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菅田将暉が演じた転売屋は「資本主義の象徴」 黒沢清監督がキャラクター誕生秘話明かす

シネマトゥデイ 映画情報 2024年9月29日 12時2分

 菅田将暉と初タッグを組んだサスペンス・スリラー『Cloud クラウド』が公開中の黒沢清監督。作品の多くが自身の手掛けたオリジナル脚本である黒沢監督は、近年も料理教室の講師、復讐に協力する心療内科医、舞台で歌うことを夢見るテレビ番組のリポーター、写真家などさまざまなキャラクターを描いてきたが、本作で描くのは監督いわく「普通の人」。菅田が「完璧に」演じたという主人公の人物像について黒沢監督が語った。

 第81回ベネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門、第49回トロント国際映画祭の「センターピース部門」(※国際映画祭で高い評価を受けた作品や、才能あふれる監督のプレミア作品、巨匠の最新作などを紹介する部門)など海外の映画祭でも上映され、第97回米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に選出されたことでも話題の本作。菅田演じる転売屋の青年・吉井良介の周囲で不審な出来事が相次ぎ、彼の日常が徐々に狂っていくさまを追う。

 本作の出発点を「本来暴力とは何の縁もない普通の現代に生きている人間同士が、最終的には殺すか殺されるかという極限の関係に変貌を遂げていく話」だと語る黒沢監督。吉井をはじめ、恋人の秋子(古川琴音)、吉井に雇われたバイト青年・佐野(奥平大兼)、ネットカフェで生活するフリーターの三宅(岡山天音)、吉井の勤務先の工場の社長・滝本(荒川良々)、吉井の転売業の先輩・村岡(窪田正孝)ら周囲も「普通」の人々として描かれる。

 「じゃあ普通とは何かということになりますが、僕は吉井という人間がすごい犯罪を犯してるとは思わないんです。ただ、違法すれすれのところでなんとかお金を儲けて生きていこうとしてる。それで態度は終始、曖昧。『はい』と言いながら、実は『どうしようかな』という迷いがある。あるいは誰かに何かを頼まれたときに『いいよ』と言っても、半分は『弱ったな』と思っている。そんな人間です」

 そんな吉井の曖昧さを示すのが、冒頭で吉井が医療機器をネットで転売し、その売れ行きを見守るシーン。吉井は、本来40万円の機器を3000円で買いたたき、それを20万円で売る。PCから距離を置き、固唾をのんで売れ行きを眺めていた吉井だが、30台分が瞬く間に完売。吉井はほっとしたかのようにため息をつく。

 「例えば、吉井が売れた瞬間に『やったー』って喜んだらわかりやすいんですけど、半分は『売れたけど、この先俺はこれを続けて大丈夫なのか』という不安もある。そういったふうに彼は終始曖昧な反応をしていくのですが、それが普通ということだろうと。そんな彼が最終的には殺すか殺されるかという曖昧では済まされないところまで行ってしまう。もしかしたら娯楽映画の主人公としてはとっつきにくい、もうちょっと喜怒哀楽がはっきりした方がいいと思われる方もいるかもしれませんが、僕が考えるリアルを貫くことにしました。どこまでもどっちつかず。悪いことはしてないけれども、うまくやって儲けようとしている。でも、誰にだってそういうところはあると思うんですよ。そんな人物像を菅田さんが完璧に理解して、いい人とも悪い人ともつかない微妙なところを本当にうまく演じてくれたと思っております」

 「楽をして儲けたい」吉井は、勤務していたクリーニング工場を辞めてとうとう転売業に専念することになるが、「生活を変えたい。お金をもっと使えるようになりたい」とは思っていても、それで何かを成し遂げようとする意志はない。そんな吉井は「資本主義の象徴」でもあるという。

 「企業あるいは企業のトップの人が、上げた利益で何をしようとしているのかというと、さらに利益を生もうとしているわけですよ。利益を生んで何か買おうとか、自分の夢を果たそうとかいうことではなく、利益を増やすために利益を獲得しようとしている。それが言ってみれば資本主義ということですよね。それで社会はだんだん豊かになっていっているという幻想があるわけですけど、そういった意味では吉井も現代の人間としてシンボリックであり、現代の資本主義そのままに生きている男という風に設定しました」

 役柄の参考を求めた菅田に黒沢監督が伝えたのが、アラン・ドロンの代表作でもある『太陽がいっぱい』(1960年・ルネ・クレマン監督)。作品との共通点は、主人公が「真面目にコツコツと悪事を働く青年」であることだ。

 「ふと思いついただけなんですけど、菅田さんにとっては新鮮だったようですね。『太陽がいっぱい』が公開されたころは、まだまだ貧困や差別が社会に歴然とあった時代ですから、貧しい若者が生きていく1つの手立てとして悪事を働くっていうのがフィクションの中では正当化されていたように思います。そういう映画が他にも結構あったと思うんですが、ある時から、少なくとも日本ではそういう悪者、犯罪者がフィクションの中にいなくなりましたね。犯罪を犯すっていうと遊び半分とか純粋に金が欲しいとか、割と世の中に対して斜に構えていて、世間をちょっと舐めたような態度で犯罪に走るようなフィクションはあるんですけども、真面目にコツコツと悪事を働く主人公って近年はあまり描かれていなかったように思います」

  一方で、吉井が完全なる悪人ではない象徴として描かれるのが、恋人・秋子との関係だ。「欲しい物がたくさんある」と言い、退屈になると姿を消してしまうような気まぐれな女性として描かれているが、黒沢監督は秋子の役割をこう語る。

 「昔の娯楽映画にはああいう人物がちょこちょこ出てきたんですけど、古川さんにはそのイメージを演じてもらいました。そんな彼女のことを、吉井がどこまで信じているのかはわかりませんけれども、彼女との未来に実はかなり、本気で希望を持っていると思います。 基本的には吉井はお金を儲けて増やすことを生き甲斐としている人間なんですけど、お金が全てというわけではなく、単に打算的に生きているわけではない。秋子に代表される、他人とうまく関係を作って希望の持てる平和な幸せが将来手に入るといいなと、どこかで信じている。吉井にとって秋子が唯一の救いであり、その象徴として描きました」

 真面目に、コツコツと転売を成功させていく吉井は、その果てに何を手に入れるのか。吉井が巻き込まれていく集団ヒステリーの仕組みは現代日本の縮図のようでもあり、見終えた後、言い表し難い感情が湧き上がるはずだ。(取材・文:編集部・石井百合子)

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