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【「ソウルの春」評論】圧倒的な緊迫感に満ちたリアルな軍事クーデター事件現場へと誘われる

映画.com 2024年8月25日 13時30分

 韓国現代史の事件の中で、「10・26」(朴正熙大統領暗殺事件)や「5・18」(光州事件)については幾度か映画化されてきたが、韓国民主主義の存亡を揺るがした「12・12」の粛軍クーデター、軍事反乱をモチーフにしたものが映画化されたのは本作が初めてだという。実際の事件を基に、一部フィクションを交えながら、ノワールアクションの傑作「アシュラ」などのキム・ソンス監督が、ファン・ジョンミンとチョン・ウソンという実力派のスター俳優を再び主演に迎え、見る者の魂を揺さぶるエンターテインメント作品、荘厳な歴史大作に昇華させた。改めて韓国映画の製作力に脱帽する。

 1979年10月26日、独裁者とも言われた大韓民国大統領が側近に暗殺される。国中に衝撃が走るとともに、民主化を期待する国民の声が高まってゆくなか、ファン・ジョンミンが演じる独裁者の座を狙う男=反乱軍と、チョン・ウソンが演じる国を守ろうとする男=鎮圧軍の国家の命運を懸けた9時間に及ぶ攻防を描いたのが「ソウルの春」。イ・ビョンホン主演で、「10・26」の裏側を映画化した実録サスペンス「KCIA 南山の部長たち」を制作した会社が企画した。この9時間について多くの資料が残っているが、実際の反乱軍の内部の謀議や、鎮圧軍の具体的な動きについては正確な記録が見つかっていない。そこでキム・ソンス監督ら製作チームは、9時間の“隙間”を緻密に再構築し、圧倒的な緊迫感に満ちたリアルな事件現場へと観客を誘う。

 独裁者の座を狙う男チョン・ドゥグァンを、特殊メイクを3~4時間かけて施した薄毛姿に変貌して演じたファン・ジョンミンの迫力は圧巻だ。この男へ激しい怒りを抱くと同時に、人間としての欲望むきだしの暴走っぷりに引き込まれてしまう。対するチョン・ウソンは、無欲で軍人としての使命感にあふれる信念を貫く男イ・テシンを好演し、観客の共感を呼ぶ。「アシュラ」でも共演をしたこの2人が新たなケミストリーを発揮。ドゥグァンの「人間というものは強い者に導かれたいと願っている」「失敗すれば反逆者、成功すれば革命だ」という信念と言い分、彼が率いる陸軍内の秘密組織“ハナ会”のメンバーが部下の中に潜む圧倒的に不利な状況の中で、テシンが最後まで一人立ち向かっていく姿に心が震える。

 さらに、キム・ソンス監督が過去のどの作品にも増してキャスティングに力を注ぎ、「登場シーンは短くても、観客にきちんと役柄を認識してもらうためには、俳優の知名度はもちろん、顔に陰影と個性のある俳優を揃える必要があった」と述べているだけに、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュンなど主役級の演技派俳優を結集させ、チョン・ヘインやイ・ジニョクら若手俳優も特別出演。臨場感溢れる演技で説得力を与えてる。

「ソウルの春」とは、大統領暗殺に端を発し、国民の民主化ムードが隆盛した政治的過渡期を、チェコスロバキアの「プラハの春」になぞらえて呼称したもの。あの夜の戦いで、何が起きていたのか。韓国民でなくても、本事件をリアルタイムで知る世代だけでなく、事件を知らない若い世代も学び、体験できる映画的な迫力に満ちた作品となっている。

(和田隆)

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