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製作費2,000万円は自腹!たった1館から大バズり『侍タイムスリッパー』安田淳一監督が振り返る“崖っぷち”の映画製作

シネマトゥデイ 映画情報 2024年10月12日 7時3分

 今年8月に池袋シネマ・ロサの1館のみで上映が始まった映画『侍タイムスリッパー』が、現在SNSを中心に大きな盛り上がりを見せている。公開から1か月半で、上映規模は153館以上に拡大、興行収入は1億5,000万円を突破しており、すでに海外映画祭への出品も決まっている。そんな同作を手がけたのは、自主制作映画『拳銃と目玉焼』『ごはん』で知られる安田淳一監督だ。米農家としての顔も持つ安田監督がインタビューに応じ、長編3作目にして“過去最大”だったという本作の製作を振り返った。(以下、映画のネタバレを一部含みます)

 『侍タイムスリッパー』は、落雷によって現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてきた会津藩士が、自らの剣の腕を頼りに「斬られ役」として新たな人生を歩むコメディー。時代劇パートの撮影は東映京都撮影所で行われ、安田監督は脚本・編集など1人で11役以上をこなしている。

シネマ・ロサからのスタートは「大正解」

 池袋シネマ・ロサでの上映開始後、映画の評判はSNSで瞬く間に拡散され、劇場は連日満席に。その後、大手企業のギャガが配給に加わり松竹系・東宝系のシネコンでも上映されることになった。安田監督は、全国規模でヒットしている現状について「実感はないです」と切り出し、「シネマ・ロサで平日の夜の回が満席になっていても『今日は映画の日で安いから』『舞台挨拶があるから』といい聞かせて、自分の中では簡単にヒットしているとは思わないでおこうと。上映館数が広がって、ある程度お客さんが入っていたりすると聞くと、確かに『ヒットしているかもしれない』とは思いますが、現状は1円もお金が入ってきていないので、 まだその実感はないです」と正直な心境を明かす。

 かねてより安田監督は、同じくSNSで大バズりしたインディーズ映画『カメラを止めるな!』(2017)を意識して本作を製作したと明言している。『カメ止め』もまた、シネマ・ロサから全国へと羽ばたいていった作品だ。

 「前2作は、大阪の劇場やシネコンそのものから始める感じでしたが、 インディーズ映画の売り方として、宣伝費がないのにシネコンで上映してもお客さんは入りません。『侍タイムスリッパー』を製作した時、とある監督から、シネマ・ロサさんで話題を作ってから全国に広がっていくことが理想的なパターンであり、『カメ止め』もかつてそうだったという話を聞いたんです。そしたら、シネマ・ロサさんから、今年のインディーズフィルムショーのイチオシ作品にして、大ヒットさせてほしいとすぐリアクションがあったんです」

 シネマ・ロサで上映すると、リピーター客が続出。中には、17回も鑑賞した人もいたという。「公開初日から満席で、その日のうちで40件近く(Xに)ポストしてくださって、上映後にお見送りをすると、見た顔がどんどん増えてくんです。シネマ・ロサには、インディーズ映画を自分たちで盛り上げていこう、応援しようというありがたいお客さんがたくさんいます。シネマ・ロサから始めたことは本当に大正解で、他の映画館だったら絶対こうはなってないと思います」

 「シネマ・ロサの190席を埋めることは、大手シネコンに対してもアピールするそうです」と続けた安田監督。「いい作品ができたら、 シネマ・ロサで上映してもらってという流れは、『カメ止め』『ベイビーわるきゅーれ』『メランコリック』とありました。シネマ・ロサが(インディーズ映画の)登竜門になることは、これからもっと明確化していく気がします」

『蒲田行進曲』“階段落ち”に匹敵するクライマックス

 そもそも、『侍タイムスリッパー』の物語はどのように誕生したのか? 安田監督によると、きっかけは京都のヒストリカ映画祭のコンペティションだったという。「京都映画企画市(時代劇・歴史劇ジャンルの映画企画コンテスト)に応募してみないかという話になったんです。その時に何か(いいアイデアが)ないかなと考えた時、とある有名俳優が現代にタイムスリップしてきた侍を演じている面白いコマーシャルがあって、さらに『ごはん』の頃から親交があった“斬られ役”で知られる福本清三さんと結びついたんです。これは面白いかもしれない! と思って、基本的なプロットを30分ぐらいでさっと書き上げました」

 「侍+タイムスリップ」という組み合わせだけでは、ただのドタバタコメディーで終わってしまうと危惧した安田監督。そこで頭に浮かんだ作品が、同じ撮影所を舞台にした深作欣二監督による名作『蒲田行進曲』(1982)だった。

 「『蒲田行進曲』は“階段落ち”というクライマックスが有名です。『侍タイムスリッパー』で階段落ちに匹敵するクライマックスを考えた時、真剣を使って殺陣を撮影するというアイデアが浮かびました。そしたら対立関係が見えてきて、どうすれば自然にその関係性を描けるかということで、佐幕派vs倒幕派の構図が生まれました。2時間ほどで(物語の)原型ができあがって、それを一緒にラーメンを食べに行く仲間に話したところ、『面白い。絶対にやった方がいい』と言われました。そこから1年ほどかけて脚本を仕上げていきました」

 長編デビュー作『拳銃と目玉焼』の製作費はおよそ750万円、2作目『ごはん』は約400万円ほどだったが、『侍タイムスリッパー』は両作をはるかに上回る2,600万円を費やした。「正直もう大変でした」と苦笑した安田監督は、車を売却して2,000万を自腹で支払い、残りの600万円は補助金でカバー。初号完成時、銀行口座の残高はわずか7,000円だった。

 「コロナ禍で仕事がない中で(本作を)製作していました。というのも、紹介いただいた東映京都撮影所のプロデューサーさんが、その年で退職すると言うことで、撮影はその年でないといけなかったんです。その方がいろいろと助けて頂いたおかげでなんとか撮影に入れました」

山口馬木也&冨家ノリマサ、映画を支えたベテランたち

 物語の主人公・高坂新左衛門役には山口馬木也、キーパーソンとなる風見恭一郎役には冨家ノリマサというベテラン俳優が抜てきされた。新左衛門について「脚本を書いた時点で、すごく好ましいキャラクターだと思ったんです」と打ち明けた安田監督は、故・福本清三の性格をキャラクターに重ねたと語る。

 「新左衛門は劇中、自分がタイムスリッパーだとは一度も言いません。あれは、福本さんそのまんまです。自分のことで周囲を騒がせることは嫌だった人なので、そういった性格を新左衛門に投影させています」

 幕末からタイムスリップしてきた新左衛門は、現代で目撃するあらゆる物に驚き、次第に魅了されていく。彼の純粋な眼差しやリアクションは愛らしく、上映中に笑いが起こることも。安田監督は「馬木也さんの解釈や表現のさじ加減がものすごく良かった」と山口の演技を絶賛する。「キャラクター本人になり切って演じるメソッド演技の実力者です。例えばケーキを食べて泣くシーン。このような演技は、役者さんが過去の悲しい経験を思い出すことが多いですが、馬木也さんは新左衛門になりきっているので『この国は、みんながケーキを口にできるほど豊かになった』と新左衛門の気持ちで泣いてるんです」

 また、新左衛門と共に物語の重要人物となる風見恭一郎については「冨家さんの役柄がまた難しいんです」と安田監督は語る。

 「冨家さんは熱い気持ちを持って、誰よりも役を愛してくれて、映画とキャラクターをより良くするためにどうすればいいのか、いろいろな提案をしてくださったんです」と安田監督。「冨家さんは、兄のように新左衛門を導こうとする風見の心情を随所で表現してくださいました」と冨家の演技に太鼓判を押していた。(取材・文:編集部・倉本拓弥)

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