「踊る大捜査線」シリーズで警察官僚だった室井慎次の退職後を描いた本広克行監督作『室井慎次 生き続ける者』(全国公開中)に、『ONE PIECE FILM RED』の監督の谷口悟朗が参加。谷口は同作クライマックスで、猛吹雪の中で行方不明となった室井を探すオフシーンの捜索隊員の無線の声のアフレコ演出を担当した。今回の仕事で初めて会った本広監督と谷口監督が、初タッグの経緯や同シーンの狙いなどを明かした。(取材・文:天本伸一郎、写真:高野広美)
初タッグの経緯と谷口監督起用理由
Q:お二人は現・日本映画大学の先輩後輩だそうですね。
本広:1期違いなので食堂などですれ違っていたかもしれないけど、学生時代は全く知らなかったし、後輩だと知った後も、繋がるところはないだろうと思っていました。でも、今回の梶本圭プロデューサーが『ONE PIECE FILM RED』のプロデューサーでもあったので、谷口監督を知っていたんです。
谷口:私が日本映画大学の前身の日本映画学校の1期生で、本広さんの方がさらにその前身の横浜放送映画専門学院の最後の15期生。今回は、ある日いきなりLINEで不穏な連絡がきて、来るべきものが来てしまったなという感じで(笑)。
本広:捜索無線の掛け合いのシーンを、声優さんを使ってアニメのように畳みかける演出にしたいけど、そんな演出力はまだないから、アニメのプロの演出家の方にお願いした方が絶対にいいと思うんだよ……みたいな話をしていたら、梶本プロデューサーが谷口監督にいきなりLINEで直接お願いしちゃって(笑)。でも、『ONE PIECE FILM RED』は「まさにこんな演出!」と思ったので、ぜひお願いしたいなと。
Q:本広監督はアニメの演出もされていますよね?
本広:声の演出は難しいんですよ。アニメの現場での僕は総監督なので、各分野のスタッフを集めて統括する役割だし、僕が所属するProduction I.Gでは、声の演出は音響監督の方にお任せしていることが多いんです。
谷口:最初は収録方法などの質問にお答えするだけかと思ったら、それだけじゃすまなくて(笑)。日本のエンタメ史に名を刻む『踊る大捜査線』の世界に、いきなりお邪魔してよいのかと思ったし、本広監督がどんな人かもわからなかったので、もしもコミュニケーション不可能な方だったらどうしようとも考えました(笑)。でも、実写映画の中で声優を使うのは、経験としても面白い機会だなと。
本広:実は僕も最初はちょっと構えちゃったところはありましたが、僕は普段からいろんな方に演出を任せている。例えば今回も、真矢ミキさんが演じた沖田仁美のシーンの現場は助監督に任せて、東京で撮ってもらっているそのシーンを、僕は地方のロケ現場からリモートで確認していました。
谷口:それができるのは、最終的に誰が撮ってもコントロールできる自信があるからですよね。
捜索無線のシーンにはドラマがある
Q:収録はどのように進めたのでしょうか?
谷口:最初の打ち合わせで、撮影した画を見せていただいたり、今回の狙いなど大事なところを説明していただいたりしました。その上で脚本どおりに録られていた仮の捜索無線の音声データをいただき、改めてどういう形で録った方がよいのかを考え、セリフを組み立てなおし、その修正のやり取りを何度かさせてもらって、9月下旬にアフレコ収録を行いました。
本広:谷口監督が新たに書いた捜索無線のセリフは、雪崩が起きて要救助者が崖下に滑落した形跡があるみたいな、そこだけでもすごいドラマがあるし、女性の隊長がいるなど、無線員のキャラクターまで全部作っていただきました。僕らではそこまで考えられなかった。
谷口:どうしても無線の声は紛れちゃうものですが、筋道を考えて作っておかないと、そこから受ける+αが違うんですよ。 街中のざわざわした感じなら自由にお任せできますが、例えば病院の中の待合室のガヤなどを役者さんにいきなりやっていただくのは難しいから、そのセリフは自分で作っちゃう時があるんです。
Q:複数の声が交錯していて、小野賢章さん、新井笙子さん、兼政郁人さん、菊池通武さん、中西正樹さん、吉岡琳吾さんの6人の声優さんがクレジットされていますね。そのキャスティングも谷口監督ですか?
谷口:Production I.Gさんの方から、候補声優のリストをいただき、その中で向いていそうな方や際立つ声の組み合わせを考えました。お願いしたのはアニメ的な技に慣れている方ではなく、洋画の吹き替え経験のある方ですね。
Q:特に印象的な最後のセリフに、小野さんを起用した理由とは?
谷口:本広さんから最後の声を特に立てたいと聞いていたので、そこは小野さんにお願いしようと。打ち合わせで名前をあげたのは本広さんでしたよね?
本広:僕は谷口さんだと思ってた。小野さんの奥様の花澤香菜さんは『PSYCHO-PASS サイコパス』のヒロイン役だったので、一緒に仕事しているんですけど。
谷口:そうか、それで間接的にでもお互いに知っているような方がいいのでは、みたいな話でしたかね。
ファンにはおなじみの亀山Pの声も
Q:本広監督からの演出的な要望とは?
谷口:私の最初のプランは、もっと事務的なものでした。世界は個人に優しくないというか。でも、本広監督からは、少し感情的なものもどうだろうかと。それで、得心が行ったところはありましたね。多分これは本広監督や亀山千広プロデューサーなど、ほかのスタッフの方々も含めたこの映画の世界全体が、室井慎次という男がこれだけ努力して頑張って彼なりにあがいて生きてきたことを、肯定してあげたくなったんだろうなと思って、「なるほど、それだったら確かにわかる」みたいに感じたんですよね。
Q:脚本家の君塚良一さんも、今回の映画は「室井の人生を肯定してあげたい」とおっしゃっていました。
谷口:それは多分、本当にシリーズとして長く蓄積してきた付き合いがある方々ならではの思いでしょうね。
本広:冷静に考えると、リアルなら間違いなく事務的な方がいいけど、無線で話している内容自体が悲しいことだし、感情を揺さぶりたかった。でも、あのシーンが泣けるのは、小野さんだからもあると思う。 今回のアフレコは、犬のシンペイの鳴き声の音質や風の具合や音楽など、他の音がまだできてない中だったので、事務的な声から号泣した声まで、いろんなパターンを録らせてもらい、散々悩んで中間寄りの声を使っています。小野さんは本当に上手くて、こちらの要望通りにいろんな表現をしてくれました。
Q:最初の声だけは「踊る」ファンお馴染みの亀山さんですよね。そこも谷口監督が演出を?
谷口:いえいえ、亀山さんに指示しろと言われても困ります(笑)。
本広:いつも無線の声は、亀山さんが自分で録ってますから、僕も何も言ってません(笑)。従来通り、縁起物で使わせていただいてますが、あれ以上使うと肝心なところでみんな泣けなくなる(笑)。僕が亀山さんの声を使うのは「踊る」ファンの方にもお馴染みなので、ちょっと笑えたりほっとしたりするシーンが多いんです。
谷口:それも『踊る』チームのファミリー感的な良さですよね。
本広:そうなんですけど、これまでの無線の声は歴代プロデューサー陣がやっていて、声に対して適当すぎたなと。改めてプロはこんなに違うんだと実感しました。
谷口:完成品を見るまで、実は浮いちゃうのではと、ちょっと不安でした。でも、ちゃんと風の音や音楽も相まって、すごく良かったし、最初の亀山さんの声もいい誘導役になってましたね(笑)。
Q:谷口監督も実は実写畑に進む可能性があったそうですし、実写でもアニメでもお二人がまた組む機会はありそうですね。
本広:僕らのベースには、日本映画“今村昌平”学校という恐ろしい血が流れていますし(笑)、お互いに実は Web3 などもやっているから、今後も谷口さんと組んで何かできたら絶対面白いだろうと思っています。
谷口:“今村学校”の行き着く先が Web3 なんて、僕ら以外にはよくわからないでしょうが(笑)、ぜひまたご一緒したいですね。
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