社員8人のリサイクル革命! 異素材混合廃棄物を処理する魔法の装置

プレジデントオンライン / 2016年12月15日 15時15分

森弘吉・エムダイヤ社長

これまでリサイクルに手間がかかった金属とゴム・樹脂など異素材混合の廃棄物を独自技術で破砕し、素材ごとに分類する画期的な処理装置「エコセパレ」を開発したエムダイヤは、わずか8人の企業ながら、その技術力の高さから国内外で注目を集めている。

■かつてなかった「こそぎ取る」破砕機

金属やゴム、樹脂、木材など材質の異なった素材が混合した廃棄物はこれまで処理が難しく、リサイクルにも手間とコストがかかっていた。例えば、タイヤにはゴムだけでなく、ワイヤも入っている。光ケーブルも鉄芯と樹脂と光ファイバーから作られている。様々な電子部品も樹脂と複数の金属に分けられる。

そのため、従来の分離・粉砕機は、廃棄物をいくつもの装置に通して、1~2ミリサイズまで小さくし、磁力選別や、振動・風力による比重選別、ときには手作業による選別で素材ごとに分けていた。そのため、大型のプラントにならざるを得ず、コストもかかった。それだけのコストをかけられないときは、埋め立てや燃料として使われ、素材としてのリサイクルができなかったのだ。

ところが、富山に本社を置く従業員8人のエムダイヤが独自に開発した分離・破砕機「エコセパレ」は1台ですべてをこなすため、従来の3分の1~10分の1までコスト削減することが可能となった。

同社社長の森弘吉(41歳)は、こう語る。

「従来の装置では破砕後の粒度を数ミリ程度まで小さくしないと選別できませんでしたが、エコセパレは20~25ミリの粒度でも素材を破砕し、分離できるので最終的な選別工程が容易になります」

タイヤを投入すれば、たちまちゴムとワイヤに分かれて出てくるし、光ケーブルを入れれば、鉄芯と樹脂に選別される。エコセパレによって、素材として再利用するマテリアル・リサイクルが可能となり、地球環境の保全にも役立つ。そのため、エムダイヤでは「-『もったいない!』をカタチに-」をキャッチフレーズとしている。

エコセパレは、弘吉の父である会長の誠一(70歳)が、その原型を1999年に開発した。なぜ、そんなマジックが可能になったかと言えば、従来の破砕法とは異なる原理と方法を誠一が発見、開発したからだ。

これまで破砕法の原理は、剪断(切る)か、圧縮(押しつぶす)、ハンマーリング(叩き壊す)だったが、誠一が考えた方法は簡単に言えば、「こそぎ取る」ことだった。

固定刃と回転刃を使い、硬い素材から柔らかい素材をこそぎ取るように剥離する。固定刃と回転刃の間隔、刃の角度など素材によって微妙に調整するが、そこにこそエムダイヤのノウハウがある。国内およびアメリカ、中国、韓国において特許も取得している。

■大手企業グループを中心に直取引

顧客の要望に従って装置をカスタマイズするが、現在は通信、自動車部品、デジタル家電各業界との取引が中心だ。光ケーブルや住宅内の配線、自動車のバンパーや内装材、タイヤ、パソコンや携帯電話などの処理に重宝されている。

いずれも大手企業グループを中心に直取引しており、トヨタ自動車グループの関連会社、日立製作所や住友電工のリサイクル子会社、ビックカメラや家電メーカー各社が共同出資して設立したフューチャーエコロジーなどに納入している。

2011年には富山県主催「第1回富山県ものづくり大賞特別賞」を受賞、2012年には日本産業機械工業会主催の優秀環境装置表彰で中小企業庁長官賞を受賞。富山県内で同表彰を受けた企業の中で最高位となった。その後も、2013年「中小企業元気とやま賞 中小企業部門」(富山県主催)などを受賞。森自身も「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2015 ジャパン」東海・北陸大会アントレプレナー賞<チャレンジング・スピリット部門>(新日本有限責任監査法人主催)を受賞している。

エムダイヤでは自社にある最新鋭の工作機械を用いて、材料(鋼材)から溶断・溶接・加工・塗装などすべてを一貫して行っている。そのため、顧客ニーズに細かく対応できる。営業も技術に精通しており、顧客の課題を解決する提案型営業が中心だ。

2015年には国際協力機構(JICA)の中小企業海外展開支援事業(案件化調査)にエコセパレが採択され、インドネシアに導入することで、リサイクルの再生資源創出と廃棄物の減容化の可能性調査を進めている。インドネシアの首都、ジャカルタでは廃棄物が1日6500トンを超え、ほぼ全量の6200トンが埋め立て処理されている。だが、処理能力を超える廃棄物量と技術処理の不足で、野積みや投棄も社会問題化しているという。

日本の中小企業の高い技術力は海外で求められており、エコセパレはこうした現状の改善に役立つものと期待されている。

■父との葛藤の中で2代目を継ぐ

現在、周囲の期待を背負って奮闘しているエムダイヤだが、実は誠一の創業した前身の会社が2001年に倒産という大難に遭っている。誠一は鉄工所勤務を経て、1979年に独立、起業し、油圧機械の修理業を始めた。仕事一筋の技術屋で、機械をいじるのが何よりも好き。頼まれれば採算割れでも仕事を請け負い、経営的にはいつも苦労していた。

しかし、頼まれて開発したガスボンベの処理装置がヒットして、業績が好転、社員も10人ほど抱えるようになった。弘吉は、そんな父を見て育ち、将来、父の会社を継ごうと高等専門学校で機械技術を学んだ。本科を卒業した1995年、さらに2年間の専攻科に進むつもりだったが、父の会社の業績が急激に悪化。倒産の危機を迎えた。

弘吉はいったん休学して父を支え、会社は持ち直したように見えた。ちょうど、その頃、顧客から廃タイヤの粉砕・破砕処理をできないかと相談され、誠一はその難題に取り組んだ。だが何度やってもうまくいかない。試行錯誤を繰り返す中で、開発費がかさんだ。

あるとき、破砕機の刃が欠け、運命のいたずらか、欠けた刃がうまくタイヤのゴムをそぎ落として、ワイヤと分離できた。それまで刃がワイヤに当たる度に刃こぼれが起き、その補修費用がバカにならなかった。誠一はこの偶然を見逃さず、開発を続け、ついに1999年に完成した。当初は廃タイヤ専用の破砕装置として売り出し、マスコミにも注目された。当時、NHKも取材に来たという。アメリカの大手自動車会社の副社長がハワイでそのNHKの番組を見て、直接機械を見たいと連絡があったほどだという。

弘吉は安心して石川県の大手工作機メーカーに就職、しばらく武者修行して父の会社に帰るつもりだった。

ところが、2001年、誠一はよからぬ会社に装置を販売し、その売掛金が回収不能となった。負債総額は3億円を超え、ついに倒産を余儀なくされた。森一家は工場も家も失った。弘吉はあわてて実家に帰り、惨状を見た。

「この間、資金繰りにかけずり回ったのは母でした。父は、逃げるように開発に熱中し、結局、会社は倒産。自宅も土地も競売にかけられ、私が家を出るとき、母は声を上げて泣きました。そんな姿は初めて見ました。当時、私は石川県で一人暮らしをしており、そのアパートに帰る途中、車の中で悲しくて悔しくて涙で前が見えませんでした。母をこんなに苦しめた父を責めたこともあり、親子の関係が少し疎遠になっていた時期もあります」

■世の中に通用する経営者になろうと決めた

誠一はその後、腕を評価してくれた知人の会社に招かれ、一人親方として仕事を続けた。そんな父を見るうちに、弘吉は父が開発したすばらしい技術と製品を埋もれさせたくない。世の中に広めるのは息子である自分しかないという思いが募り、2005年、会社を退職して、父と共同出資で会社を設立した。それが現在のエムダイヤだ。

「本当は私も、ものづくりをしたかったが、職人ではなく、商人に徹し、世の中に通用する経営者になろうと決めました」と弘吉は決意を固めた。その後、弘吉は全国を回って顧客開拓に奔走、先輩経営者に学びながら経営理念も作り上げた。創業以来、毎年、年間1000~1500人もの人々と名刺交換をし続けているという。

エコセパレにも改良を加え、処理できる廃棄物の種類も増えてきた。また、最近ではエコセパレだけでなく、性能と耐久性とランニングコストに優れた電動式のエコカッターや、基板剥離機、ローラー式粉砕機などの製品群の開発にも力を入れている。誠一は今でも新製品や新技術の開発に専念している。

「父とは今も意見は合いませんが、父の人間的な魅力にはかないません。人とのつながりを大事にして、引き受けた仕事には全力で打ち込む父に惚れ込んでいるお客さんも少なくない。その点は見習わなくてはと思っています」と、弘吉は笑う。

父との葛藤を通し、経営者としての覚悟を身につけることで、弘吉の人間的な魅力もきっと増しているはずだ。

(文中敬称略)

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株式会社エムダイヤ
●代表者:森弘吉
●設立:1979年
●業種:分離・破砕機を中心としたリサイクルプラントの設計・販売、各種機械装置の保守・点検・修理、廃プラスチック材を中心としたリサイクル材の加工および輸出販売など
●従業員:8名
●年商:非公開
●本社:富山県滑川市
●ホームページ:http://www.m-dia.com/

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(ジャーナリスト 吉村克己=文 エムダイヤ=写真提供)

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