アンジェリーナ・ジョリー監督、サルマ・ハエック、デミアン・ビチル主演の『ウィズアウト・ブラッド(原題)/ Without Blood』が、9月5日から15日まで開催された第49回トロント国際映画祭で世界初上映された。映画『海の上のピアニスト』や『シルク』の原作者アレッサンドロ・バリッコの同名小説をもとに、ジョリーがバリッコと脚本を共同執筆、製作も務めている。
これまで、『最愛の大地』でボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、『不屈の男 アンブロークン』で第2次世界大戦、そして『最初に父が殺された』はクメール・ルージュ支配下のカンボジアを舞台に、戦争がもたらす悲劇を描き続けてきたアンジェリーナ。本作は、戦争が終わって長い歳月が経った後も、そのトラウマがどのように人々の人生を大きく変え、影響を与え続けるのかを描いている。
3人の男たちが、復讐のために、人里離れた農家に住む医者のもとを訪れ、まだ若い息子と幼い娘を守ろうとする彼と激しい銃撃戦を繰り広げる。幼い娘は床板の下に隠れて生き延びた。それから時間は何十年後へと移り、身なりの良い中年女性ニナ(ハエック)が、ニューススタンドで働く男ティト(ビチェル)のところにやって来て、お茶を飲もうと誘う。ティトは、その女性が何者であるかをすぐに察知し、2人は、自分たちの身に起きた痛ましい過去の出来事について、長い会話を交わすことになる。
ほぼ全編、2人の会話で構成された室内劇で、ある意味、地味な作品といえるが、ハエックとビチェルの演技力と、扱っているテーマのために、目を離すことができない。アンジェリーナが監督として、思い切ったリスクを取った意欲作と言える。
上映前にアンジェリーナは「これは簡単な映画ではありません。彼(原作のバリッコ)は、素晴らしい原作の後半で『私たちの人生において、何かが起こり、私たちや人間関係を変え、トラウマが起こるときがある。そして、人生の多くの時間を、その瞬間に戻ろうとして過ごし、それは、残りの人生に影響を与える。テーブルに座って、その問題や相手とどう向き合えばいいのか、わからないことがある』と書いています。それがこの映画における最も難しいことのひとつです。人生にはグレーゾーンがたくさんあり、理由を問うことがたくさんあります。そして、耳を傾けることもたくさんあるんです。それは恐らく、もっとも重要なことなんです。観るのがつらい映画ですが、一緒に鑑賞していただきありがとう」と観客に呼びかけ、「この映画が私たち全員をインスパイアしてくれることを願っています。この映画の存在意義は、私たちがもっと対話を重ね、もっと(相手の声に)耳を傾け、人間として、お互いの中間点を見つけることにあるんです」と今作に込めた思いを明かした。
これまでのアンジェリーナの監督作と違い、今作は、どこが舞台で、いつの時代の出来事かがはっきりと描かれていない。上映後のQ&Aで、原作者のバリッコと共に小説を脚本化した際に気をつけたことを質問されたアンジェリーナは、それは意図的なことだと明かした。
「私が初めてバリッコに会った時、彼は、『彼ら(スタジオ)はあなたにエンディングを変えるように強制する。国を選ばせようとする。それが何年(の出来事)なのかを決めさせようとする。でも頑張って(変えないように)。それは、意図されたものだから』と言っていました。でも、何かを説明しなければならないという衝動や気持ちから、そうしておけないことがあります。今思い返すと、それは警告ではなく、挑発に近い感じだった気がします(笑)。普遍的なものであるということへのこだわりだったと思うんです」とバリッコとのコラボレーションを振り返った。
またアンジェリーナは、「あまりにつらい役だから、最初出演を断った」と壇上で明かしたハエックと、ビチェルの演技を絶賛。「原作はとても力強いですが、映画では、あの(2人が話をする)テーブルで何が生まれてくるかに大きくかかっていました。かなりの映像を撮影しました。というのも、彼らが並外れた演技をしてくれるまで、どこまでそこにとどまることができるか、どこまで再現しなければならないかわからなかったからです。そして、彼らがとても力強かったから、私は(二人の会話に)とどまることができました」と語っていた。
ベネチア国際映画祭でお披露目された『マリア』でソプラノ歌手マリア・カラスを演じ、久々に女優業の方でも大きく注目されているアンジェリーナ。6人の子供たちの母親業が忙しかったことで映画からしばらく離れていたようだが、子供たちが大人になり、本作でも、息子のマドックスとパックスが、現場で助監督などを務めていたそうだ。(吉川優子 / Yuko Yoshikawa)
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