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名匠キム・ソンス、若かりし頃に直面した“恐怖”「銃声が聞こえた」 衝撃事件の映画化、経緯を明かす

映画.com 2024年8月24日 10時0分

 ファン・ジョンミンとチョン・ウソンが主演を務め、第60回百想芸術大賞で映画部門の大賞、作品賞、男性最優秀演技賞の3冠に輝いた「ソウルの春」(公開中)。同作は、韓国現代史を揺るがした“衝撃の事件”を映画化した作品だ。

 物語のベースとなっているのは「粛軍クーデター」「12.12軍事反乱」と呼ばれる韓国民主主義の存亡を揺るがした事件。映画では、一部フィクションを交えながら、“独裁者の座を狙う男”と“国を守ろうとした男”の攻防が描かれていく。

 監督を務めたのは「アシュラ」などで知られる名匠キム・ソンス。このほど製作秘話を明かしたオフィシャルインタビューが披露された。

【「ソウルの春」あらすじ】

1979年10月26日。独裁者とも言われた大韓民国大統領が自らの側近に暗殺され、民主化を期待する国民の声は日に日に高まっていく。しかし、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官(ファン・ジョンミン)は、陸軍内の秘密組織“ハナ会”の将校たちを率い、新たな独裁者として君臨すべく、クーデターを決行する。一方、首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)は、部下の中にハナ会のメンバーが潜む不利な状況下、信念に基づき“反逆者”チョン・ドゥグァンの暴走を食い止めるべく立ち上がる。

●映画化の経緯は? 19歳の頃に直面した“恐怖”「銃声が聞こえたんです」

――長年映画化されていなかった「12.12軍事反乱」とよばれる衝撃的な事件を映画化することになった経緯は?

 1979年当時私は高校3年生、漢南(ハンナム)洞に住んでおり、事件当日は甥っ子(兄の息子)の1歳の誕生日で、そのお祝いで「来客も多いので、家をあけるように」と母に言われていました。それで街に出て散歩をしていたら、装甲車を見かけたんです。好奇心旺盛な19歳だったので何があったのかと思い、それを追いかけていくと、やがて暗い町並みの中に軍用車が集まっているのが見えました。

 そして銃声が聞こえたんです。

 劇中イ・ソンミンさん演じる陸軍参謀総長が拉致される銃撃戦でした。まるで銃弾が自分に向かってくるような感覚に恐怖を感じ、私はじっと身を潜めていました。

 しかし、翌日の新聞ではそれほど詳細な記事が載っていませんでした。私が見たものは一体何だったのか?と不思議に感じました。軍部によって隠蔽されていた事件の詳細が明らかになったのはそれから十数年後です。私は事実を知って、驚き戸惑いました。そしてその夜の恐怖が蘇ると同時に怒りが湧き上がるのを感じました。その時に私が感じたものを伝えたい、それがこの作品に関わる動機になりました。

●一度オファーを断っていた シナリオを読んで「“戦慄”を覚えた」

――しかし一度はオファーを断ったとも聞きました。

 2019年秋、制作会社(ハイブメディアコープ)の代表から本作「ソウルの春」のシナリオを受け取ったとき、私は体中の血液が逆流するような戦慄を覚えました、しかし、このストーリーは反乱軍が勝利した記録でもありますので、もしかしたら彼らの勝利を美化してしまうことにもなりかねない、と悩み、そのようなプレッシャーがあり最初はお断りしました。

――実際の事件をもとに、一部フィクションを交えながら描いていく上で気を付けた点は?

 史実とフィクションのバランスは大いに悩みました、私自身、事実を伝えることが目標ではなく、この映画を通じて、その当時一体何があったのかを詳細に多くの方に知ってほしいという思いがありました。そして多くの方に知ってもらうためには、まずは映画を面白く観てもらう必要がある。それが監督の役割だと信じてこのプロジェクトに臨みました。

 事実を大きく曲げることなく、それをいかに成し遂げるか、つまり、事件現場を目撃しているかのような没入感と臨場感をもって観客を楽しませなければならない。一方、本作を見終わった観客がこの歴史的事件により深い関心を持つような鑑賞後感を持ち帰ってほしい。長年仕事をしているスタッフたちにも相談をしながら、自問自答を繰り返しました。

●ファン・ジョンミン&チョン・ウソンのキャスティング秘話

――チョン・ドゥグァン保安司令官を演じたファン・ジョンミン、イ・テシン首都警備司令官を演じたチョン・ウソン、2人とも監督の「アシュラ」でタッグを組んだ、まさに韓国を代表する俳優です。ふたりのキャスティングについて教えてください。

 今回のキャスティングについては、まずプロデューサーからチョン・ドゥグァン役をファン・ジョンミンさんにオファーしたいとの打診を受けました。もちろん素晴らしいアイデアだと思いましたし、同じ頃たまたまファン・ジョンミンさんが出演していた舞台「リチャード三世」を見まして、彼は稀代の悪人として描かれた主人公を本当に見事に演じきっていました。そこで「やはりあの役を演じられるのは彼しかいない!」と確信しました。

 チョン・ウソンさんについては、イ・テシンというキャラクターが脚色を施した部分が多い人物なんです。現代の観客が感情移入しやすいように、チョン・ドゥグァンと対照的な落ち着きと静かな情熱を感じさせる人物として描かれています。ですから普段から紳士的な落ち着きをたたえたチョン・ウソンさんにこの役を演じてもらおうというのは自然の流れだったように思います。

●韓国での“2023年第1位”の大ヒット 日本の観客へのメッセージも

――韓国では観客動員数が1300万人を超え2023年第一位の大ヒットとなりましたが、その反響についてはいかがですか。またこれから公開となる日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

 韓国での反響は、期待以上の興行成績を収めたことにとても驚くと同時に、なにかご褒美を頂いたような気持ちというのが率直な感想です。コロナ禍を経て色々難しい中で、若い観客にアピールするような題材とは言い難い本作がヒットしたことに驚いています。そして正直なところ若い世代の皆さんが、なぜ本作をこれほどまでに支持してくれたのかはわかりません。一つ言えるとすれば、世代を超えて「正義とはなにか」ということに多くの国民が関心を寄せているという事実はあるかもしれません。

また、今回日本の観客の皆さんが本作をどのように見てくださるのかとても気になります。韓国と日本はお互いの歴史を比較的よく知っているので、それほど遠くない1979年に起きた「12.12軍事反乱」という出来事をどのように受け止めていただけるのか非常に楽しみです。

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