柳葉敏郎主演の映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』が大ヒット公開中だ。27年前の連続ドラマ「踊る大捜査線」にはじまり、社会現象を巻き起こした「踊る」の魅力を形にし、シリーズをけん引してきた本広克行監督が、演出方法の秘訣を語った。(以下、「踊る大捜査線」『室井慎次』のネタバレを含みます)
助監督全員と意見を出し合い、考える
「踊る」シリーズの魅力はいくつもあるが、軽妙なコメディータッチやテンポの良さに加え、視聴者が「これがここに続くのか!」「ここが進化してる!」と面白がるさまざまなリンクや伏線も、その大きなものだ。知っている人がニヤリとする、目を離せなくなる深みがあった。たとえば、連ドラ当時に恩田すみれ(深津絵里)らが美味しそうに食べていたカップ麺のキムチラーメンが、のちにわさびラーメンなどに進化、『室井慎次』では家を掃除中の室井が食べ、商店で暴れる若者たちが棚から落とし、最後に彼らが室井にそれを手向けていた。そういったつながりは「主に助監督が考えてくれます」と本広監督は言う。
「僕が言っていることをやるだけじゃなくて、みんなが考えなきゃだめだよ、というのが僕の演出の基本スタンスです。ずっとみんなに『これ、お前たちならどうする?』って言っていました。助監督全員に意見を出させて、みんなで考えて、それを受け入れられるのが『踊る』の現場なんです。だから助監督が育つんだと思いますね。『踊る』に関わってくれていた子たちは、いま大活躍中ですから」と本広監督は満足気だ。実際、「海猿」「MOZU」「パンドラの果実~科学犯罪捜査ファイル~」シリーズなどの羽住英一郎を筆頭に、波多野貴文、河合勇人、七高剛らよくドラマや映画で名前を見る監督たちが、かつて「踊る」のスタッフクレジットに名を連ねていた。
「今回も、ラスト近くの室井さんと子どもたちが雪かきをしているシーンは、季節の関係で撮影序盤に撮りましたが、ただ雪かきしているだけだと何でもないシーンになる。『どうする?』って言い続けました」と本広監督は明かした。
考えることで映画が変わる
『室井慎次』で、特に助監督たちのアイデアが生きたところはどこだったのだろう。「杏(日向杏/福本莉子)がガレージに火をつけるところです。いくらマインドコントロールをされていても意図的に火をつけるのは重罪だし、室井さんのコートを印象的に燃やしたかった。自分だけの考えだとどうしてもうまくいかなかったんですけど、助監督たちがアイデアを出してくれました。火をつけて、一瞬我に返ってマッチを投げて、それがオイルに引火してバーッと燃え広がってしまう、というあたりですね。莉子ちゃんのお芝居も素晴らしくて、ハマりました。マッチも、室井さんは煙草を吸わないけど、青島(俊作/織田裕二)につながるような室井さんっぽいものになっているんです」
「オイルも実際の会社のものではまずいので、プロデューサーの古郡(真也)の名前です(笑)。今回の助監督は彼の会社の子たちが多かったんです。僕ともバラエティー時代から一緒で、『踊る』も最初のころからやっていますから。助監督が優秀だと監督は助かりますね」と本広監督は語るが、その人が実力を発揮できる環境か否かは、上の者次第。室井の立場が思い出される。「言いやすい環境を作るのは、常に心がけています。助監督をみんな集めて、これはどう考えるか、監督になるつもりならもっといいアイデアを出さないとダメだよって、授業みたいにやっていました。考えるだけで映画ってこんなに変わるんだよ、ということは、実感させてあげたいなと思っています」
本広監督は「踊る」シリーズの後、自身の監督作を録りつつ、アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」やドラマ「さらば銃よ」など、いくつかの作品に総監督や監修という形で関わってきた。「自分で監督しなくても、総監督や監修という形でも十分いけると思いました。若い人が撮ったほうが、体力があるしめちゃめちゃ考えているから、いいんです。僕もアイデアを出したりはできるんで」と笑った。後進を育てることの大切さを、本広監督は以前から語っている。エンターテインメント界全体に目を向ければ、確かにそれは大事なことだろう。
だが、そうは言っても、青島主人公の最新作『踊る大捜査線 N.E.W.』が2026年に劇場公開される予定であることが、先日発表されたばかり。まだ全容は明かされておらず、そこに本広監督の名前がクレジットされるのかは不明だが、期待するなというほうが無理だろう。どんな展開になるか、楽しみに待とう。(取材・文:早川あゆみ)
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』は全国公開中
『踊る大捜査線 N.E.W.』2026年全国公開
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