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菅田将暉が驚いた黒沢清監督の独特な演出 参考にしたのはアラン・ドロンの犯罪映画

シネマトゥデイ 映画情報 2024年9月2日 7時2分

 俳優の菅田将暉と海外でも評価が高い黒沢清監督が初タッグを組んだ映画『Cloud クラウド』(9月27日公開)は、奇妙な味わいがあるサスペンスだ。タイトルの「Cloud」はネット用語の「クラウド」からきており、クラウドコンピューティングの「cloud(雲)」とクラウドファンディングの「crowd(不特定多数の群衆)」を掛けたもの。買い叩いた商品をネット上で高額で売り捌く「転売ヤー」である主人公・吉井良介を菅田が演じ、ジリジリと迫る緊張感と、毒のあるジョークが交差する作品となっている。第97回米国アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表作品に選出されたことでも話題の本作について、菅田が黒沢監督との出会いから独自のストレス解消法までを語った。

 菅田と黒沢監督の出会いは、約10年前に遡る。青山真治監督の『共喰い』(2013)に主演した菅田は、青山監督と共にスイスのロカルノ映画祭に参加。菅田にとって初めての海外の映画祭だった。そこで青山監督から紹介されたのが黒沢監督だ。2人の監督は映画製作会社「ディレクターズ・カンパニー」で苦労を分かち合った間柄だった。

 「僕にとって青山監督は、映画の現場のことをいろいろと教えてくれた師匠のような存在でした。怖くもありました。その青山監督が、黒沢監督ご夫妻との食事に誘ってくれたんです。青山監督と黒沢監督が話しているときのムードがすごくよかった。お互いにリスペクトしていることが伝わってきました。日本に戻ってから、黒沢監督の『CURE キュア』(1997)などを観て、すっかりハマったんです」

 青山監督の作品にまた出たいという菅田の願いは、青山監督が2022年に亡くなったために叶えることはできなくなったが、青山監督が繋いだ縁によって、10年越しに黒沢作品で主演を果たした。菅田としては並々ならぬ想いがあったようだ。とはいえ、予想外の展開の連続となる『Cloud クラウド』の主人公・吉井を演じるのは容易ではなかった。

 「衣装合わせで黒沢監督と再会したのですが、人が多くて落ち着いて話すのは難しそうだったので、改めて時間をつくってもらいました。いちいち“この台詞の意味は?”などと尋ねるのは野暮だよなと思いつつも、黒沢監督がどんな気持ちでこの企画を動かしたのかなど、少しでも分かればと思ったんです」

 黒沢監督との話し合いは雑談が中心だったが、その中で出てきたのが今年8月18日に亡くなったアラン・ドロンが主演した犯罪映画『太陽がいっぱい』(1960年・ルネ・クレマン監督)だった。

 「黒沢監督との話の中で“参考に観ておいた方がいい作品はありますか?”と尋ねたところ、黒沢監督が挙げたのが『太陽がいっぱい』でした。初めて観ました。アラン・ドロンの強烈な個性あっての作品ですが、主人公が、懸命に裕福な友人のサインを練習し、完全犯罪を遂行しようとする。その姿が笑えるし、悲しいし、そして色気もある。あぁ、黒沢監督が求めている面白さはこういうことなんだな、と」

 物語は、吉井がクリーニング工場での勤務と転売ヤーを掛け持ちしていた序盤、転売ヤー専業となり湖畔の一軒家で恋人の秋子(古川琴音)と暮らし始める中盤、そして不定形だった恐怖が形になって襲ってくるクライマックスへとなだれ込んでいく。作品はブラック・コメディーのテイストもはらんでいるが、本心を誰にも明かすことのない男・吉井を、菅田はどのような意識で演じたのだろうか。

 「作品全体としては、緊張感や焦燥感をグラデーションをつけながら出していく感じでした。吉井は転売の仕事に罪の意識はあるんです。恋人の秋子と幸せになることも願っている。でも、この仕事でやっていくしかない。商品が売れるとうれしいけど、ずっと危ない橋を渡り続けなくてはいけない。そんな不安と高揚感を繰り返しているうちに、どんどん不気味なものが近づいてくる。僕がふざけたらこの映画は終わってしまうので、常に真面目に悪事を働く吉井であり続けるようにしました。不特定多数の一人だった人間が、後戻りできない一線を踏み越えて何者かになってしまう。そんな怖さと面白さが、この作品にはあると思うんです」

 黒沢組を「とても楽しかった」と菅田は振り返る。スタッフが生き生きと働き、撮影現場には「いいエネルギーが流れていた」という。その日の撮影が終わるとカンパ箱が回り、集まったお金で各部署の助手たちが集まる助手会が開かれたことを菅田は楽しそうに語った。そして、黒沢監督の演出も、これまでに経験したことがないものだったそうだ。

 「表情や仕草についてではなく、黒沢監督は動線をまず決めてくれるんです。その動きがまた少し変わっていて。その動きに従っているうちに、吉井感が出てくることが自分でも感じられました。例えば、転売する商品をネットに出品し、売れ行きをパソコンの前で見ているシーンがあるんですが、画面に齧り付くわけでもなく、少し離れた場所に座って、じぃ~っと見つめている。その様子が不気味だし、どこか吉井の臆病な内面も感じさせる。そんな吉井だから、商品が売れても“よっしゃー!”とは喜ばないですよね。これが売れてもずっと幸せなわけではない。黒沢監督の演出のおかげで、吉井の日常感みたいなものを出せたように思います」

 今年は映画『笑いのカイブツ』『劇場版 君と世界が終わる日に FINAL』が公開、配信ドラマ「寄生獣 -ザ・グレイ-」(Netflix)が配信。俳優業のほか、ミュージシャンとしてパリオリンピックに向けたフジテレビ系のアスリート応援ソング「くじら」を担当。同楽曲を含んだ3thアルバム「SPIN」を7月3日にリリースし、9月には自身初となるアリーナライブを開催する。吉井を取り巻く面々はストレスまみれの日々を送っているが、菅田自身は多忙なスケジュールの中でストレスをどう解消しているのか?

 「20代のなかば、忙しさがピークだった頃に思ったのですが、仕事のストレスは仕事でしか解消できないし、プライベートのストレスもやはりプライベートでしか解消できないなと。お芝居のことが気になっていると、遊んだり、旅行したり、好きなものを買っても、悩みは解消されない。それで仕事上で好きなことをやって、気持ちのいい瞬間を見つけるようにしたんです。当時の僕にとっては音楽やラジオの仕事でした。そもそも楽な仕事はないので、ストレスは必ず溜まります。逃げ道として自由度のある仕事があれば、気分的にすごく楽になるんじゃないかと思います」

 プライベートではミア・ゴス主演の『X エックス』(2022)、『Pearl パール』(2023)といった毒のあるサスペンスが大好きだという。本作のクライマックスで、スマホを手にした吉井が口にするひと言に思わず吹き出したことを伝えると、「あのシーンで笑ってもらえると、うれしいですね」と笑顔。菅田と黒沢監督がタッグを組んだことで、独特のブラックな味わいの映画に仕上がった。なお、本作は先ごろ行われた第81回ベネチア国際映画祭でのワールドプレミア上映(アウト・オブ・コンペティション)でスタンディング・オベーションが巻き起こり、第49回トロント国際映画祭の「センターピース部門」(※国際映画祭で高い評価を受けた作品や、才能あふれる監督のプレミア作品、巨匠の最新作などを紹介する部門)にも出品されている。(取材・文:長野辰次)

ヘアメイク:AZUMA(M-rep by MONDO artist-group) スタイリスト:KEITA IZUKA

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