(12.4%)、その他(2.4%)である。
注12:特別養護老人ホームでは介護保険での「看取り加算」が、グループホームではこれに加え医療保険での「在宅ターミナルケア加算」が、また在宅では同様の「在宅ターミナルケア加算」などの保険給付がある。
ライフ
|
[拡大写真へ]
|
|
|
認知症理解のための医学知識 - 11. 終末期医療- けあZine(2014年12月31日07時00分)
|
|




