『ヒックとドラゴン』『リロ&スティッチ』のクリス・サンダース監督がピーター・ブラウンの人気児童書「野生のロボット」を息をのむほど美しいアニメーションで映像化し、世界で大ヒットとなっている映画『野生の島のロズ』がついに日本でも公開を迎えた。来日時にインタビューに応じたサンダース監督が、制作秘話やアニメーション映画の現在について大いに語った。(編集部・市川遥)
Q:『野生の島のロズ』の手描きスタイルのアニメーションは美しいだけでなく、自然についてでもあるこの物語に完璧にマッチしていました。どのようにしてこのスタイルにたどり着いたのでしょうか?
初めて原作本を読んだ時、あるイメージが浮かびました。それは僕が子供の頃、『バンビ』を観た時に感じたフィーリングを強く思い出させるものでした。美しく、優しい筆遣いで描かれた森──タイラス・ウォン(『バンビ』の原画を担当したアーティスト)のスタイルです。
そして、ロボットと動物たちの物語なので、もし従来のCGのルックで映画を作ったとしたら“子供向けになりすぎるのでは”という点をすごく心配していました。子供たちがこの映画に興味を持ってくれるのはわかっていましたが、僕が頭の中で観たような形で、大人たちがこの映画を観てくれるのかがとても心配で。ですが、僕はとても幸運でした。この本をドリームワークスで映画化することになった時、同社ではアニメーションのビジュアル面で大きな進歩があったんです。『バッドガイズ』(2022)と『長ぐつをはいたネコと9つの命』(2022)では伝統的なCGルックを離れ、ずっとイラスト的なスタイルが採用されることになりましたから。
そこで美術のレイモンド・ジバックに「これを一体どこまで推し進められるのか」と相談しました。それと同時にビジュアル的な模索もしていて、アーティストの一人であるダニエル・クークオが描いた絵がとても印象派的で、「僕たちが追求するのはこれだ!」となったんです。それはまさに、完成版のビジュアルそのものです。そこでそのルックを追求することにし、レイモンドと彼のチーム、VFXスーパーバイザーであるジェフ・バッツバーグが本当に素晴らしい仕事をしてくれたと言わなくてはなりません。そうしてこの手描きの、印象派的なルックが生まれました。
Q:近年、別スタジオの作品で背景は手描き風、キャラクターは従来のCGルックという映画がありましたが、違和感が強く、互いの良さを打ち消し合っているようにすら感じられました。本作のキャラクターたちは手描きの背景と完璧に融和していますが、どうやってこれを成し遂げたのですか?
ああ、それはその通りです。その二つがうまく機能するようにするため、本作では背景と同様、全ての動物たちに手描きの表層を持たせました。なので、この映画に出てくる全ての動物たちは実際に手描きです。バックグラウンド(背景)、ミッドグラウンド(中間)、フォアグラウンド(前面)という三つの層に分かれていて、フォアグラウンドの動物たちは最も筆遣いが細かく、ミッドグラウンドとバックグラウンドの動物たちはざっくりとした筆遣い。カメラの遠くにいたら実際そう見えるように、あえてディテールを減らしているんです。
動物たちの手描きの層に関しては、非常に興味深いことがありました。僕たちが見慣れている普通のCG映画では、動物たちの細かな毛、その1本1本を見ることができますよね? スーパーリアリズムですが、どうもリアルには感じられない。なぜなら、動物たちはヘアサロン帰りではないから(笑)。ブローしてもらったばかりみたいなね(笑)。本物の動物たちはある意味、完璧ではありません。この動物たちの手描きの表層は、全体に興味深い効果をもたらしました。そういうCG的なディテールを持っていないがゆえに、それ独自の在り方で、よりリアルに感じられるのです。とても印象派的なルックが不思議なことによりリアルに見えるというのは、僕たち全員にとって驚きでした。
映画のオープニングで手描きの表層を持っていないのは、ロズだけです。彼女だけに従来のCGの表層を与えることで、彼女がこの世界には属していないという感覚を与えたかったからです。そしてロズのビジュアルには30の異なるバージョンがあり、物語が進むにつれて、彼女にはへこみができ、傷がつき、こけも生え、どんどん手描きになっていきます。そうして映画の中盤までには、彼女も他の動物と同様に100%手描きの表層になります。そうすることで、彼女がこの島の住人になったことを示したかったんです。
Q:野生に戻っていくロズはまるで『天空の城ラピュタ』のロボット兵のようでした。『リロ&スティッチ』では『となりのトトロ』、『ヒックとドラゴン』では『魔女の宅急便』と、宮崎駿監督の作品がインスピレーションの一つになっているとよくおっしゃっていますよね。
その通りです。そして、あまり話せていないけれど『紅の豚』もそうなんです。(※感極まった表情で)ああ! あの映画にはもうものすごく興奮させられます。素晴らしい瞬間がたくさんあり、考えただけで鳥肌が! ものすごい観察力によって美しく描写され、テンポが計算されており、宮崎監督はストーリーテラーとして、異なるものに完璧なタイミングで光を当てる力がすごい。飛行機が着水する際の水の抵抗、空へ浮き上がるのにどれだけのエネルギーが必要なのか、そしていよいよ水から離れたらどれだけの自由を感じるのかが、手に取るようにわかります。彼はそんな風に“触知できる”ようにするのがすごいのですが、映画作りとはまさにそうすることなんだと思います。
本作のアート本の表紙になっている場面(※夜、木の下に座るロズとチャッカリとキラリ)は、僕がスケッチしたものです。本作にはとても宮崎監督的な瞬間が必要だと思っており、それがこの場面でした。僕は彼の映画にインスパイアされていますし、彼のタイミングの取り方、彼が小さなものに注意を払うやり方が大好きで、それが物語においてとても大きな役割を果たしているんです。
Q:ロズには口がありませんが、その目と動きだけで彼女の感情が手に取るようにわかるのが素晴らしかったです。
アニメーターたちには本当に感銘を受けました。彼らはバスター・キートン、チャーリー・チャップリンといったサイレント映画のスターから学んでいたんです。彼らがやってのけるだろうというのはわかっていましたけどね。ピクサーが作った短編映画で、一輪車が主人公の『レッズ・ドリーム』(1987)やランプが主人公の『ルクソーJr.』(1986)などもありましたから。一輪車やランプには顔がないけど、そこには全ての感情があった。アニメーターたちは時にそうした制限がある時の方が、真価を発揮するのだと思うんです。
なので、ロズに彼らが好きなように動かすのに十分な関節を与えられたら、全ての感情を表現することができるという自信がありました。僕がロズに関してピーター(原作本の作者でイラストレーターのピーター・ブラウン)のイラストから唯一大きく変えたのは、彼女の口です。本にはロズにとてもシンプルな線の口がありましたが、アニメーターたちはただ彼女の目で、そのパントマイムで全ての感情を語ることができるとわかっていたので、僕らのロズには口はないことにしたくて。彼らは本当に素晴らしい仕事をしてくれました。僕が思いも寄らなかった風に彼女を動かし、何度も驚かされました。
Q:本作では死が描かれます。時にダークなユーモアとして、時にシリアスに。自然の厳しさやこの世のほろ苦さというものも美しく描写されていますが、どのようにしてそのバランスを取ったのでしょうか?
本作では、死を“起こりうること”“リアルなもの”として感じられるようにすることが極めて重要でした。なぜなら、動物たちが暮らす島の厳しさを感じられなければ、この映画はうまく機能しないからです。動物たちがなぜそのようにプログラムされているか(=そのような本能があるか)を理解できなかったら、そのプログラムが変わることの意味を理解できない。ほとんどの時間で、僕たちは死をユーモアとして扱っています。なぜなら、あの島では死は常にやって来るものですからね(笑)。だけど2回は、とても真剣に扱いました。デリケートに描くことを心掛けましたが、決して正面から描くことを避けたりはしませんでした。
僕は『ライオン・キング』(1994)にも参加しましたが、同作でムファサが死ぬシーンをしっかり描くことは避けらないことでした。あのシーンなしでは、映画は成立しません。つらい瞬間ですが、それがストーリーに感情的なバランスをもたらし、ストーリーの錨となるのです。『野生の島のロズ』でキラリの家族が誤ってロズに殺されてしまうシーンもそうです。後半、キラリにもそれと鏡映しといえる瞬間が訪れるのが興味深いところだと思います。キラリは自分と家族に起きたことでロズを責めるけれど、それは彼女のせいではない、それは単に、時に起きてしまうことなのだ、と僕たちが指摘するのが重要だったので。それは本にもあることで、ピーターの功績ですね。
Q:原作者のピーター・ブラウンとはたくさんお話をされたのですか?
彼とは制作期間を通してずっと話していました。実は映画が完成するまで、直接会うことはなかったんですけどね(笑)。なぜなら、この映画の制作を始めた時の彼は「野生のロボット」シリーズ3作目のイラストを仕上げるのですごく忙しくしていて、アメリカ東海岸で囚われていて(笑)。そのあとは引っ越し作業で忙しくなり、第1子が生まれ、彼の人生ではたくさんのことが起きていたわけです(笑)。
ですが、彼とは常に連絡を取り、僕たちが何をやっているかを話していました。僕たちがなぜそうしているか、わかってほしかったので。そして彼の言葉は、とても重要でした。最も重要な言葉の一つは、彼との最初の電話で出てきたものです。彼が言ったのは、本の執筆時、“優しさはサバイバルスキルになり得るかもしれない”というアイデアが常に頭の中にあったということでした。それは、本に直接的には書かれなかったんですけどね。僕はすぐその言葉を書き留めて、これは映画に入れるべき言葉だと思いました。そういうわけで、フィンクが『優しさはサバイバルスキルではない』と言うことになったんです。ピーターの言葉のある意味、引用する形でね(笑)。
Q:『野生の島のロズ』は続編についての話も出ていますね。監督の次回作は『野生の島のロズ2』になるのでしょうか?
具体的にはまだ何も始めてはいないんです。原作シリーズにはもう2冊あり、どちらも本当に素晴らしいので、もし本作が成功したら実現するかもしれません。本作の制作は本当に楽しく、原作ものをやるのは大好きです。それと同時に、『リロ&スティッチ』みたいな100%オリジナルの作品もやりたいと思っています。俳優たち、アーティストたち、ミュージシャンたちとの仕事も好きなので、好きなことをやれている自分は幸せ者だと思います。
Q:サンダース監督は手描きアニメーションの時代にキャリアをスタートさせ、CGアニメーションに移行してからも『ヒックとドラゴン』『クルードさんちのはじめての冒険』といった素晴らしい作品を作られました。そして今回の『野生の島のロズ』では、CGアニメーションで手描きアニメーションの要素を見事に取り入れることに成功したわけです。アニメーション映画の未来を、どのように見てらっしゃいますか?
僕がとてもラッキーだったのは、手描きアニメーションの時代にこの世界に入ったことです。手描きからしか得られない“感情の成分”があり、それは唯一無二のものですから。そしてCGの時代がやって来て、僕たちはたくさんの素晴らしいギフトを得ました。中でも僕が重要だと思うのは、カメラを空間で自由に動かすことができる力です。それは手描きアニメーションではできなかったことでした。そこからたくさんの感情が得られる一方で、もともとの“手描きアニメーションの魔法”は過去に置いて来なければなりませんでした。
僕たちは長い間、それを思慕していました。そして本作では、手描きアニメーションへの回帰を表現しています。なぜなら僕たちは今、100%手描きの背景を使っています。もちろんコンピューターとタッチペンを使っていますが、それは全て人間によって描かれたものです。僕がアニメーション映画を始めた頃の、昔ながらのやり方そのままで。そして今は、キャラクターも手描きです。
だから今、僕たちは本当にエキサイティングな時代にいると思います。なぜならCGから得た全てのギフトを手に、手描きならではの芸術性と個人のスタイルを呼び戻すことができるからです。それは、本当に長い間、僕たちが目にしていなかったもの。それは本当に全て、ソニーの『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)のおかげです。現在のこの潮流を始めてくれた作品です。それはアニメーションの世界にいる僕たち全員にとって革命であり、あれほどエキサイティングなものを観たのは、全てを変えた『トイ・ストーリー』(1995)以来だと思います。だから僕たちは今、素晴らしい瞬間にいます。アニメーションには今までになくオープンで、数多の可能性があるからです。
映画『野生の島のロズ』は公開中
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