昨年放送の大河ドラマ「光る君へ」の藤原道長役が話題沸騰の柄本佑。約1年半にわたって同作に心血を注いだ柄本の次なる作品が、日本語吹替え版の声優として参加したドリームワークスのアニメーション映画『野生の島のロズ』(公開中)。第97回アカデミー賞で長編アニメ映画賞・作曲賞・音響賞の3部門にノミネートされている。本作は、主人公のロボットが与えられた使命以上のチャレンジをすることで成長し、思いがけない奇跡が生まれていくストーリーだが、柄本が俳優として体験した思いがけない瞬間を振り返った。
本作の主人公は、無人島に漂着した最新型アシスト・ロボットのロズ。キツネのチャッカリとオポッサムのピンクシッポの協力のもと、雁(ガン)のひな鳥キラリを育てるうちに心が芽生えていく。監督・脚本を手掛けたのは『リロ&スティッチ』『ヒックとドラゴン』のクリス・サンダース。日本語吹替え版では主人公のロズを綾瀬はるか、キラリを鈴木福、ピンクシッポをいとうまい子が担当。柄本は、チャッカリの声を担う。
柄本がアフレコを行ったのは昨年10月頭。「光る君へ」のクランクアップ(10月25日)直前のタイミングとなり、まだ次の作品へ向かう心境ではなかったという。
「アフレコの頃はまだ髪の毛が長かったですけど、(「光る君へ」の設定のため)髪をそることはもう決まっていて。髪をそったらなかなか他のお仕事もできないので、他の仕事のことはあまり考えていなかったんですけど、この作品に参加させていただいたのは僕自身アニメが好きで、シンプルに作品がとても面白かったから。お話をいただいてからテストの声録りがあって本国からのチェックバックがあって決まった感じです。声優の方々にリスペクトもあるので、自分がやらせていただくこと自体は非常に緊張感がありハードルは高いんですけど、やってみたいという気持ちが勝りました」
これまでアニメーション作品の日本語吹替えでは『シチリアを征服したクマ王国の物語』(2019・旅芸人と魔術師の二役)、『犬王』(2021・足利義満役)などの経験がある柄本が、本作ではキツネ役。演じるチャッカリは、ずる賢く臆病な性格で島のハズレ者。最初はロズを警戒するが、徐々に彼女の存在を受け入れ友情を育んでいく。アフレコでは英語版のペドロ・パスカルの声をなぞるのではなく現場で生まれたことを大事にしたといい、その結果、想定外のシーンが生まれることもあったそうだ。
「序盤にチャッカリが“優しさはいらねえよ。ここで生き抜くには邪魔なだけだ”って言うシーンがあるんです。自分としては自然にそうなった感じなんですけど、監督(日本語演出)が“ちょっと任侠っぽくなっていたところ、よかったですね”と面白がってくださって。最初は割とオリジナルの方のお芝居や声に引っ張られたりもしていたんですけど、監督がこうしてセリフ、役を突き詰めていくとおのずとオリジナルになるよねと。作品が面白いのは揺るぎないのだから、楽しんで、その場で生まれたことを大事にやっていこうと言ってくださって、それでだいぶ気が楽になった部分はあります」
主人公のロズは、人間の生活をより快適にするために開発された最新型アシスト・ロボット。ひな鳥を“キラリ”と名付け育てるうちに、不思議なことに本来備わっていないはずの“心”が芽生えていく。柄本自身、俳優として与えられた使命以上の何かが生まれることで「思いがけない」体験をしたことがあるという。
「撮影の中で想定外の何かが生まれたと感じることはあるけれど、完成した作品を観たらそうでもなかったっていうことの方が多いです。ただ、僕としては作り手の個人的な思いは作品に強い影響をもたらす気がしています。『野生の島のロズ』は、クリス・サンダース監督が娘さんの宿題を通じて原作に出会ったそうなんですが、とてもピュアで綺麗なアニメ作品に仕上がっていて。不特定多数ではなく“娘に見せたい”とか、個人的な思いが強ければ強いほど、観る人の心も動かされるのかもしれないですね。そういったことで言うと僕が主演をやらせていただいた『心の傷を癒すということ』というドラマがそうでした」
2020年にNHKで放送された「心の傷を癒すということ」は、阪神・淡路大震災発生時、被災者の心のケアに奔走した若き精神科医・安克昌さんの自伝的ストーリー。自ら被災しながらも多くの被災者の声に耳を傾け寄り添い、志半ばで亡くなった安さんの歩みを追った本作は大きな反響を呼び、ギャラクシー賞や放送文化基金賞など数々の賞を受賞。2021年にはドラマを再編集した劇場版も公開された。
「安先生の娘さんがドラマの撮影を手伝ってくださっていたんです。安先生が亡くなられた数日後に生まれた娘さんで、彼女はお父様の話は聞いていると思いますけど、一緒に過ごした時間はないんですよね。だからスタッフも監督も僕も、撮影現場にいた全員に、娘さんのために作品を撮っているような感覚が明確にありました。僕も彼女に生前のお父様を見せたいつもりで芝居をしていた。その思いはもちろん奥様に対してもありますが、娘さんは現場にいたので、彼女に観られている緊張感は監督も感じていたはずです。そうした作品が賞をいただいたりもしたので、個人的な思いというのは物づくりの原点であるべきなんじゃないのかとも思います。『野生の島のロズ』が観る人の胸を打つのも、きっとクリス・サンダース監督ご自身の個人的な思いがあるからなんじゃないかという気がしています」
ところで、もともとアニメ好きだという柄本だが、娘さんが生まれたことで観る作品のジャンルも広がったのでは? と問うと、こんな答えが返ってきた。
「アニメ映画を観に行くときは娘も連れて行くみたいな感じにはなりましたけど。広がりで言うと、劇場版の『アンパンマン』を観るようになったことぐらいかな。あとはそんなに変わらないです。もともとアニメは娘と同じような作品を観ているので(笑)。『クレヨンしんちゃん』は毎年観に行っていたし、テレビシリーズだと『ダンダダン』なんかも観ているし。『アンパンマン』も面白い作品が多くて、特に金春智子さんが脚本を手掛けた『それいけ!アンパンマン かがやけ!クルンといのちの星』。お祭りのシーンから始まってばいきんまんのロボットが登場して、子供たちの“助けてアンパンマン!”からタイトルバックに行きつくまでの流れが完璧なんですよ。ハマって一時期そこばっかりリピートしていました(笑)」
映画は基本的に雑食で、何も情報を入れずにまっさらな状態で観るスタイル。最近では、クリント・イーストウッドの新作が劇場公開されなかったことにもどかしい気持ちを抱いている。
「監督や役者さんの名前で観に行くこともありますが、基本は時間が合う作品を片っ端から観ている感じです。できれば予告編とかチラシとかポスターとかも見ない状態で行きたい。高校生の時は新宿の歌舞伎町に映画館がたくさんあったので、時間が合う作品から観て空き時間ができたら噴水のところで本を読んで時間を潰して……というのを繰り返していました。最近では、クリント・イーストウッド監督の新作(『陪審員2番』)が劇場公開されないのは非常に残念。劇場公開のための署名運動が行われていたので僕も署名しました」
そうして、あくまで映画館で観ることへのこだわりを覗かせていた。(取材・文:編集部・石井百合子)
ヘアメイク:廣瀬瑠美 スタイリスト:KYOU
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