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村上春樹原作初の長編アニメ映画「めくらやなぎと眠る女」監督インタビュー 制作プロセスは「目が覚めるような体験」

映画.com 2024年7月27日 9時0分

 村上春樹原作初の長編アニメ映画「めくらやなぎと眠る女」が公開された。アヌシー国際アニメーション映画祭2022で審査員特別賞、第1回新潟国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞し、日本語版は映画監督の深田晃司が演出、俳優の磯村勇斗、玄理らが声優を担当した。

 物語は、短編小説「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」の6作を翻案したもの。アニメーションという手法で新たな村上ワールドを作り上げた音楽家・アニメーション作家のピエール・フォルデス監督が来日し、作品を語った。

<あらすじ>
 2011年、東日本大震災から5日後の東京。テレビで震災の被害を伝えるニュースを見続けたキョウコは、夫・小村に置き手紙を残して姿を消す。妻の突然の失踪に呆然とする小村は、ひょんなことから中身の知れない小箱を、ある女性に届けるため北海道へ向かうことになる。同じ頃、小村の同僚・片桐が帰宅すると2本脚で立ってしゃべる巨大なカエルが待ち受けていた。「かえるくん」と名乗るその生き物は、次の地震から東京を救うために片桐のもとにやってきたという。大地震の余波は遠い記憶や夢に姿を変えながら、小村やキョウコ、片桐の心に忍び込んでいく――。

――まずは主に音楽家として活動されていたあなたが、日本を舞台にした村上春樹作品で、アニメーションを作ろうと思われた理由を教えてください。

 私は、村上春樹さんの作品が本当に好きなのです。アニメーション映画として考える以前、実際に何ができるかということは全くわかってない時点でも、これほど自分が強いインスピレーションを受けている作家なので、何か興味深いものが作れる、そういう予感がありました。

 長年彼の愛読者で、自分が映画を作る以前から、翻訳されているほぼ全作品を読んでいます。以前、作曲家として音楽を提供した映画監督に、「村上春樹というすごい作家がいるから、ぜひ映画化した方がいいよ」と勧めたこともあります。それは、村上さんが世界的な作家ではなかった「海辺のカフカ」以前の話です。その監督に村上さんの本を贈って「映画化した方がいい」と強く勧めたのですが、実現しなかったので、じゃあ、誰もやらないのだったら僕がやろう、そんな感じでこの企画が進んでいきました。

――村上作品を表現するにあたって、アニメーションが最適だと考えた理由を教えてください。

 ある表現が何かより適している、またある芸術分野が他の芸術により優れているとか、そういう考えは全くありません。たまたまそれまでに10本の映画に携り、アニメーション映画を作ったり、実写作品とごちゃ混ぜにしたような作品を作ったりするなかで、この作品の基となる短編アニメーションがいくつか出来上がり、その中で自然な選択としてアニメーションという手段を選んだに過ぎないのです。

 しかし、そうは言っても、村上春樹作品の、特に短編小説の中に現れるある種のイメージをどう表現するかと考えたとき、それは多分音楽ではなく、アニメーションという手段が適していると思いました。それは、マンガ風や子ども向けなどの誇張された表現ではなく、むしろ何か新しいアニメーションのスタイルを作り出すことで、村上さんが提案する新しい文学のスタイルとうまく結合し、私なりの理解としての村上春樹の世界というものを作り出せるのではないかと考えたのです。

 また、私は非常にデリケートで微妙な表現を好みます。ですから、アニメーションを用いれば、その微妙さを極端に推し進める表現として作り出すことができると思いました。

――「ライブ・アニメーション」と名づけ、俳優を用いた実写撮影をベースにアニメーションを制作されたそうですね。この映画では村上作品の不思議で生々しいリアリティが表現されています。現段階でフランス語版、英語版があり、そして日本語版も制作されました。

 公式にはフランス語のフランス映画で、新潟国際アニメーション映画祭や試写会でご覧いただいたのは英語版です。日本語版も作りました。まず、実写でカナダで英語で撮影して、音声も英語で録音し英語版を用い、その後フランス語版を作ったという順です。

 あくまで一般論ですが、いわゆるアングロサクソン系の俳優は、演技力に頼る部分が強いと思うんです。それに対して、フランスの俳優は、よりリアリストというか、現実ベースな演技になっていると思います。私自身のスタイルとしては、アメリカやイギリスの俳優たちの演技、いわゆるアクターズスタジオ出身のような表現が、登場人物を作り出すというプロセスにより適していると思い、カナダの俳優たちと撮影することを選びました。

――村上春樹さんの短編の登場人物たちが物語を横断します。作画もあなたが行ったそうですがキャラクターの人物設計について教えてください。

 登場人物自体は村上春樹さんが書いたものとして存在はしているので、この作品の中で、私は単にそれを抽出していったに過ぎません。ただ、複数の短編をミックスしているので、 何人かは、複数の作品に登場する人たちのハイブリッド混合体として作り出されてる部分があります。

 アニメーションとしての登場人物をまずイメージし、脚本を通して出来上がった登場人物を具体的な絵に落とし、想像を実際自分の手で描く線に変換しました。これは音楽において、イメージとしてあったものを音符にしていくのと同じことで、非常に興味深く楽しい創造的なプロセスでした。

 私にとってある種、目が覚めるような体験でした。村上春樹さんの想像した登場人物をリアルな映像として作り出していくのは非常に刺激的な体験でした。

――この作品の製作前に、何度か日本にはいらっしゃったこともあるのでしょうか?

 実際に日本に来たのはこの作品を作るということがもうほぼ決まってからなんです。ただ、以前から自分の想像上の日本というのは頭の中にありました。この映画の企画制作ももちろん東日本大震災の後でした。

――英語、フランス語版のカエルくんの声はご自身が担当されましたね。

 とても楽しかったです。自分でこの映画を作り始めたときに、この役は自分でやると決めたのですが、覚えなきゃいけないセリフが一番多く、しかも早口。若い頃は演劇もやっていましたので、これに近いテクニックを使いました。

――音楽や音の使い方も素晴らしいです。ご自身で音楽を作られるので、まずはある音楽からイメージされて、場面を作る、そういった場面もありましたか?

 音楽は自分だけで、サウンドデザインは別の人に頼みました。そして、一般的な作品と同じように、映像を作ってから音楽を付けました。

 実は最初は別のアイディアもあったのです。いわゆる、オーケストラ的サウンドデザインというか、最初に音楽を作って、そこから映像を……と考えたのですが、 あまりにも狂ったアイデアですし、これやると制作に1~2年余計にかかってしまうので諦め、普通にまず映画としてほぼ映像を完成させたところで、そこから2カ月ほどかけて音楽を作っていったのです。

 もちろん、オーケストラを使って音響デザインをまず作るのは不可能ではありません。順番が違うだけですから。非常にクリエイティブなアイデアですが、実際にやるとなると非常に細かい作業と時間がかかるでしょう。

――今作の日本公開で、日本とのかかわりがより深くなりましたね。

 確かに、日本との繋がりと縁を感じています。村上さんの作品に限らず、多くの日本の小説を読んできたので、その中で、日本文学には何か特別なものがあると感じていました。それが何なのかということを具体的に定義づけることはできないのですが。日本に何か惹かれるものがあって、私にとって特にそれは、日本の現代の小説に関して感じることが多いのです。また興味深い作家と巡り会えることを楽しみにしています。

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