三谷幸喜監督5年ぶりとなる新作映画『スオミの話をしよう』(公開中)。長澤まさみを主演に、現在の夫に坂東彌十郎、元夫として西島秀俊、松坂桃李、遠藤憲一、小林隆というユニークな面々が揃った。本作では、三谷組常連俳優と、西島や松坂ら初参加の俳優たちが入り交じり、独特の三谷ワールドを展開する。そんな歴戦の俳優たちの演出方法について、三谷監督が大切にしていることを語った。
キャスティングの狙い
主人公は、ある日突然姿を消してしまった著名な詩人の妻スオミ(長澤)。現夫である詩人の寒川しずお(彌十郎)、スオミの4番目の夫で失踪事件の捜査に当たる刑事・草野圭吾(西島)、寒川の家で庭師として働く最初の夫・魚山大吉(遠藤)、2番目の夫でYouTuberの十勝左衛門(松坂)、3番目の夫で警察官の宇賀神守(小林)が、スオミ失踪の真相に迫るミステリーコメディだ。
この5人の夫のほかにも、草野の後輩刑事・小磯杜夫役の瀬戸康史、寒川の世話役・乙骨直虎役の戸塚純貴、スオミの側にいつもいる謎の女・薊役の宮澤エマら実力派俳優たちが名を連ねる。
三谷監督は、自身の作品で常連組から初参加の俳優まで、こうしたキャスティングについて「ご一緒したことがある人と初めての方のバランスはあまり考えません。あくまでその役に合った人をイメージしています」と語りながら、「小林隆さんは劇団時代から長くご一緒していますし、瀬戸康史さんもここ数年舞台を一緒にやっていて、僕の呼吸というか、僕がいま何をしたいのかということを、瞬時に察知してくださる方。今回は特に長回しの舞台的な演出をしたので、みんなを引っ張ってくださる人が必要だったので、このお二人に加えて宮澤エマさんにも入っていただきたいなとは思っていました」とキャスティングの意図を語る。
三谷監督が話すように、まるで舞台のような長回しによるライブ感あふれるシーンがある。5人の夫と小磯、乙骨がスオミの行方を推理していく、台本のページ数にして10ページに及ぶ長尺での芝居だ。当然舞台のように入念な稽古をしたものの、前日のリハーサルで「皆さん(台本を)覚えてきていると思うのですが、ひとまず全部忘れてください」と告げたという。
その真意について三谷監督は「長回しのシーンに限ったことではないのですが、何度も何度もリハーサルができるというのは、僕にとってはありがたいですし、俳優さんにとってもやりやすいと思うんです」と切り出しつつも「でも唯一欠点があって。だんだん慣れてきてしまい緊張感がなくなってしまうんです。基本的にその場で初めて遭遇する場面なのに、稽古を重ねると誰が次に何を喋ってどう動くか……というのが分かってしまう。どうしても段取りっぽくなってしまうんです」とデメリットをあげる。
だからこそ、一旦覚えたことをリセットし、初めてその場で遭遇した出来事として新鮮さを出してもらう。一度覚えたことを忘れる……というのは難しく感じられるが「もちろん本当に忘れてしまうことなんてできないと思うのですが、忘れたつもりになるというスイッチを押してもらうだけで、結構俳優さんにとっては違うと思うんです」と効果的な演出方法であることを述べる。
演出方法は俳優によって百八十度変える
スオミの元夫を演じる西島と松坂は、三谷組初参加。西島については「現場で初めてご一緒したのですが、僕がこうしてほしいということを瞬時に理解して、ご自身から“こういう感じにしましょうか?”と提案してくださるのでありがたかった」と言い、松坂についても「物語後半のキーパーソンになる人物」と重要な役柄であることを明かすと「松坂さんも西島さんと同様にとても理解度が高い俳優さんでした。稽古を重ねていくと、どんどん僕がゴールとして思い描いていることを把握してくださいました」と相性の良さを強調する。
三谷作品と言えば、主役級の俳優たちが数々登場するのも大きな魅力だ。そんな百戦錬磨の俳優たちをどのように演出しているのだろうか。
「おっしゃるように僕がキャスティングさせていただく俳優さんは、数多くの現場を踏まれている力のある方々。本当にいろいろなタイプの方がいます。僕がイメージしていることを、どのような方法で伝えると早く正確に理解してもらえるかということはすごく意識しています。だからこそ、一人一人アプローチ方法は違います。特に、初めての方とご一緒するときは緊張します」
三谷監督いわく、より具体的に伝えた方が理解を深められる人もいれば、あまり細かく伝えるとその言葉にがんじがらめになってしまう人もいる。好きなように演じてもらった方が魅力を発揮する人もいるという。
「舞台だと1か月ぐらい稽古をやるので、その人にどんな特徴があるかつかめるのですが、映画の場合はあまり時間がないので、どうすればその人の特徴を早くつかめるのかというのは非常に難しい作業。今回の西島さんや松坂さんは、その意味でとてもやりやすかったです」と感謝を述べていた。(取材・文:磯部正和)
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