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「ぼくのお日さま」奥山大史監督×池松壮亮×越山敬達×中西希亜良がカンヌで語った、忘れ得ぬ体験【オフショット多数】

映画.com 2024年7月22日 12時0分

 5月に開催された第77回カンヌ国際映画祭のある視点部門で上映され、大きな反響を得た奥山大史監督の「ぼくのお日さま」。映画祭ディレクターのティエリー・フレモーは奥山を、「次世代の是枝裕和」と紹介し、米Deadlineも「新世代の日本人監督」と称賛。フランスTVは、「奥山は本作で独創的な映画的文体と細やかな感受性を証明した」と評するなど、各国のプレスから称賛を浴びた。

 本作は、雪の降るとある地方の街を舞台に、吃音を持つ少年タクヤ(越山敬達)と、スケートが上手い東京から越してきた少女サクラ(中西希亜良)、元フィギュアスケート選手でありながらも夢を断念し、田舎にやってきたコーチ(池松壮亮)の人間模様を描く。それぞれどこか疎外感を抱く3人の触れ合いの機微が、寓話的な美しさと現実的な厳しさをもって語られ、凛とした魅力を放つ。

 公式上映では、奥山監督と池松壮亮が、一緒にカンヌ入りした越山(15歳)と中西(13歳)とともに喜びを露わにし、越山が感極まって涙を浮かべていたのが印象に残った。そんな興奮も冷めやらない翌日、現地で彼らに、本作の稀有な経験について語ってもらった。(取材・文:佐藤久理子)

――監督にまずお訊きしたいのですが、池松さんはかなり前からこのプロジェクトに関わっていたそうですが、プロジェクトの成り立ちはどのようなものだったのでしょうか。

 奥山「前作の『僕はイエス様が嫌い』を作り終えた後、すぐに自分が子どものときに習っていたフィギュアスケートを描く映画のプロットを書いたんですが、なかなか実現できず、一度その企画の実現は諦めました。それからしばらくして、ドキュメンタリーの仕事で池松さんにお会いして、この人が出てくる作品を撮りたいと思い、そのプロットの存在を思い出したんです。池松さんの出方を想像したらイメージが広がって、それで出来上がったプロットを持ってご相談に伺ったら、その段階で『出ますよ』と言って下さった。そのおかげで、そこからはかなり早く撮影まで進めることができました」

――題名はハンバート ハンバートが手がけた同名の楽曲に拠りますが、もともと彼らがお好きだったのですか。

 奥山「高校生のときに聞き始めたのですが、大学のときにライブを観に行ったら、音源を聴くよりももっとパワーのある歌声と演奏で、とても感動してファンになりました。池松さんと出会って、彼に映画に出てもらいたいと考えているときに、『ぼくのお日さま』の曲を思い出し、ここに出てくる『ぼく』を主人公にして、もうひとりの男性を池松さんが演じたらどうなるだろうと考えているうちに、いろいろとパズルがはまっていったんです」

――池松さんにとって、奥山監督の印象はどのようなものでしたか。

 池松「僕は『僕はイエス様が嫌い』を拝見してから、ずっと気になっていました。その後たまたまレストランですれ違ってご挨拶したのが初めましてでした。その後も奥山さんの作った広告やミュージックビデオを拝見するたびにとても感動していました。それで以前、ある企画の話があったときに、プロデューサーから『これからの監督とやりたいが誰かいないか』と訊かれ、数日考え込んで奥山さんしか浮かばず、奥山さんにその企画を持って会いにいったんです。結局それはうまくいかなかったんですが、そうこうしながら奥山さんが監督を務めるエルメスのドキュメンタリーに出演させて頂いて。そこで初めて奥山さんとの共同作業を経験しました。そこから対話していく中でこの映画のお話を頂き、合流させてもらって、という流れでした」

――奥山さんの作り出す世界観に惹かれていらしたのですか。

 池松「世界観とずば抜けた技術、作品の奥に見える人柄とセンス、すべてに魅力を感じていました。早く2作目が観たいと思っていましたし、もし何かコラボレーションできる機会があれば、同じ方向を向いて作品づくりができるのではないかと勝手に感じていました。ドキュメンタリーのときに、対話しながらでも即興でもとても良いセッションができる感触があって、これまで思っていたことが確信に変わりました。同時に奥山さんのカメラで切り取る能力にも、とても驚きました。奥山さんは自分でカメラも回されるので、俳優にとっては監督のフォーカスが自分たちに直接向いていることを感じられ、それは演じる側にとても大きな作用を生んでいると思います。それに目と耳が素晴らしくいいと感じます。視点や、見たものに対する反応、音に対する感度。画、被写体、光、音、環境に対してすべて丁寧に繊細に受け入れているように感じました」

――越山さんと中西さんにとって、監督にお会いした印象はどのようなものでしたか。

 越山「オーディションで初めてお会いしたときに、心の豊かな方だなという感じがしました。この監督はきっと優しいんだろうという印象を持ちましたね(笑)」

 奥山「僕もぴっとくるものがありました。スケートが上手いと書いてあるのに、実際に訊いたらちょっと恥ずかしそうに答えたのが、タクヤのイメージに近いなと思えました。あとで滑っているビデオを送ってもらったら結構上手いので、もっとアピールしてもいいのにと(笑)。その後何回かオーディションに来てもらったときも、お芝居にはまっすぐ取り組みながらも、受かろうとがつがつしていない感じがしてよかったです(笑)」

 越山(照れ笑い)

 中西「わたしはもともとスケートを習っていて、キャスト募集を知ったスケートの先生の勧めでオーディションを受けに行ったら、受かってしまいました」

 奥山「じつはその前に、この世代の子どもたちはアイスダンスをどんなふうに練習しているのかを取材するために、複数のスケート場に見に行っていたんです。それで何度か通っているうちに、お見かけしたことがあったんです」

 池松「そうだったんですか」

 奥山「だからオーディションにいらしたときに、見たことがある!というのが第一印象でした。スケートが上手なうえにアイスダンスも滑れて、さくらというキャラクターに近いものを持っていらっしゃったので、ぴったりだと思いました」

――池松さんだけ、この役のためにスケートを猛特訓されたそうですね。

 池松「半年間取り組みました。想定ではもっと上手くなれるつもりだったんですが、よほど向いてなかったか、本当に難しいのか、なかなか上達しなかったですね。もともと運動は得意なほうでしたし、これまで役のためにいろいろなことをやらせてもらってきましたが、時間さえかければ難しいと思うことはなかったんです。ある程度、映せる範囲でクリアしてこれました。でも、スケートは無理でした」

 中西「お上手でしたよ。滑ったことがないと聞いてびっくりしました。ちゃんと滑っているのに!と」

――越山さんと中西さんにとって、現場の池松さんというのはどのような存在でしたか。

 超山「とても安心できました。お芝居を引っ張ってくれるので、一緒にやっていると本当にやりやすかったです」

 中西「わたしもです。初めてのお芝居で、どうすればいいのかわからないなかで、ベテランの池松さんがいて下さって、本当に安心できました」

 池松「希亜良は初めての映画出演で、敬達は初主演。ふたりともまっさらな状態のなか、どれだけリラックスして映画を楽しんでもらえるか、物語にありのまま没頭できるか、僕の役割でもあったと思いますし、コーチ役として、ふたりを全力でサポートしたいなと思っていました」

 越山「この映画では台本を渡してもらえなくて、物語がわからないまま撮影がスタートしたんです。でもなぜ台本をもらえないのだろうと考えたときに、自然体がいいからではないかと、自分なりに辿り着きました。どれだけ自分の自然な形でタクヤを演じられるかというところに重点を置きましたし、初めての主演映画だったので、どれだけ撮影を楽しめるかということも意識しました」

 中西「わたしにとって初めての映画の撮影で、撮影がどういうものかもよくわからないまま始まってしまって、最初の方は本当に下手だったと思いますが、経験者のおふたりが助けてくれ、いろいろと教えてくれて、どんどん仲良くなることができました。優しいおふたりでよかったです(笑)」

 奥山「越山さんも中西さんもスケートは上手いですし、とくに中西さんはノービスの選手だったので、スケートシーンは引っ張ってもらおうと。お芝居のシーンは言うまでもなく、池松さんに引っ張ってもらいました。越山さんと中西さんに台本を渡さなかったのは、台本を読んでこちらの意図を理解してくださっている池松さんに、ふたりを導いていただきながら自由にお芝居してもらうのが大事なのではないかと思ったからです。池松さんであれば引っ張ってくれるという確信がありました」

――セリフに関しては即興もあったのですか。

 奥山「シーンに拠ります。セリフを覚えて言ってもらうことはなかったんですが、こういうシーンがあるよと事前に伝えておいて、逆算で、だからこのシーンはこうだと理解してやってもらっているシーンもあります。例をあげると、サクラが自分にとって嬉しくない光景を目撃してしまうというシーンでは、詳しくは説明しなかったんです。ぼーっと見ている方が、むしろ強い感情を観る人に感じ取ってもらえることがあるので。説明しすぎると子どもは特に、言われたことを是が非でも表現しなくてはと思ってしまうので。必要なことは伝えるけれど、説明しすぎないように気をつけて演出をしていました。一方、3人でだんだんアイスダンスが上手くなっていくところや、コーチがタクヤにアイスダンスを教えるところは、セリフは台本にもほとんど書いていなくて、自由にお芝居をしてもらいました」

――奥山監督はスケートシーンもご自身で滑りながらカメラを回されたそうで、ひたすら驚いてしまいますが、ことさらライブ感を求めてのことだったのでしょうか。

 奥山「スケートを撮るうえで、撮り方をいろいろと試したんです。橇に乗って引っ張ってもらうとか、長靴を履いて追いかけていくとか、リンクの中に入らないで外にレールを引いたりとか。でもどれも臨場感が足らなかった。他のシーンが基本的にフィックスのカメラなだけに、対比させるなら思い切り違う雰囲気にしたいと思ったときに、一番いいのは自分でスケート靴を履いて彼らにくっついていくということで。そうやって自由に撮っていくのが一番この映画に緩急がつくし、撮りやすかったのです」

――スケートのシーンはとくに照明も独特で、一層寓話的な雰囲気が醸し出されていましたね。わたしは勝手にハーモニー・コリンの「ジュリアン」(1999)のスケートのシーンを思い出してしまいました。

 奥山「その映画は観ていないのですが、いろいろな監督からそれぞれの側面で影響を受けていて、そういうものを組み合わせている感覚があります。たとえば『リトル・ダンサー』(2000)で、ビリー・エリオットが思わず踊ってしまうクリスマス・イヴのシーンには、照明にかなり影響を受けています。スケートリンクに差し込む光や、北海道の景色をどう切り取るかといったところで、ちょっと寓話っぽくしたいという思いがありました

 撮影に関して言うと、ロイ・アンダーソン監督が大好きで、ああいう映画の組み立て方がしたいと思っています。絵本をめくっているような、美術館を歩いているような映像の積み上げ方というか。あるいはジャック・タチとか。ああいうカットの積み重ねこそ映画だし、映画にしかできないと思います」

――最後に、カンヌに来て感慨を受けられたことをそれぞれ伺えますか。

 奥山「公式上映で、尊敬して背中を追いかけてきたさまざまな映画人の方々が観に来て下さったのは、本当に光栄でした。是枝監督や西川美和監督がいらして、ある視点部門審査員長のグザヴィエ・ドランやルーカス・ドン監督(クイアー・パルム審査員長)にも観て頂けたのはとても嬉しかったです。映画祭ランチにも参加させて頂きましたが、あらゆる映画人と話ができて、すごくいい思い出になりました。フランソワ・オゾン監督がいて、以前池松さんと日本で対談されたことを覚えていらしたうえに、『ぼくのお日さま』について『好評だね。知人にぜひ観ろと言われているよ』と言ってくれたこともぐっときました」

 池松「嬉しかったですね」

 越山「僕は感動しいなので公式上映が終わったときに泣いてしまったんですが(笑)、初めてのカンヌですごく温かい反応で、こんな素晴らしい場所でこの映画の伝えたいことが伝わったのは本当に嬉しいですし、まだ夢を見ている心地です」

 中西「わたしも初めての映画出演でカンヌのような素晴らしい映画祭に来ることができたのが嬉しくて、監督とスタッフの方への感謝の気持ちで一杯です。昨日も今日も、街を歩いているときに『すごく良かったよ』と話しかけてくれる人がたくさんいて、こんなに多くの方に観て頂いたんだと感激しました。ドビュッシーという劇場で、(映画に使用されているドビュッシーの)『月の光』が流れていることにも感動して言葉が出ないというか。終わってからあれほど多くの方が会場にいることに気づいて驚きましたし、延々と拍手が続いて、本当に夢みたいな体験でした」

 池松「僕も初めてのカンヌ参加で、あれだけの反応を頂けたことに驚きつつ、本当に幸せに思っています。この場所で、この映画にとって最高のスタートを切らせて頂いたと思います。奥山さんにとって商業デビュー作品でこのような経験を得られた、というのは素晴らしいことでしたし、僕自身もこの場所で映画についてまた様々な思いを巡らせ、たくさんの刺激を受け取っています」

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