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「光る君へ」実物が残っていない紫式部の文字はこうして生まれた!書道指導・根本知が明かす

シネマトゥデイ 映画情報 2024年8月11日 12時0分

 吉高由里子が紫式部(まひろ)役で主演を務める大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合・日曜午後8時~ほか)で題字揮毫(きごう)および書道指導を務める根本知。紫式部はのちに1000年の時を超えるベストセラーとなる「源氏物語」の作者として知られるが、実物の書は残されていない。ドラマでは一体、どのようにして紫式部の文字を作り上げていったのか。根本が裏側を明かした。

 本作は、平安中期の貴族社会を舞台に「源氏物語」を生み出した紫式部(まひろ/吉高)の生涯を、大河ドラマ「功名が辻」(2006)や、社会現象を巻き起こした恋愛ドラマ「セカンドバージン」(2010)などの大石静のオリジナル脚本で描くストーリー。本作では紫式部のほか清少納言(ファーストサマーウイカ)、藤原道長(柄本佑)、藤原行成(渡辺大知)らの独特な書も注目を浴びているが、各キャストに書の指導を行っているのが根本。題字と書道指導を兼任する異例の抜擢となった。

 後半戦の見どころの一つが「源氏物語」誕生秘話だが、そもそも劇中に登場する紫式部の文字はどのようにして生まれたのか? そのもとになったのが「伝紫式部」と言われる書物だ。

 「監督陣や脚本の大石先生と相談の上、こういう字はどうですかと何回か提案させていただきました。紫式部の実物の文字は残っていないので、まず参考にしたのが『「伝紫式部』と言われる古筆切(古い書物の断片)の伝称筆者による文字です。『古筆』とは書道史上で、主に平安時代から鎌倉時代初期までに書かれた歌や物語に残る優れた筆跡を指します。古い書物はバラバラになって各地に分散しているので、もともと誰が書いたのかわからない。なので後世の例えば鎌倉、室町時代にそれらを手に入れた人は専門家に相談するわけです。紙の質とか書かれている内容、そして書風を見て伝聞もふまえて、どの時代に書かれたものなのか、執筆者を判断する。そのうえで『伝誰々』と鑑定するんですが、紫式部も成田山の書道博物館に『久海切』という『伝紫式部』があって、それを見るとすごく細くて、回転が多くて小粒という特徴がある」

 「久海切」から根本が紐解いたのが、「物語を書く人」ならではの文字だった。「紫式部は書家(書道家)ではなく物語の作家なので、例えば書の達人と言われた藤原行成と違ってうまくある必要はないわけで。『光る君へ』では、『久海切』の文字と、平安時代に書かれた『斎宮女御集』にある小粒の丸字をもとに、まひろの手本を書いていきました。この書風であれば、早書きで手が疲れることもなく、たくさんの文字を書けます」

 ところで、まひろ(紫式部)の書のシーンは吉高が吹替えなしで行っており、そのために本来は左利きだが右利きに変えている。これは誰にでもできることなのか。

 「僕だってできません! だから吉高さんはすごいと思います。真面目で大変な努力家で気遣いの方。ご自宅でお稽古として書く量が凄いんです。“練習してくださったんですね。ありがとうございます”と言ったら“泣きながらやってんだからね~!”とおっしゃっていましたけど、本当に一生懸命に取り組んでくださって。初めは手元を吹き替えにするお話もあったんですよ。書道指導のお話をいただいた時、まだ脚本もないなかで指導が始まって、制作陣から初めに言われたのが“利き手を変えて書くことが可能か見定めてほしい”ということでした。それで何回かお稽古したのですが、吉高さんが歩み寄って努力してくださる方だとわかったので、できると思ったんですよね。制作陣の本人で撮りたいというご意向が強かったこともあって、吉高さんも“やってみようかな”と乗ってくださった」

 撮影外でも書の練習を続ける吉高の努力が実を結んだことを、根本が実感した瞬間があったという。

 「吉高さんが先日のお稽古でおっしゃっていたのですが、“初期の頃の映像を見ると、よくあんな下手な字を載せちゃったなって”と。実は、それはすごくいいことで。今は第40回ぐらいのシーンの書を練習しているんですけど、もうとんでもなくうまいんですよ。かな文字は、僕の書いた文字とつなげるとほとんど見分けがつかないぐらいで。前の映像を見た時に下手だと思えたということは成長している証拠で、書だけではなく目も良くなっている。序盤のまひろは10代前半だった。“書は人なり”と私はよく言うけど、吉高さんが紫式部に同化していくにつれて書も大人っぽく品良くなっていると感じます」

 なお、前半でまひろが道長に贈っていた漢詩や宣孝(佐々木蔵之介)に贈った歌と、後半で執筆する「源氏物語」とでは書風に違いがあるとも。

 「亡くなった夫の宣孝とは歌のやりとりでけんかをしていましたけど、心をそのまま吐露する和歌と、フィクションとして描く物語って、僕の中ではだいぶ違うんです。歌を書く時には胸の内をそのまま吐露する、いわばX(旧Twitter)のようなものだから、文字を散らしたりして激情を表していました。一方、『源氏物語』の頃には作家として自分の中に没入して落ち着いていくので書風に変化はつけていませんが、書く時の姿勢を前かがみに変えました。加えて、これまでは腕を上げて筆を柔らかく持っていましたが、速く書けるように筆の下の方を持ってぎゅっと握ってくださいと。そのスタイルには大石先生も賛同してくださいましたが、吉高さんは初めの頃に僕が“ダメです”と言っていたスタイルに戻す格好になったので“やっと雅な型が身についたのに……”と嘆かれていました(笑)」

 変化しているのは書だけではなく、紫式部が大長編の「源氏物語」を完成できたのは上質の紙があってこそだと根本は語る。

 「劇中に登場する紙は低級、中級、上級と3段階あって、まひろの身分が高くなるにつれて紙の質を変えてるんです。まひろが為時邸で書き物をしたり、代筆のアルバイトをしていたシーンなどが低級紙です。混ざり物のある茶色の紙ですね。まひろが宮中で『源氏物語』を書くようになると紙の質も上がってくる。まひろが越前で暮らしていた頃に越前和紙に感激していたことからも彼女が紙を大事にしていることがわかります。だから大きく堂々と書くことはしないだろうし、だけど物語をたくさん書かなきゃいけない。なので文字を徐々に小さくしているんです。低級紙だとにじんでしまうので大ぶりに書いていますが、後半に行くに従ってびっしり書くようになります。越前和紙ができたから『源氏物語』が生まれたと言っても過言ではないと思います。加えて、キャストの方々には攀桂堂さん(滋賀県高島市)が作っている紙巻筆を使っていただいていますが、一本伸びている命毛が重要で、この筆だからこそ細かい字の回転も可能になっています」と言い、「文房具の進化も見逃しちゃいけない」と強調していた。(編集部・石井百合子)

根本知(ねもと・さとし)

 立正大学文学部特任講師。教鞭を執る傍ら、腕時計ブランド「Grand Seiko」への作品提供(2018)やニューヨークでの個展開催(2019)など多岐にわたって活動。無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020~)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。近著に「平安かな書道入門 古筆の見方と学び方」(2023)がある。

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