おいしそうな匂いが誌面から漂ってくるような料理描写が満載で人気を集めている竹岡葉月さんの小説「石狩七穂(いしかり・ななほ)のつくりおき」シリーズ(ポプラ社刊)。
今回は、抜群の家事能力を活かして家事代行サービス「KAJINANA」を立ち上げ、活動中の主人公・七穂が伝授する、仕事でくたくたになって帰宅したあとでもさっと作れるおいしいおつまみレシピを、本サイトだけで読める書き下ろしショートストーリーとともにご紹介します!
★これまでのストーリーはこちら
・「新じゃがの季節に食べたい! おいしい料理描写が話題の小説に学ぶ、絶品肉じゃが」(https://recipe.rakuten.co.jp/news/article/2682/)
・「仕事後すぐにおいしいご飯が食べられる!簡単&時短&栄養バランス抜群のレンジ蒸し」(https://recipe.rakuten.co.jp/news/article/2689/)
本日のご依頼は、大量の林檎をおいしく調理すること!
「ごめん、石狩さん! どうか助けて!」
家事代行の仕事で伺った、埼玉県某市のマンション。七穂の目にまず入ったのは、大きな段ボール箱と、両手を合わせて謝る奥様の姿であった。
段ボール箱の土手っ腹には、『青森りんご』のロゴが大きく印刷してある。中を覗けば、期待を裏切らず大量の赤い林檎が入っていた。
「うわあ……これはまたご立派ですね……」
「実家が津軽なのよー」
うんざりした調子で奥様は言った。
「こんなに貰っても食べきれないって言ってるのに、全然手加減してくれなくて。もう今日はお掃除もお洗濯もしなくていいから、これだけなんとか処理をお願いできる? 生で食べるのも飽きてきたのよ」
一つ手に取ってみる。ほんのりと甘い香り。ヘタも皮も張りがあって、つやつやとした赤が美しい。いい林檎なのは確かだ。
思い立って始めた家事代行サービス、『KAJINANA』。フルオーダーメイドの家事を謳っているせいか、お客様からの注文もどんどんフリーダムで独特になってきている気がする。
(ま、飽きなくていいんだけどさ)
これを食べきれず腐らせてしまうのは、あまりにもったいない。七穂は箱に林檎を戻して、奥様を振り返った。
「わかりました。なんとかしましょう」
「助かるわ!」
依頼主も大絶賛。七穂流・林檎の活用術!
まずは持参の三角巾、エプロン、マスクを身につけ、手洗いをしてから調理に取りかかる。
林檎数個を洗って、皮ごと厚めのいちょう切りにする。鍋に入れてレモン汁と砂糖を振りかけ、落とし蓋(ぶた)をしながらことこと煮れば、皮の影響でピンクに染まった林檎コンポートのできあがりだ。
(これはいっぱい作ったから、冷めたら冷凍する。使うぶんだけ取り出してレンチンしてもらえば、長く楽しめるよね。バニラアイス添えて食べたり、パンに載っけてシナモン振ったり)
たまに鍋の様子を見つつ、次の料理だ。
今度は林檎の皮をむき、玉ネギと一緒にせっせとすりおろす。
林檎と蜂蜜の某カレーではないが、半量はみじん切りの人参&セロリと一緒にひき肉と炒め、カレー粉、ケチャップ、ウスターソースで味をつけてドライカレーにした。これも小分けにして冷凍する。
もう半分は醬油、酒、酢、すりおろしニンニクを加えて、ぐつぐつ煮詰めてステーキソースである。塩コショウで下味をつけた鶏もも肉を焼き、このソースをかけて本日のメインディッシュのできあがりだ。いわゆる砂糖がわりの林檎で、果物の林檎に飽きていても食べやすいはずだ。
副菜作りと後片付けまで終えれば、本日の業務終了である。
「よし。奥様ー、終わりましたよー!」
「あらもう? ありがとう」
冷凍用に小分けにしたコンポートやドライカレー、夜に食べるチキンステーキの温め直し方を説明する。奥様は「これみんな林檎使ってるの? お菓子ぐらいしか思いつかなかったのに!」と驚き喜んでいた。
「本当に助かったわ!」
「またのご利用を、お待ちしております」
七穂は笑顔でマンションを辞した。三角巾でついた髪の癖を手ぐしで直し、己のスマートな仕事ぶりに満足する。
(ふっ、完璧さ)
今日もいい仕事をしたなと、自画自賛しながら家路についたわけだが──。
帰宅した七穂を出迎えたのは、まさかの……
「おかえり、七穂ちゃん。いいもの貰ったよ」
猫つきの古民家、我楽亭(がらくてい)で同居している結羽木隆司(ゆうきたかし)が、こちらの顔を見るなりちゃぶ台の取っ手付きポリ袋を指さした。
袋の大きさといい、中で膨らんだ物の形といい、何か嫌な予感がする。
「……なにこれ」
「町内会の会長さんから。世話になってるお礼だって」
「だからなにこれ」
「林檎」
「全部?」
「だと思うよ。実家が松本なんだって」
七穂は渋い顔になった。たぶん眉間と顎に皺が寄っている。
「またかよ!」
「え、七穂ちゃん林檎好きって言ってなかった!?」
言ったさ。言ったけどさ。
──結論。貰ってしまったのはしょうがないので、ありがたく利用させていただくことにした。
ただし、ボウル一杯林檎と玉ネギをすりおろしなんてやっている気力は、もはやなかった。
「……七穂ちゃん、これもしかして林檎入ってる?」
「もしかしなくても入ってるよ」
晩酌のお供に出した小鉢を、隆司がまじまじと見ている。
今日はいちょう切りにした林檎を、キムチとオリーブオイルで和えただけの簡単おつまみだ。
隆司は恐る恐る一口食べて、感想を言う前に缶ビールを飲んだ。
「恐ろしく酒向けの味だね」
「でしょでしょ」
「怖い怖い」
林檎の甘酸っぱさとキムチの辛さと塩気が、意外に合うのである。とてもお客様には作れない酒飲みメニューだが、家でぐらいいいだろう。
働いて疲れた体に、ビールの炭酸が心地いい。
一緒に飲んで笑える相手もいる。今日も平和だ。
飲みながらでも作れちゃう⁉ 3分でできる絶品おつまみ
「晩酌のおともにぴったり! 甘辛・林檎のキムチ和え」
このレシピをチェック ⇒ https://recipe.rakuten.co.jp/recipe/1100040246/
心を満たすおいしい料理満載の好評シリーズ第2弾!
四季折々の植物が生い茂り、猫が訪れる古民家で、隆司と暮らしはじめた七穂。抜群の家事能力を生かして立ち上げた家事代行サービス「KAJINANA」にも、「対等で完璧な折半」を目指す共働き夫婦や、幼い娘のために亡くなった妻のカレーの味を再現してほしいという夫などから、さまざまな依頼が舞い込んできて――。
竹岡葉月『石狩七穂のつくりおき 家事は猫の手も借りたい?』(ポプラ文庫ピュアフル)
https://books.rakuten.co.jp/rb/17838898/(https://books.rakuten.co.jp/rb/17838898/?l-id=search-c-item-text-01)
心もおなかもやさしく満たされる好評シリーズ第1弾!
求職中の七穂は、疎遠になっていた親戚の隆司が休職したと聞く。エリート街道まっしぐらのイケメンだった隆司だが、今や祖父の残した古民家に閉じこもり、盆栽いじりと居ついた猫の相手をするほかは、万年床で寝るばかりのとぼけた青年になり果てていた。抜群の家事能力を生かし隆司のお食事&見守り当番として奮闘する七穂だが、やがて彼が休職した本当の理由を知り……。シリーズ第1弾。
竹岡葉月『石狩七穂のつくりおき 猫と肉じゃが、はじめました』(ポプラ文庫ピュアフル)
https://books.rakuten.co.jp/rb/17550387/(https://books.rakuten.co.jp/rb/17550387/?l-id=search-c-item-text-01)