1980年代のイギリスを舞台に、当時「ビデオ・ナスティ」と呼ばれた、低俗・暴力的との烙印を押された作品に対する検閲を題材に描いた心理ホラー「映画検閲」(9月6日公開)。
検閲のために過激な映像を見続けていた主人公が、次第に現実と妄想の境を見失っていくさまを描き、サンダンス映画祭やシッチェス・カタロニア国際映画祭など各国の映画祭で上映されて注目を集めた。本作が初の長編監督作となるプラノ・ベイリー=ボンドに、映画.comがオンラインインタビューを実施した。
<あらすじ>
ビデオ・ナスティに対する論争が巻き起こっていた1980年代のイギリス。映画検閲官のイーニッドは、それが正しいことだと信じ、暴力的な映画の過激なシーンを容赦なくカットする毎日を送っている。その揺るぎない姿勢で周囲から「リトル・ミス・パーフェクト」と呼ばれている彼女だったが、ある時、とあるベテラン監督の旧作ホラー映画に登場するヒロインが、幼いころに行方不明になり、法的には死亡が認められた妹ニーナに似ていることに気が付き……。
――長編初監督作で、ホラージャンルを選ばれた理由を教えてください。
自分が意図せずとも多分ホラー作でデビューすることになっていただろう、という予感がありました。映像を作り始めたのが10代後半から20代くらいで、抑圧されて影にいる自分、あるいは仮の自分、そういった自分が認めたくない側面を持つキャラクターを掘り下げることが元々好きでしたから。
そういったキャラクターを描こうとすると、内に秘めていた恥や負の見たくない自分の感情も、現実世界にモンスターとして具現化してしまう。そうして意図せずホラー的な物語になりました。もともとホラージャンルは好きでしたし、この作品は伝統的なアプローチではありませんが、一種のホラー映画になったのはやはり運命的でしたね。
――この作品のタイトルでもある「映画検閲」というテーマ、そして検閲官である主人公の設定について教えてください。
ハマー・ホラー(英国のハマー・フィルム・プロダクション制作のホラー作品)全盛期の記事を読んだことがあり、そこで取り上げられていたのが、ホラー、SFX、それと検閲官の話です。
当時の検閲では、女性の胸に血がついたシーンは絶対カットというルールがありました。その理由が、それを見た男性がレイプに及ぶ危険が高いからというもの。私はそれを読んで驚きましたが、おそらく当時の検閲官は男性が多かったわけです。でも、ほんのそれだけのシーンで、自制心を失うことがある――それはどういうことなんだろう、と考え、実はこの物語の最初の主人公は男性に設定していました。
男性検閲官があまりにもそのシーンが危険だと信じており、そして影響を受けてしまう。また、自分の奥底に、自分は悪い人間だという思い込みがあり、そういう映像を見たことで目覚めてしまうようなキャラクターと物語を想定していました。
そして、あの当時「ビデオ・ナスティ」と呼ばれる、暴力的なVHSリリース映画のムーブメントとその取り締まりには、女性に対する性的暴力が絡んでいたんです。でも、性的暴力の悪だけを扱うと、物語として描ける幅が狭くなってしまう。そうではなく、人間誰もが持っていて、自分の奥底にいる悪、そういうものについて描きたいと考え、主人公を女性に変更したのです。
「ビデオ・ナスティ」の作品そのものはすごく面白かったんです。自分が描こうとしているキャラクターで掘り下げようとしていることと、当時の英国ホラー映画の周囲で起きていたことは呼応してるように感じました。当時は、これらの作品がきっかけで、次の世代の新たなサイコパスや殺人鬼を生むのではと考えられ、検閲が行われていたわけですから。
それまでは映画館でなければ、そういった映像にはアクセスできませんでした。その後、ビデオで見られるようになり、家でも子供でも誰でも、そして何回もリピートとして見られることが、私たちの人間の脳にどのような影響、あるいは社会的にどんな影響を与えるのかが問われました。そのホラーにまつわる社会性が、この映画で描く舞台としてぴったりだと思ったのです。
――80年代にした理由と、VHSビデオやレンタルビデオショップをはじめとした、レトロな表現が現代では新鮮に感じます。プロダクションデザインなどへの工夫もお聞かせください。
車や家具など全部を再現するにはお金も手間もかかってしまうので、実は、プロデューサー陣とは現代ものにしようかという話も出ていましたが、今の英国での検閲の状況はやはり当時とは姿勢が違うので、物語が成立しないのです。私自身が1980年代育ちで、そういう作品に育てられましたし、また、80年代というと、例えばファッションだったら肩パッドの入った原色の派手な洋服に大きなイヤリング、そんなイメージを持つ方もいらっしゃるでしょうが――私の記憶にある80年代の、割と茶色っぽく荒涼としたグレーな感じ、そんな英国郊外を舞台にしたかったのです。
そして、それとは対照的に映像の世界はカラフルで、場合によってはおぞましいようなものが目を引きました。遊びがないような場所に住んでいる若者たちが、レンタルビデオショップでそういった作品のカバーを見ると、その世界観が豊かで楽しそうに見え、そこに行ってみたい、そう思わせるようなデザインだったのです。灰色の抑圧された世界、もう1つはカラフルな虚構の世界、最終的にその二つの世界の間に主人公が入り込んでしまう、そういう意図をもって作り上げました。
その二つの世界はいきなり転換するのではなく、少しずつ変わるように意識し、その世界を繋げているのが彼女の心のありようです。それを色彩、衣装、光の使い方などを含めて表現しました。例えば血塗られた教会のシーンの後、彼女は夢を見ます。その夢で使われた色は、実は彼女の仕事場に時折現れる、そんな仕掛けもあります。
そして、当時こういった映画を作っていた監督の作品を見て研究し、また、ポール・グラハムやマーティン・パーなど、当時の英国を切り取っていた写真家の作品を参考に、美術や衣装担当、カメラマンとアイデアを持ち寄って、その世界観をどう再現するかを考えました。
当初思ったよりお金がかかってしまいましたが、クリエイティブで乗り越えられたと思います。オフィスは倉庫にセットを組みました。そして英国の北方リーズやブラッドフォードのあたりでは、70年代から手付かずの家が残っており、内装もそのまま使えるような場所を見つけることができました。
――あなたが若い時代に衝撃を受けたホラー作品や監督を教えてください。
ホラー映画の監督とは言えないと思いますが、まずはデビッド・リンチです。1番好きなのは「ブルーベルベット」で、自分にとって映画史上最も怖いキャラクターは、フランク・ブースです。そして、ギャスパー・ノエ。現代の映画作家として境界線をぶっちぎるような面白い仕事をしている監督だと思います。
今回「ビデオ・ナスティ」を描くにあたって、ダリオ・アルジェントとルチオ・フルチからのインスピレーションも受けています。2人ともワイルドな映画作りをしていたし、ビジュアルもリッチ。カラフルでいろんなものが詰まっている“デリシャス”な画作りです。メアリー・ハロン監督の「アメリカン・サイコ」にも影響を与えられました。
あとは、メロドラマになりますが、ダグラス・サーク監督ですね。それから、「呪われたジェシカ」(1971)というジョン・D・ハンコック監督の映画がとても好きです。女性主人公の周りで起きていることが現実か、自分がおかしくなっているのかわからない……そういう物語です。この映画は、おそらく直接的に「映画検閲」に影響を与えていますし、私が書いているもの全てに影響を与えている一作です。
「映画検閲」は、9月6日から新宿シネマカリテほか全国公開。