12年ぶりに再始動した「踊るプロジェクト」の最新映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』。故郷・秋田で里親として子供たちと暮らす室井慎次が、過去に絡む殺人事件に巻き込まれる物語で、初登場のキャラクターも多い。シリーズをけん引する亀山千広プロデューサーがインタビューに応じ、物語の成り立ちや、新キャラクターのキャスティング秘話を語った。(以下、『敗れざる者/生き続ける者』のネタバレを含みます)
決定打は『レインボーブリッジを封鎖せよ!』のポスター
今作は、シリーズ脚本家の君塚良一が「室井に決着をつける」と企画したことがはじまりだった。警察を辞した室井の、里子たちや地域の人々との葛藤と交流が秋田を舞台に描かれた物語で、当初は事件の要素はなかったという。
「本広(克行)監督を乗せるために『踊る』要素を強くする必要が出てきたので、事件が起きる設定を加えました。それで、室井家の近くで死体が見つかることにして、それは誰がいいか、犯人はどうしようかと、君塚さんのご自宅の事務所で打ち合わせしていた時、ふと『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』のポスターが目に入ったんです。世の中で一番多くの人が観てくれていて、しかも犯人の1人は東北弁をしゃべっていた。何十年も経っている感じもいいなと思いましたから、これでいきましょう! となりました」と説明した亀山プロデューサー。20年以上経っても破られない、興行収入邦画実写日本一という大記録が活かされた設定だった。
当初の企画の主軸は、日向杏(福本莉子)が室井家をひっかきまわす内容だったという。「はじめは映画ではなく、配信など新しいプラットフォームでの公開も視野に入れていたので、5~6時間のプロットを作っていたんです。だから杏は、牛をメスで傷つけたり、いまよりもっと縦横無尽に悪いことをしていました。リク(柳町凛久/前山くうが・こうが)は完全に洗脳されていて、放火はリクがしていましたね。スティーヴン・キングみたいなサスペンス的要素が入ってもいいと思っていました」と亀山プロデューサーは打ち明けた。
「踊る」史上最悪の猟奇殺人犯・日向真奈美(小泉今日子)の娘という設定であることから、福本は小泉の衣装合わせで“母”と対面した。「福本さんもすごく刺激になったとおっしゃっていました。しかも、すごく勉強家で努力家だから『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』を何度も見て、真奈美の首の曲げ方とかを研究していて。雰囲気がちょっと似て見えますよね。素晴らしい女優さんだと思いました」と亀山プロデューサーは福本を絶賛する。「小泉さんも、ご説明にうかがったら『わかりました』と二つ返事で出演してくださった。感謝しています」
地元の住人である牧場主・石津夫妻役の小沢仁志と飯島直子は「柳葉さんとの関係性を含めて絶対いいと思いましたし、市毛商店店主役のいしだあゆみさんとはもう一度お仕事したかった」とキャスティング理由を明かす亀山プロデューサー。「リクの父・柳町明楽役の加藤浩次さんは直接会いに行って、口説きました。世の中にイライラしていて生き方が下手で、何も救いがない男の役ですけど、受けてくださいました。加藤さんが子煩悩なことは百も承知のうえの真逆のキャスティングで、大成功でしたね。ただ一つ、『爆烈お父さん(注:フジテレビ系のバラエティー番組『めちゃイケてるッ!』で加藤が演じた人気キャラクター)にはならないでくださいね』というお願いはしました(笑)」
さらに、室井に絡む捜査一課の刑事・桜章太郎役は松下洸平。「青島に通じる妙な得体の知れなさと胡散臭さと如才のなさがほしかったんです。脚本には『(何だこの男は。似た男を知っている)』って書いてありました。室井に対して平気でずけずけとものを言う感じを、彼がやったら絶対面白くなると思いました。それに、『邪悪なものは幸福を壊したがる』という台詞を美青年に言わせたかった(笑)。案の定ぴったりはまって、監督も絶賛してくれました」
室井が言及した恩田すみれの“現在”
また、おなじみのキャラクターである秋田県警本部長・新城賢太郎(筧利夫)や警察庁官房審議官・沖田仁美(真矢ミキ)、捜査一課の緒方薫(甲本雅裕)、刑務官に転身していた森下孝治(遠山俊也)が登場することに加えて、深津絵里が演じた恩田すみれの話題が、室井の口から出たのもファンにはうれしい出来事だろう。
「室井さんが何ですみれさんをそんなに気にするのか不思議だったんですけど、『踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件』で、すみれさんの古傷や警察を辞める話を聞いているんですよね。そりゃあ室井さんだって背負いますよ(笑)。映画4本目『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で本広(克行)監督はすみれさんが死んだような演出を入れていましたけど、今回、君塚さんとの打ち合わせで『生きていることでけっこうです』『了解です』となりました。本広は『えー』と言っていましたけど(笑)」
ただ、すみれが今どこでどんな暮らしをしているのか、劇中では明確にされていない。「僕なりの設定というのはあるにはありますけど、それはあくまで僕の考えであって。たとえば、室井さんが石津夫妻の子供の話を聞いたあとにどこに電話をしたのかとか、最後の子供たちが乗ったダットラを運転しているのは誰かとか、そういうのも含めて、観た方がいろいろ考えてくださればいいと思います」と亀山プロデューサーはきっぱり。「最後の青島(俊作/織田裕二)くんのところもそうです。携帯は電波がないとタカが言っていたのに電話かかってきているし、彼が何で来たのかも明示してない。そのあたりは、全てご想像にお任せします」
「ただ、僕は子供たちを地域のコミュニティーで育てるという話にしたかった。だから、子供たちは室井さんがいなくても、石津夫婦や音松(木場勝己)さんの助けを借りて、あの家で暮らしていると思っています。家族に収れんしていくんです」と明かす。「主題歌もそうです。松山千春さんの『生命(いのち)』、まさに家族の歌ですよね。あれは僕や監督からは出てこないアイディアで、柳葉さんのリクエストでした。ある日急に柳葉さんが『松山さんに電話してオッケーもらったから』って(笑)。驚きましたけど、ぴったりでしたよね」
そして、室井の“長男”であるタカ(森貴仁/齋藤潤)が開いていた赤本は「東京大学」。つまり、彼は東大を経た警察官僚を目指しているということだ。「でも、あの家があるのに東京に行く? 僕は東北大だと思いますけど、そこの議論は僕らの間でいまだ決着してないです」と亀山プロデューサーは笑う。室井が遺した「この先」がどこに向かうのかは、まだ誰にも予測がつかないようだ。(取材・文:早川あゆみ)
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』は全国公開中
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