アパホテル騒動で中韓メディアが“誤報の連鎖”。反日感情を煽るには絶好のネタだった?

週プレNEWS / 2017年2月16日 10時0分

日中の“誤報”や“デマ”と戦う、「フェニックステレビ」東京支局長の李氏

アパホテルが南京虐殺事件を否定する書籍を客室に置いていることに端を発した騒動は、中国当局が訪日中国人観光客に同ホテルの利用自粛を呼びかけるなど、いまだ尾を引いている。

しかし、この騒動には看過できない“誤報の連鎖”があったという。「週プレ外国人記者クラブ」第65回は、香港を拠点にする「フェニックステレビ」東京支局長の李淼(リ・ミャオ)氏に話を聞いた――。

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─日中関係が、ただでさえ“史上最悪”と言えるほどギクシャクしているところに、アパホテルを巡る問題でさらに混乱が拡大していますね。

 問題の発端は、アパホテルグループの客室に常備されている、同グループ代表・元谷外志雄(もとや・としお)氏が「藤誠志」のペンネームで書いた『本当の日本の歴史 理論近現代史学Ⅱ』という書籍だったわけですが、そこから“誤報の連鎖”が始まってしまいました。

同書は「いわゆる南京虐殺事件は中国側のでっち上げであり、存在しなかったことは明らかである」といったような内容が記されたもので、中国人としては当然、納得がいくものではありませんが、まず中国の「環球時報」1月23日付が誤報を出しました。誤報の内容は「アパホテルの代表が『中国人の予約は受けない』、また『安倍晋三首相が私の活動をサポートしてくれている』と発言した」というものです。

元谷代表の発言は、彼が主催している「勝兵塾」での1月19日の講演からということでしたが、そんなことを言ったという事実はなく、全く誤報でした。実際には「公式サイトからの予約はできず、中国からも予約ができない状況にある」「安倍首相は、私は大変な活躍をされていると思います」というもの。

はたして、この誤報が単なる誤訳などのテクニカルな問題で起きたのか、あるいはなんらかの意図が働いたのかはわかりません。ただ、問題の発端である書籍に関する報道が中国で過熱している時に出た誤報だったので、日中関係に与える影響は小さくはなかったと思います。

─問題の書籍に対する中国での関心は高かった?

 以前もお話したように、現在の日中関係は1972年の国交正常化以来“最悪”と言える状況です。そこに「日本でも有数のホテルグループが『南京虐殺事件はなかった』という内容の書籍を客室に置いている」という報道ですから、反日感情を煽(あお)るには絶好のネタだったのでしょう。

─以前も李さんがご指摘したように、南京虐殺事件に関しては日本の外務省も公式に存在を認めているわけですから、そもそも問題の発端である書籍が“誤報”という見方もできます。

 ただ、私が自分のブログなどでこの書籍に関する問題を中国人に解説する時には、まず「日本では言論・表現の自由が認められている」という説明から始めるようにしています。ホテルの客室という公共性のある場所に置くという行為が正当化できるかどうかは別にして、日本では自分の意見を好きなように書いて情報発信する自由が認められている。中国人はまず、そのことを理解する必要があると思うからです。

問題は、最初にも言ったように“誤報の連鎖”が始まってしまったことです。中国メディアの報道を受けて、韓国の「中央日報」も誤報をそのまま伝えてしまいました。私自身、ジャーナリストとして情報を精査する時に苦労しているのは、現代の社会は世界中どこでも「あまりにデマが多い」ということ。私の日常は“デマとの戦い”と言ってもいいほどです。

─しかし、「中央日報」には日本総局がありますから、情報のウラを取ろうと思えば簡単にできたはず…。

 そうです。「勝兵塾」での元谷氏の講演はYouTubeにもアップされているので、それを見れば簡単に確認できたはずです。ただし「中央日報」の報道は「中国メディアの報道によれば…」というものでした。それでも引用元の誤報が明らかになると即座にネット上の記事は削除されましたが…。

確かに、言論の自由はある。しかし、一方でジャーナリズムには「正確な情報を伝える」という職業倫理や責任がなければいけないと思います。「ニュースソースを確かめる」「当事者に確認する」というのは、ジャーナリストとして活動する上での基本でしょう。それを怠れば、“デマとの戦い”に負けてしまいます。

─中国には「山寨」(シャンツァイ)という言葉がありますね。「模倣品」「ニセモノ」を意味する言葉のようですが、余華(ユイ・ホア)という現代中国の作家が書いた『ほんとうの中国の話をしよう』という著作では、ひとつの章を割いてこの「山寨」に言及しています。この本は中国国内で発禁処分になっていますが、原題は『十個詞彙裡的中国』で、「10のキーワードから読み解く中国」という意味でしょうか…そのキーワードのひとつが「山寨」で、中国にはニセモノに対して特別な価値観を認める文化があるような気もします。

 いいえ、ニセモノに特別な価値を認める文化というのは中国には存在しません。ただ、中国でコピー商品が氾濫しているのは事実でしょう。要は、現在の中国ではまだ知的所有権などの概念が十分に根付いていなくて、それに違反する行為を取り締まる法律も機能的に働いていない状況だということだと思います。

─余華氏は自分が受けた記憶のないインタビュー記事が雑誌に掲載されているのを見つけた、と書いています。

 それと似たような経験は私にもあります。取材を受けた覚えもないのに中国のインターネットメディアが、私が日本の現場から発信した3.11の東日本大震災関連の報道を中心にインタビュー記事のような体裁で掲載しているのを見つけたことがあります。

―李さんの“エアインタビュー”までありましたか…。他にメディアによる“誤報の連鎖”といえば?

 日本のメディアによる誤報に当事者として関わった、というか巻き込まれたことがあります。小野寺五典さんが防衛大臣だった2013年当時、記者会見で私が「尖閣諸島周辺の領空に中国の飛行機が入った場合、警告射撃はあり得るのか?」という質問をしました。それに対する小野寺大臣の答えは「国際的な基準に合わせて間違いのない対応を備えている」というものに留まり、尖閣諸島という個別の案件へのコメントは控えました。

ところが、朝日新聞のニュースサイトが「防衛相『領空侵犯、信号弾で警告』中国メディア質問に」といった見出しで、「無線での警告などに従わずに侵犯を続ければ、警告として信号弾を射撃する方針を明らかにした」と報じたのです。実際には、小野寺大臣は「信号弾」や「警告射撃」という言葉は使っていません。

この朝日の記事は、その日の内に中国国内でもトップニュースとして報道されて非常に大きな反響がありました。中国メディアは、ニュアンス的には「日本の防衛相が“再戦”を布告」「中国に対する射撃を通告」といったトーンで伝えたので、外交的にも非常に危険な局面に進みかねなかったと思います。

─誤報によって戦争が起きていたかもしれない。

 そうです。私も危険を感じて、ブログで「小野寺大臣の発言は、本当は違う意味のものだった」と発信したのですが、中国人の反応は「朝日新聞が書いているのだから間違いない!」というものでした。中国人や中国メディアの傾向として、日本の大手メディアを過信している点が挙げられます。小野寺大臣に質問したのは他の誰でもない、この私なのに。

先日も稲田朋美防衛大臣の記者会見で、中国の国防部が公表した日中の戦闘機が対峙している画像に関して、私はその真偽を稲田氏に質問しました。それに対する答えは「この画像の一部はCG加工されている」というものでしたが、ある中国メディアは「日本の防衛大臣が自ら示した画像が真実でないことを渋々認める」というニュアンスで伝えました。

つまり、稲田大臣が「CG加工されている」と言ったものは、もともと中国の国防部から出たものだったのに、中国メディアの報道では「日本が加工して示していた」ことにすり替わってしまっていたのです。誤報の連鎖というか、もはや一般の人にとっては何を信じていいのかわからない、危機的状況だと思います。

繰り返しになりますが、ジャーナリズムの基本は「ニュースソースを確かめる」「当事者に確認する」というもので、私自身は政府から発表されるリリースであっても必ず確認作業を経てから情報発信するように努めています。この確認作業は、今の時代にあってはジャーナリストだけでなく、インターネットでニュース情報に接するのなら、すべての人に必要となってきていると思います。

●李淼(リ・ミャオ)

中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)

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