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“日本中に憎まれたヒール”ダンプ松本が誕生した理由 白石和彌総監督が見た過酷なショービズの世界

シネマトゥデイ 映画情報 2024年9月22日 7時15分

 1980年代に多くのファンを魅了した女子プロレスの世界。そこには陽のクラッシュ・ギャルズ、そしてヒールとしての極悪同盟という二つの相対する組織の抗争があった。そんなヒールの象徴ともいえる極悪同盟のリーダーであるダンプ松本の半生を描いたNetflixシリーズ「極悪女王」(独占配信中)。本作で総監督を務めたのが、映画『狐狼の血』シリーズなどを手掛けた白石和彌だ。女子プロレスの内幕を極上のエンターテインメントに仕上げた白石監督が、過酷なショービズの世界について語った。

撮影というより試合をしているような感じ

 ダンプ松本役のゆりやんレトリィバァ、クラッシュ・ギャルズの長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽ら、レスラー役で出演している俳優は、すべてオーディションによって選ばれた。その理由について白石監督は「体づくりを含めて準備が必要な作品。それを前もって確認する上でも、こちらで決めて誰かにオファーするというやり方は難しいと思ったんです」と語る。

 とは言ったものの、撮影がどれだけ大変なものになるのか……ということを想像できていた人は「一人もいなかったんじゃないかな」と白石監督は回顧する。それだけ当時の女子プロレス界で行われていたことを、プロレスにおいては素人の俳優たちがリアルに表現することは「途方もない作業」に感じられたという。「ゆりやんさんや唐田さん、剛力さんも“頑張ります!”と意欲的でしたが、本当に撮ることができるのか……」という不安は常にあったという。

 そんななか、一筋の光が見えてきたのが、プロレス監修に入った長与千種率いる女子プロレス団体「Marvelous」の存在だ。ゆりやんらキャストたちは「Marvelous」所属のプロレスラーたちの指導を受け、体力や技術を磨いていった。「練習が始まって何日か経ってから見学に行ったとき、受け身や技もまだまだだったのですが、レスラー役の俳優たちの気持ちは出来上がっていました」

 撮影が始まってからも、空き時間に自主練習を行うなど気力は充実していた。白石監督も「プロレスシーンもある程度は吹替えなしでいけるのかも」とキャストたちの前向きな姿勢に手応えを感じていたという。「本当に撮影と共に成長していっている感じがすごかった。僕らの力ではないです」

 プロレスシーンの迫力も大きな見どころになっている。白石監督は「段取りなどを準備してもその通りにいかないので、とにかく現場に入ってやってみようという撮り方になる」とドキュメンタリー的な撮影だったことを明かすと「撮影というよりは本当に試合をしているような感じでした。試合がないときは他のメンバーがサポートして……。俳優たちの頑張りによって、臨場感があるシーンができました。僕も感動しながら見ていました」と俳優たちの頑張りを称賛する。

 格闘シーンで意識したことは「試合と試合の間にあるストーリーと、一つ一つの試合にちゃんと意味を持たせること」。そこを丁寧に描くことで、視聴者は必然的に試合にのめり込めるという確信のもと演出を行ったという。

物語のキーとなるのはビューティ・ペア

 全5話のストーリーには登場人物の生きざまが刻まれている。なかでも、白石監督は「僕が知っている全女(全日本女子プロレス)の印象って、クラッシュ・ギャルズと極悪同盟が血で血を洗う戦いをしている印象なのですが、彼女たちは同期であり、もともとは親友だったりするんですよね」と語ると「修業時代の絆を感じられるシーンはいいなと思って撮っていました。最後まで観ると、そのシーンはやっぱり肝になっていて、自分の演出は間違っていなかったと実感できました」と自信をのぞかせる。

 最初に本企画を引き受けたとき、白石監督は「極悪同盟を結成したダンプ松本が非道の限りを尽くし、日本中から嫌われたものの、それでも強く生きていく……というストーリーになるのかなと感じていた」というが「でも話をかみ砕いていくと、松本香もそうだけれど、本当にピュアな気持ちでプロレスをやっていて、何者でもなかった少女たちがプロレスという武器を持って、厳しく生きづらい世界をいかに生き抜いていったかという青春の話になったんです」とキャラクターに深く向き合うことで、より作品がドラマチックになっていったという。

 特にこだわったのが、ダンプ松本や長与千種、ライオネス飛鳥らの憧れの存在だったビューティ・ペアだ。ジャッキー佐藤とマキ上田からなる二人の女子プロレスチームは、1970年代後半に一世を風靡した。

 白石監督は「正確にいうと松本香は違うのですが、あの世代のほとんどのレスラーはビューティ・ペアに憧れて全女に飛び込んでいる。でも、ビューティ・ペアほどの大スターでも、陰りが見えるとぞんざいに捨てられていく。ジャッキーさんの末路を見ながら“このままじゃいけない”と潜在的に危機感を覚えたんだと思う。そんなストーリーを盛り込んでいくと、『極悪女王』というタイトルや、ダンプ松本のビジュアルから想像する物語から少し違う方向の話になっていったんです」と作品に込めた思いを明かす。

松永3兄弟とダンプ松本らは「トムとジェリー」のような関係

 そんな彼女たちの陰となったのが、全女を運営する松永3兄弟(村上淳、斎藤工、黒田大輔)だ(実際は4兄弟)。白石監督は彼らの描き方にも強い思い入れがあるという。

 「本当は、松永さんは4兄弟なんです。もっと尺があれば4人を描きたかったのですが、都合上1人減らさなければいけなかった。なので4人をミックスして3人のキャラクターを作りました」

 劇中ではその3人が、何とも狡猾に女子プロレスラーに寄り添ったり離れたりしながら、ライバル関係を演出し、手のひらで転がす。「ドラマの中にもありますが、実際にダンプ松本の控室に行って“昨日長与がお前のことぶっ殺すって言ってたぞ”とか言ったりしていたらしいんですよ」

 まさに女子プロレスというショービズの世界で、使い捨ての駒のように選手を扱う3兄弟は、ファンの反感をかうかもしれない。それでも白石監督は違った解釈を見せる。

 「ダンプさんや長与さんと松永兄弟の話をすると、皆さん“本当にあいつらは酷かった”って言うのですが、その表情は恨んでいないどころか、結構好きだったんだろうなって思えるような笑顔なんです。“好きだったんでしょ?”と聞くと“いや違う、本当にあいつらは酷かった”って言うのですが、裏腹なんですよね。その意味では『トムとジェリー』みたいな関係性で描ければいいなと思っていました」

 1980年代にはたくさんの女子プロレスラーが存在していた。そのなかでスターになるためには、白石監督いわく「ただ役割をこなしていただけではダメ」。「年間300試合ぐらいやっていたと思いますが、そのなかでどれだけ際立つことができるのか。いつも観客の想像の上をいく試合をしたからこそダンプさんも、長与さんも飛鳥さんも大スターになれたんだと思います」と語る。

 そしてそんな稀代のエンターテイナーたちが、バブル経済期のほとばしるようなエネルギーに溢れていた時代に乗って、大きなムーブメントが起きた。「ある意味でクラッシュ・ギャルズが誕生したからダンプ松本が生まれた。本当はダンプさんもクラッシュ・ギャルズのようにリング上で歌を歌うようなベビーフェイスになりたかったんだと思う。でも同期に先を越されたり、父親との関係など、たくさんの劣等感や負のエネルギーが大きな塊となって、極上のヒールレスラーが誕生したのだと思います」

 “ショービズ”という世界において、組織に翻弄されながらも純粋にプロレスに向き合った結果から生まれた“極悪女王”。そんな生々しい姿は、多くの人の感情をわしづかみにするだろう。(取材・文:磯部正和)

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