ドキュメンタリー界の巨匠フレデリック・ワイズマン監督が、ミシュラン三つ星を55年間持ちつづけるフレンチレストランの裏側を映したドキュメンタリー「至福のレストラン 三つ星トロワグロ」が公開された。
「トロワグロ」は創業以来94年間続く、トロワグロ一家が経営するレストランで、親子3代にわたりミシュラン三つ星を55年間維持している。本作は、樹々と湖に囲まれたフランスの村ウーシュで自然と融合する新しいレストランを舞台に、オーナーシェフ3代目のミッシェルと4代目のセザール、その他スタッフたちの仕事ぶりに密着した。
メニューが生み出される瞬間、厨房での調理の模様から、従業員だけではなく、顧客たちの様子、農家をはじめとした生産者、環境問題などフランス社会の一部も垣間見ることができる。240分と長尺ではあるが、目に楽しく美しく、精神的に豊かな時間を受け取れる、三つ星級のぜいたくな鑑賞体験になるだろう。このほど、ワイズマン監督が映画.comのオンラインインタビューに応じた。
――トロワグロでランチを召し上がって感激されたのが本作製作のきっかけだそうですね。ワイズマン監督とフランス料理との出合いを教えてください。
どんなメニューだったかは忘れてしまいましたが、とにかくものすごく美味しかったことを覚えています。1956年から58年にかけて、私はフランスに留学していました。当時はお金がなかったので普段は学食で食事をしていましたが、ある日、友人の親が三つ星レストランのマキシムに連れて行ってくれたのです。非常に美味しかったですね。その後、何度かフランスに行くようになって、少しずつお金ができると、美味しいものを食べました。
それで、このような三つ星レストランも、社会を構成する1つの団体ではないかと考えるようになりました。これまでに、学校や病院、美術館などの団体、生活のシリーズを記録していますので、レストランも撮ってみたいと思ったのです。私はそういった団体を構成する場所について、自分なりの緩い定義を持って作品を作っています。レストランはその考えに合致したのです。
――アメリカ的な社会を題材に扱った作品が多いですが、フランスでも主に芸術に関する作品をいくつか作られています。ワイズマン監督にとってフランス文化、フランス社会で興味深いと思う点、アメリカと異なる点を教えてください。
もう、それについては1冊本を書けるくらいのことがあります。アメリカとフランスは社会の在り方、文化が全く異なります。似ているところもありますけれども、すべてが違っていると私は思います。
私がフランスの文化で関心があるのは、映画もある程度興味がありますが、とりわけ舞台やバレエです。パリだけでも250もの劇団があり、アメリカとは違って、フランスでは国が支援しています。バレエも同様で、おまけにフランスのバレエ団は世界中をツアーします。
映画館もたくさんあり、パリではどんなジャンルも見られます。シネマテークフランセーズだけでなく、一般の映画館でも様々な時代や国々の作品の回顧上映をやっています。また、本屋もたくさん残っていて、みんなよく本を読んでいる印象があります。
アメリカでも近年良いレストランが増えてきましたが、パリには昔から良いレストランが何百軒もあって、35~40ユーロぐらいでそこそこ美味しいものが食べられるのが素晴らしいですね。
――現オーナーシェフ、ミシェルさんをはじめ、トロワグロ一家の仕事への向き合い方や、思い出深いエピソードがありましたら教えてください。
彼らは数世代にわたり長い間三つ星を保っている珍しいファミリーです。しかし、ステレオタイプのクリシェとは違って、優しくよく働き、知的で、怒鳴り合ったりはしない人たちです。家族が仲良く、一緒に働き、愛し合っています。
――この映画から従業員の方々も、トロワグロ一家の理念に共感して働いていることがわかりました。しかし、忙しい厨房などをはじめ、カメラが入るにあたり何らかの撮影のルールを求められましたか?
なんでも好きなように撮って良いという許可をもらいました。厨房もダイニングもです。しかし、お客さんには許可を得る必要がありました。でも、皆さん快諾してくださって、何の問題もありませんでした。
――4時間という長さになりました。あなたの作品は長いものが多いですが、事前にこれくらいのボリュームになることは想定されているのですか。
撮影前から、どのくらいの長さにするかなどは全く計画しません。どれだけのものが撮れるかもわかりませんから。しかし、撮影を始めて1週間くらいがたってから、レストラン3つのうちの2つを訪れたり、市場に誘われて行ったり、生産者のところに行くうちに、これは長い作品になるだろうという予感はありました。
――全体のフランスでの滞在はどれくらいでしたか? また撮影中はトロワグロのオーベルジュ(宿泊施設)に滞在されたのでしょうか?
撮影は7週間です。さすがに、オーベルジュは宿泊料金が高く毎日泊まれませんので、トロワグロから車で3分間ぐらいの場所に滞在していました。でも、疲れた時など、撮影の途中でひと休みできる休憩用の部屋を用意してくれました。
――滞在中にトロワグロの料理を召し上る機会もあったのでしょうか。
はい。毎日、お昼と夜は彼らがご馳走してくれたんです。厨房に従業員専用のスペースがあり、そこで食べさせてもらいました。シェフが食べる賄いを毎日一緒に食べるんです。70回も食べたので、ギネスブックの記録になると思いますよ(笑)。
――それはスクリーンには映らない、とても貴重な体験ですね。
私の映画では毎回違った題材を扱うので、その度に異なる特権的な経験をしています。例えば「パリ・オペラ座のすべて」(09)を撮ったときには、毎日7~8時間のリハーサルを見られました。これはすごい体験だと思います。また、68年に「法と秩序」という警察についての映画を撮りました。その時には8週間パトカーにずっと乗るという特別な体験もしました。
――トロワグロのミシェルは日本との関わりも深く、シソなど日本由来の食材を使うシーンも本編で紹介されます。日本人としては嬉しいことですが、ワイズマン監督も日本食を召し上がることはありますか。
私は日本食も大好きです。これまで3回日本に行きましたが、その度に日本食を食べました。寿司が好きですね。パリでもよく日本料理店に行きます。
――話は変わりまして、今アメリカは政治的に重要な局面を迎えていますね。その状況をどのように受け止めていますか?
私はバイデン大統領を尊敬しますし、歳を取りすぎてるからという理由で立候補を止めたことも良かったと思っています。トランプではなく、カマラ・ハリスが勝ってくれることを願っています。
――多様なテーマを扱う監督の新作を見るたびに、新たな驚きと喜びを発見します。次回作として進行中の企画や今、ご興味がある題材を教えてください。
じつは今、少し健康状態が良くなくて、次の企画のことは考えられないのです。体も精神も状態が良く、安心に準備ができないと映画制作はできませんからね。体の状態が良くなったら考えられるようになると思います。
――お体を大事になさってください。また監督の新作を拝見できる日を楽しみにしています。
ありがとうございます。このようにまたインタビューを受けられるようになりたいと思っていますし、私の作品に興味を抱いてくださって感謝しています。