27年前、連続ドラマ「踊る大捜査線」は組織に生きる人々の葛藤と信念を鮮やかに描き、高い評価を得た。続く劇場版1作目『踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!』で社会現象を巻き起こし、2作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の打ち立てた邦画実写興行収入歴代ナンバーワンの記録はいまだに破られていない。その立役者が、亀山千広プロデューサー、本広克行監督、そして脚本を担当した君塚良一だ。2024年、12年ぶりに「踊るプロジェクト」が再始動し、『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』の2部作が誕生したが、君塚はなぜいま、“最後の室井慎次”の物語を執筆したのか。(以下、『敗れざる者/生き続ける者』のネタバレがあります)
最終章がなかった
君塚は「室井慎次には最終章がなかったんです」と切り出し、「『踊る大捜査線』をずっと続けてきて、劇場版4作目『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』でいったん終わって。その後、僕も室井も年を重ねているんですが、彼は綺麗に終わっていない。年齢によって仕事が終わることがあるだろうし、あるとしたらそれを見つめたいし、描きたいし、ファンの方々と見守りたいと思いました」ときっぱり。その思いを抱いたのは、同じように警察官の信念を題材にしたドラマ「教場」シリーズを書いたことも理由の1つだったようだ。
「最後の章がないまま、ずっと置いておかれていた本のような感じがありましたね。若いころに現場の刑事を思って上に楯突いた男が、警視総監になっているわけがない。天下りしてどこかの企業に入るかと言ったら、それはないだろう。そんなふうにぼんやり考える時間が5年ほどあったんですよね。それで、プロデューサーにご相談したという流れです」と君塚は続けた。
亀山プロデューサーに送ったメールでは「『踊る』の欠けていた部分をやりたい、室井の終焉を3人で描きたいと、そういう言い方をしました」と語る君塚。「踊る」を生み出し、育てた亀山プロデューサーと本広監督と自身の3人が揃わなければ、最後の責任はとれないという思いがあったのだろう。
室井を再演した柳葉敏郎は、君塚から亀山プロデューサーに宛てたメールに心を動かされ、今作への出演を決意したという。君塚は「室井を役として成仏させたい」とメールに記していた。「『踊る』をもう1回やりたいんではないんです。青島(俊作/織田裕二)刑事もすみれ(恩田すみれ/深津絵里)さんもどこかで生きている感じが僕にはあるんですけど、室井さんはどう考えても当時と立場や役職が変わっているはずだから、室井さんに決着をつけたかったんです」
室井が故郷・秋田で里子たちを育てているという設定は、当初から考えていたという。「プロデューサーとのご相談ではあるんですが、彼なりに青島との約束を守れなかったことの償いはしているだろうと思いました。僕の中のテーマに、ずっと犯罪被害者の問題があるんですね。ですから、犯罪に関わった周りの家族を支援しているのではないかというのは、自然な流れでした」と明かす。2009年に自身が脚本・監督を手掛けた映画『誰も守ってくれない』は、主人公が犯罪加害者の家族を守るという直球のテーマだった。君塚のこだわりがわかる。
擬似家族のホームドラマ
“鎧”ともいえるスーツとコートに身を固めていた室井は、畑仕事をしながら子育てをしている。今作を観たファンは、最初大きな驚きを覚えただろう。「それはそうだと思います。だから、今作はゆっくりはじまっているんです。回想シーンもたくさん入れてね」と君塚は打ち明ける。「僕やプロデューサーの中では、畑を耕して、果物や野菜を育てて、お米も作っている室井が、かなり早くからイメージとしてありましたけど、観る方はそうではないですからね。最初は、事件は入れず、子どもたちとの話にしようと思っていました」
君塚は当初の構想を、「育てている子どもたちの中に、ちょっとミステリアスな子が入ってきて、その子が出来上がった疑似家族を壊しにかかるんです。家庭内の心理サスペンス、あるいはスリラーみたいな方向です」と明かす。「ミステリアスな子という定石で、『踊る』史上最悪の凶悪犯・日向真奈美(小泉今日子)の名前が上がって、娘という設定は当然のように出てきました」
そこに死体が発見されるという事件が絡んでくるのは、「やっぱり、観客を面白がらせて、ワクワクさせるのが『踊る』だから。そのために、もう1つの線として過去の事件が絡んできて、室井さんが秋田に帰ったからと言ってハッピーエンドな老後をおくれているではないぞという形にしたんです。僕の中ではあくまで、家族の話、ホームドラマです」と明かした。劇場版2作目『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』の事件に絡めたのは、「一番たくさんの方が観てくれているから」という理由だった。
『生き続ける者』の最後、室井はこの世を去る。その構想も最初からあったのだろうか。「概念としてはありました。人前から消えていく、という。誰も知らないところに行ってしまうとか、あるいはずっと歳をとって朽ちていくとか。それが最終章になると思いました。ですから、たとえば秋田で探偵業をやっています、ということにはならないんです」と君塚は語る。室井の生存を諦めきれないファンの意見もネットなどで散見されるが、「観客の方がそういうふうに思ってくださるなら、それを僕が否定する理由は何もないです。観て、感じてくださった通りです」(取材・文:早川あゆみ)
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』は全国公開中
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