社会現象を巻き起こした「踊るプロジェクト」の12年ぶりとなる最新映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』。27年間シリーズをけん引してきた亀山千広プロデューサーがインタビューに応じ、柳葉敏郎演じる室井慎次という男への思いを語った。(以下、『敗れざる者/生き続ける者』のネタバレを含みます)
室井が見つけた新しい生き方
今作の室井は故郷・秋田で農業をしながら里子たちを育てているが、前作までの彼は、警察という巨大組織の中で、所轄の捜査員・青島俊作(織田裕二)との"約束"を守ろうと奮闘していた官僚だった。組織の壁に阻まれ、改革の希望を絶たれたため、定年前に警察を辞していまの暮らしに入っている。一見、挫折した男にも見えるが、亀山は「組織人としては最高にカッコいいです」と室井を評する。
「何がいちばん痺れたって、いまの職業を聞かれて『無職です』って答えるところです。たいていの人は、『○○をしていました』『元○○です』と、きっと僕もそう言うと思うんです。でも、胸を張って堂々とそう言える。あれだけ組織で肩書きを得るために戦ってきた男が、肩書きで生きてない、新たなものを見つけてそこに行けているということですからね」と亀山プロデューサーは感嘆したように語る。
「今回のスタッフや関係者で、大きな組織に所属しているのは僕だけと言っても過言ではない。本広(克行)監督には、その台詞で音楽を盛り上げてほしいとお願いしました。『組織の肩書きがなくなったのに、胸張って無職って言えるのは、すごくいい社会人人生を歩んできたということだと思うよ』って。しかも柳葉さんは、いじけた感じではない芝居をしてくださっている。太刀打ちできないですよ」
とはいえ今作を立ち上げた時は、スーツにコートが室井のトレードマークだっただけに、ドカジャンに長靴姿の彼が室井に見えるのかというのは、「実は僕らも心配していました」と亀山プロデューサーは明かす。「でも、柳葉さんがやると、全身で室井になる。少しの違和感ですら、今後を想像させるに余り有るんです。ファンサービスもあって、一応、刑務所に行くシーンなどでスーツとコートを着てもらいましたけど、むかしの“颯爽”という感じではなく、別の落ち着きが出ていて、なんだか殴り込みに行くみたいでしたよね(笑)。リアルに雪が降っていたから傘を差したんですけど、番傘じゃなくてよかったと思いました。長くやっていると、同じ人でも見え方が変わってくるのは不思議ですね」
柳葉敏郎が譲らなかったこと
柳葉は「今回は悩んでいる室井でいいよね」と最初に亀山プロデューサーに確認したという。「警察時代の室井は、AかBかを選択しなければいけないポジションで、最後の責任を誰がとるのか苦慮するという立場でした。でも、判断に悩むということはなかったと思います」と亀山プロデューサーは室井の立場を解説する。確かに、子育てに悩み、地域の人々との交流に悩むのが、今回の室井だ。「捜査をしたいとか、するとかも、一切言ってない。盟友といえる新城(賢太郎/筧利夫)に言われたから捜査本部には来たけど、という立場を崩さないんです。そこは柳葉さんもてこでも譲らなかったです。意固地でしたね(笑)」
そして「現場の刑事の捜査は、室井はほとんどしたことがないはず」と柳葉が言ったことで、撮影現場で台詞や行動の割り振りが大幅に変更になったという。「犯人の声を分析するとか、こういうことじゃないかと推理するとか、むかしの刑事のカッコよさみたいなのを求めたら、全部否定されました(笑)。でも確かに、リタイアした上級官僚ってそういうものだと思います」と亀山プロデューサー。そのため、捜査一課の刑事として今作から登場した松下洸平演じる桜章太郎に台詞が振られたが、「お願いしたら快くやってくださって、しかもピタッとはまった。彼がガンガン進めることで、捜査のシーンがスムーズでした」と打ち明けた。
「踊る」という物語の軸の一端をなした室井慎次に決着をつけたいま、亀山にとって「踊る」とは何か。好きなポイントはどこなのだろう。「いまさら好きも嫌いもないです。たとえば、27年連れ添った奥さんに、好きとか嫌いとか言いますか? ずっと一緒にいて、責任をシェアして生きてきたんです。結果、自分は別れていたつもりだったのに、メール1本で別れられてなかったことがわかってしまった。これからも付き合い続けると、お互い老後を考えなきゃいけなくなるから、もう別れるのは無理かなと思います」と新たな覚悟を決めた様子。「デカくなりすぎたことは『踊る』の嫌いなところかもしれないですけど、そうしたのは誰かって言われたら、僕らですからね」(取材・文:早川あゆみ)
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』は全国公開中
【関連情報】
・【画像】27年経っても変わらない!「踊る大捜査線」青島ら湾岸署メンバー
・織田裕二、『室井慎次 生き続ける者』にサプライズ出演!青島俊作が12年ぶりに復活
・『踊る大捜査線』完結編から12年…なぜ今“最後の室井慎次”を描いたのか 亀山千広Pが背負った責任
・『踊る大捜査線』亀山千広P、青島メインの続編に言及 『室井慎次』は湾岸署メンバー承認済み
・「踊る大捜査線」遠山俊也、森下は“僕の恩人” ライバル・緒方がいなければ「生き残れなかった」
・「踊る大捜査線」をずっと作っていればよかった 『室井慎次』本広監督が抱いていた後悔