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美人すぎる市議・藤川優里インタビュー- FLASH(2011年7月20日09時15分)

「東日本大震災が起こったとき、私は八戸市庁のすぐ近くのビルの5階にいました。長い揺れを感じながら、同時に、これは大変なことになる、と思っていました。被害がどれくらいに及んでいるのかという不安感と、政治家として、また一人の人間として何ができるのだろうかという思いが、頭の中で交錯していました」

 そう語るのは“美人すぎる市議”こと、青森県八戸市の藤川優里市議(31)。彼女が2度めの選挙を約1カ月後に控えたとき、八戸市は震度5強の揺れに襲われた。八戸港は6mを超す津波に襲われ、死者も出た。

 このたび、その半生と政治家としての決意を綴った初エッセイ『八戸から愛をこめて』(光文社刊)を上梓した藤川議員に、今感じていることを聞いた。

「私には、同じ“ゆり”という名の親友がいます。女医をしている彼女は、大規模災害などに備えて訓練を受けた医療チーム『DMAT』に所属しています。震災後、彼女は埼玉県大宮市から、出身地の八戸市立市民病院に戻ってきました。その後、大きな被害を受けた岩手や宮城の沿岸部に入って、活躍しています。出発直前、彼女は私に電話をかけてきました。『行ってくるから、あなたもしっかり仕事しなさいよ』というメッセージに、心が動かされました。彼女のように、災害の現場で身を粉にして働いている方々には、感謝の気持ちでいっぱいです」

 八戸港は、青森県の商品出荷額の3~4割を稼ぎ出している。震災では、その八戸港に立地する企業が大きな打撃を受けた。

「私が議員になって、市議会で初めてした質問が、まさに港の防災のことでした。『岸壁沿いに2万人が集まる館鼻の朝市に、地震・津波が襲ってきたら、車で避難する時間なんてありません。リーダーシップを取る人や、マニュアル、それを知らせる立て看板が必要じゃないですか?』という質問でした。するとさっそく次の日に市役所の方々と朝市の主催者が協議してくださって、八戸漁港に『津波警報が出たらすぐに避難しよう!!』という看板ができました。今後は、県全体、さらには北東北の経済の停滞を防ぐためにも、早急な八戸港の復旧が求められています。適切で使いやすく、持続した補償制度や、経済支援が必要です」

 現在、議会の港湾振興・災害対策特別委員会委員長を務める藤川議員。彼女が“美人すぎる市議”として全国的に有名になったのは、4年前のことだった。ネットの世界で人気に火がつき、テレビや雑誌から取材が殺到した。

「当初、取材依頼は全部両親が断わっていました。すると、早朝からシャッターチャンスを狙ったカメラマンが自宅前で張り込んでいる。市庁にもやってくる。以前住んでいた地域でも、住民の方に『藤川議員の若いころの写真があったらお借りしたいのですが』と訪ねてまわった記者がいました。化粧室内での私を撮ろうと、女性カメラマンを用意したところまでありました」

 戸惑うばかりだったが、後には八戸のPRのためと、DVDや写真集を出し、テレビに出演するようになった。
「県立八戸水産高校に招かれてマグロの解体ショーに参加、第一刀を入れさせていただいたりもしました。そのときも高校生たちに『本物の藤川優里だよ』と茶化されましたね(笑)」

【FLASH】

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