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【インタビュー】巨匠マイケル・マン、構想30年の執念と情熱 深く魅了された「フェラーリ」創業者の類まれなる人物像とは?

映画.com 2024年7月4日 13時0分

 「ヒート」「インサイダー」などで知られる巨匠マイケル・マンが、構想30年をかけた作品がある。その名は、F1の“帝王”と呼ばれたフェラーリ社の創業者を描く映画「フェラーリ」(7月5日公開)。このほどインタビューに応じたマン監督が、本作にかけた情熱、困難を極めた製作の道のり、また主人公エンツォ・フェラーリに魅了された理由などについて、たっぷりと語ってくれた。(取材・文/編集部)

 元レーサーにしてカーデザイナー、そして自ら立ち上げたフェラーリ社をイタリア屈指の自動車メーカーへと成長させたエンツォ。本作は1957年、59歳だったエンツォ(アダム・ドライバー)の波乱と激動の1年を描く。愛息ディーノの死、妻ラウラ(ペネロペ・クルス)との崩壊寸前の夫婦関係、その裏で秘かに愛し合っていた女性リナ(シャイリーン・ウッドリー)との二重生活。一方でフェラーリ社は、破産寸前で、買収の危機に陥っていた。私生活と会社経営で窮地に立たされたエンツォは起死回生を賭け、イタリア全土1000マイル縦断の公道レース「ミッレミリア」に挑む。

――最初に、マン監督が映画化にこれほどの情熱と年月を注がれた理由や経緯を教えてください。また、映画化を実現するまで、どのような困難があったのでしょうか。製作のジョン・レッシャーは、「これはインディペンデント映画のマインドで作られた、スタジオ規模の超大作だ。製作は不可能に近く、難易度も非常に高かった」と語っています。

 本作はある程度の製作費を要するものだったので、とても困難な作品でした。始まりは、私の大親友である亡きシドニー・ポラック監督と、「フェラーリの話を作ろう」と話していたことです。2003年、07年、08年頃に立ち上げようと努力した記憶があります。難しかった理由のひとつは、カーレースの映画って、興行成績につながらないんですよね。より低予算で、インディー映画の形で作ろうと思えば、もっと前に作ることはできました。ですがこの映画は、自分が思う正しいやり方でなければ、作るつもりはありませんでした。

――物語では主に、エンツォが過ごした濃密な、たった数カ月間の出来事が語られますね。

 エンツォの抱えていた葛藤の全てが衝突したのが、この約3カ月間だったんです。家庭でのドラマ、ビジネス上のドラマ、レースでの出来事、リナとの関係――その全てが、この3カ月間に集中して、全てぶつかった。これは、歴史的にも正しい真実なんです。例えばこうした出来事が、10年や15年という長い期間に起きている話であれば、本作を作ることはできなかった。3カ月に集約されているからこそ、作ることができたわけです。長いスパンで直線的に描かれるような伝記物は、見るのは好きなのですが、自分で作ろうとは全く思いません。というのは、登場人物たちの人生に自分が没入できる、内側に踏み込めるような感覚がないからなんです。

――マン監督が、エンツォの人生やエピソードで、最も興味をひかれたポイントや、映画になると思われたポイントはどこなのでしょうか。

 エンツォは、父と兄を、第一次世界大戦中の同じ年に亡くしています。彼は教養やお金があるわけでもなかった。フィアット社で働くことが夢でしたが、19歳の頃にフィアット社に行くも、断られてしまいます。その後、彼は自伝でもその出来事を振り返り、「ベンチに座って大雨の中、とても落ち込んで泣いた」と書いているそうです。そんな真の絶望の瞬間にも、彼は考えました。「この人生、この世界で、自分はどんな人間になりたいのか」と。これは、すごくロマンティックな考え方だと思うんですよね。いま置かれている状況を超えて、自分のなりたい自分になること。そのパワーが不安からきていることは、多くの人が共感する部分だと思います。

 エンツォの夢は、レースカードライバーになることでした。実際、1920年頃にそう考えることは、70年代に「宇宙飛行士になりたい」と思うのと同じくらいファンタジー、空想に近い夢だったんです。それでも彼は、当時のイタリアの階級システムを這い上がり、自分の置かれていた状況を乗り越えた。彼のメンタリティというのは、常にレーシングドライバーのもので、ビジネスマン的なものは持ち合わせていなかったんです。車に乗り、全てが正しく、あるべき状態になっていて、完全に自分と車が調和し、車が自分の延長戦上にあるような感覚を持つ。車と一体化して、ひとつの有機物になるような感覚。11歳の子どもが空を飛ぶ夢を見たときのような感覚――そうしたエモーショナルな中毒性について、彼はよく理解していました。

――彼のレーシングドライバーであるという意識やプライドは、「ジャガーは売るために走る。私は走るために売るんだ、全く違う」というセリフにも、よく表れていますね。

 彼は、19世紀、20世紀の興行主(イタリア語でインプレサリオ)のような人だったと思うんです。例えば、オペラを行うにしても、指揮者・オーケストラ・歌い手が必要です。彼もいろんなことを動かしながら、その世界に身を置いていた、とても複雑なキャラクターです。私はそもそも複雑なキャラクターにしか惹かれません。例えばレースチームの組み方ひとつを見ても、エンツォの場合はエンジニア的な正確無比さがそこにあるんです。私は彼の日誌とその筆跡、エンジニアリングの記録などを見たんですが、全てが完璧を期していたんです。

 しかし、私生活となると真反対で、本当にカオスとしか言いようがない。何かをすべきか、すべきでないのか、一切考えずに行動していたんじゃないかと。自分自身に唯一問いかけたのは、「しない理由はないよな」ということぐらいだったと思います。なので、素敵な女性が前を通れば、彼はあっという間にいなくなるような感じだったのかもしれません(笑)。つまり、ふたつの相反する面が、ひとりの人間に共存しているんです。それが本当に興味深くて、魅了される部分です。

――そして、マン監督の壮大なビジョンに応えた、キャスト陣の熱演も鬼気迫るものがあり、素晴らしかったです。

 妻ラウラを演じたペネロペは、私が「本当に光栄な立場にいるな」と感じるほど、素晴らしかったです。彼女のキャリアのなかで最も素晴らしかったんじゃないかと自負しています。このキャラクターは、本当に多面的なんですよね。そのおかげで、ペネロペも演者としてやれることが、ものすごくあり、彼女のいままで見ることがなかったような才能や能力がさらに引き出されていたように思います。

 ラウラは強く、自信がある。息子の死のトラウマがあり、過去に囚われている。失った悲しみで半狂乱になり、非論理的な考えに至り、それを疑うことなく、口にすることができる。一方のエンツォは自分に自信がなく、不安を抱えている。だからエンツォは、アグレッシブに振る舞うんですね。

 そしてエンツォは現在と未来を生きています。対してラウラは、現代に生きながら、過去に囚われている。このふたりのキャラクターの間の力学は、本当に興味深かったんですが、ペネロペの演技は傑出していたと思います。それと同時に、笑ってしまうような、ある種のユーモアを感じさせる演技だったと思います。彼女と、かなり密接に作業をしました。僕らは実際にモデナで撮影したので、ラウラが最期の1年半を過ごした寝室に行き、部屋の壁紙の模様を見ることができたんです。最期の1年半は、ベッドから出られない生活だったそうなので、彼女が選んだその壁紙は、大きな意味を持っていたと思います。どんな思いが込められているのか、考えることができましたし、毎日彼女と接していたお医者さんと話すこともできました。

 モデナにいたとき、フェラーリはグローバルブランドという雰囲気ではなく、地元スポーツチームのホームのような感じだったんです。この映画を作っていることに、感謝してくださる方がたくさんいました。彼らにとっては、フェラーリがホームチームだからです。自分がフェラーリで働いているとか、父がフェラーリで働いているとか、何らかの関係を持っている方ばかりで、すごくナチュラルに共感してくださった。そんなわけで、キャストたちは、演じているキャラクターを知っている人々と、それらの人々を知っている人々とたくさん話すことができて、すごく役に立ったと思います。

 「フェラーリ」は、7月5日から東京・TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。

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