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【「インサイド・ヘッド2」評論】ピクサーによる“行きて帰りし物語”の探究が、ポストコロナの時代精神に響き、映画史に残る特大ヒットに結実

映画.com 2024年8月4日 17時0分

 ピクサー・アニメーション・スタジオが2015年に製作した「インサイド・ヘッド」(世界興行収入8億5800万ドル)の続編として、今年の6月中旬以降に米国を含む主要国で順次封切られた「インサイド・ヘッド2」が、8月1日の日本公開を前にして既に大変なことになっている。「インクレディブル・ファミリー」(世界興収12億4300万ドル)を抜いてピクサー史上1位、「アナと雪の女王2」(同14億5300万ドル)を超えてアニメ映画歴代1位というニュースを見聞きした方も多かろう。その爆発的な特大ヒットの勢いはもはやアニメ映画の枠にとどまらない。7月28日時点での世界興収15億500万ドル(対前作比1.7倍)は実写映画も含む歴代映画ランキングで12位。日本での興収を仮に前作の1.7倍で見積もると68億6800万円(現在の為替レートで4400万ドル)、これに諸外国での上積みも加えると「アベンジャーズ」(15億2000万ドル)を抜いて歴代10位以内に食い込むのはほぼ確実だ。

 この歴史的大ヒットの土台になった前作「インサイド・ヘッド」を振り返ってみよう。「モンスターズ・インク」「カールじいさんの空飛ぶ家」などを手がけたピート・ドクター監督が、自身の娘の感情の変化にとまどった経験から着想して共同脚本も兼ねた同作では、人間の感情を複数のキャラクターで表現。具体的には、ミネソタの田舎町から両親とともに引っ越してきたサンフランシスコでの暮らしに馴染めない11歳の少女ライリーが体験する“外側のドラマ”と、彼女の脳内世界でヨロコビやカナシミをはじめとする5つの感情たちが繰り広げる騒動と冒険が、相互作用しながら平行して進む構成だった。

 ピクサー作品の伝統という点では、非人間の存在(オモチャや車、虫や魚など)の擬人化に加え、“行きて帰りし物語”のストーリー構造にも注目したい。ある事件によって司令部から広大な思い出保管所に放り出されてしまったヨロコビとカナシミは、感情の制御がきかなくなったライリーを救うため司令部に戻ろうと奮闘する。主人公が旅に出てさまざまな試練を乗り越え成長し帰還するという物語類型はヒーローズ・ジャーニーとも呼ばれ、世界中の多数の神話や冒険物語(映画では「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズが代表格)に共通するが、ピクサーも「トイ・ストーリー」シリーズを筆頭に繰り返し手がけ、時代を超えて人々を魅了する物語類型を探究してきたと言える。

 高校入学を控えて親友らとホッケーチームの先輩の間で揺れるライリーと内側の感情たちを描く「インサイド・ヘッド2」でも、この“行きて帰りし物語”が反復、拡充されている。ライリーの成長に伴い新たに登場した“大人の感情たち”、そのリーダー格であるシンパイによって、子供時代からのヨロコビら5つの感情たちは司令部から追放され、暗く閉ざされた秘密の保管庫に押し込められてしまう。前作でメガホンをとったドクターは製作に回り、新鋭ケルシー・マンが本作で長編監督デビューを果たした。

 思春期に感情が複雑になり混乱するのは誰しも身に覚えがあることだし、脳内で感情たちが協力し旅先で出会ったユニークな新キャラたちにも助けられながら司令部への帰還を目指す大筋は前作を踏襲していて安定感がある。CGアニメの表現の点でも、ライリーの毛髪の質感や柔らかな動き、ホッケーのプレー場面でのリアルさと躍動感、脳内世界での光と色の精緻なコントロールとバランスなど、技術の向上と洗練が確かに認められる。

 とはいえ、前作に比べて2倍近いヒットを納得させるほど作品自体が格段に優れているわけではない。9年前の第1作との大きな違いを生んだ要因は、映画そのものというより観る側、つまり世界の人々が2020年代のコロナ禍を経験し、心のありように変化が起きたことではないか。昨日まで当たり前のように享受していた日常が突然崩れ、先が見通せなくなる不安。ロックダウン下で社会から隔絶されたような孤独感と、行動が制限され交流も自粛を求められる閉塞感(窮屈なガラス瓶に押し込められ暗い保管庫に送られたヨロコビたちは、自宅から出られなくなった当時の私たちのメタファーだ)。他者との接触や交渉が激減したぶん、自身の心理状態に向き合い、見つめ直す機会が増えた。世界中で同時代的に起きた心の変化、大げさに言うならポストコロナの時代精神に、「インサイド・ヘッド2」で描かれる心の旅が共鳴し、超特大ヒットにつながったのだろうと推測する。

 アニメ映画の興行では特殊性のある日本で本作がどのように受け止められるのか、今後の成り行きに期待したい。また、この大成功を受けて間違いなくゴーサインが出るであろうシリーズ第3作で、さらに成長したライリーの転機として描かれるのは大学入学、就職、それとも恋愛・結婚だろうかと、今から楽しみでならない。

(高森郁哉)

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