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音に注目。劇場で(鑑賞ではなく)体験すべき衝撃映画 オーディオ専門誌編集者が見た「シビル・ウォー アメリカ最後の日」

映画.com 2024年9月7日 10時0分

 A24史上最高の製作費となる5000万ドルを投じ、2週連続全米1位を獲得、世界興収で1億2253万ドルを突破する大ヒットを記録したアレックス・ガーランド監督最新作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が10月4日公開される。

 内戦の勃発により戦場と化した近未来を舞台に、最前線を取材するジャーナリストたちの使命を圧倒的没入感で描き、11月に大統領選を控えるアメリカではそのメッセージ性の強さに大きな反響を集めた本作は、そんな緊張感あふれる“もしも”の有事を、優れた映像、音響効果で生々しく伝える作品だ。

 その「サウンドデザインの巧みさに舌を巻いた」と、オーディオ/AV/ホームシアターの媒体制作に携わるベテラン編集者が、本作の魅力を専門的かつ多角的に語った。

※本記事には映画のネタバレとなる記述があります。

▼「音が凄い」だけの映画ではない

 「音が凄い」映画とは何か。

 そもそも映画の音は、専門的に言えばD/M/Sという3要素で成立している。Dとは「ダイヤローグ(Dialogue)」の意味で簡単にいえば声。Mは「ミュージック(Music)」、音楽のこと。Sは「サウンド・エフェクト(Sound Effect)」を指し、効果音と日本語では表現されている。

 そうした3要素に着目してみると、一般的に「音が凄い」と評されている映画では、効果音の迫力が際立っている作品が多い。

 たとえば、「スター・ウォーズ」で巨大宇宙船が頭上を通過したり、ライトセーバーでの剣戟シーン。たとえば。「ジュラシック・パーク」の恐竜の咆哮や所狭しと跋扈する足音。たとえば、「プライベート・ライアン」での銃撃シーン。これらはすべて効果音による音響が極めて印象的な役割を果たし「音の凄い映画」となった一例である。

 「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は「音が凄い」ことが最も印象に残ったが、ただ単にそれだけの映画ではない。内容の衝撃度、ストーリーの組み立て、キャラクターの内面を抉るような美しくも厳しいショット、ソニーの最新シネマカメラを使った超高解像度でノイズレスのカラフルな映像も凄い。だが際立って印象に残ったのはやはり「音の凄さ」であった。

 本作は日本の配給会社のロゴに続き、「A24」というロゴが映し出され、オーディオ用語でいう「ホワイトノイズ」が劇場のスピーカーの一つ一つから時計回りで3回ぐるりと流されたあと本編の幕が開く。これは、この映画が「音を強く意識して作っています」という表明であろう。

 その宣言に続くのが、ニック・オファーマン演じる大統領が、ある声明の読み上げる練習をしている冒頭シーンである。少し詳細に紹介してみよう。

 語りかけるように話すべきか、アジるように声を張り上げるべきか、画面にあふれる光のフレアーとともに、太い声が劇場に響く。兵隊が市民を攻撃するカット(実際の映像のようだ)をところどころ挟み、次第に大統領の記者会見をテレビに写し出しているホテルの一室に切り替わる。

 そこに本作の主役、キルステン・ダンスト扮する戦場カメラマン、リー・スミスが画面右から、70-400mmズームレンズ付きソニーα7デジタルカメラを片手に現れ、テレビ画面の大統領の姿をファイダー越しに見てシャッターを切る……。

 主役の目的が「大統領の姿を写真に収める」にあることを具体的に示し、映画冒頭時点では空間的に大きく離れた場所に両者がいることも同時に表現している。

 この場面では、明確なメロディを持ったBGMは流れない。通奏低音のような低くくぐもった音とそれよりもさらに小さなレベルの不協和音の弦楽を模したシンセサイザーがかすかに確かに響くだけである。するとガラス窓に奥で爆発の光が輝き、わずかに遅れて爆発音が鳴る。その爆発音をきっかけに音楽のリズムが生まれ、Silver Applesの「Lovefingers」冒頭のドラムへとリズムが受け継がれる。映像は夜から昼間に変化し、何かの市役所のような建物が煙が立ちのぼり、ニューヨークの街並みを俯瞰で捉えていく。そこに「CIVIL WAR」というタイトルが、タイプライターで使われる書体で描かれる。

 時間にてして約3分。そして本シーン直後に本作の「音の凄さ」が明確とするシークエンスが描かれる。筆者は「この映画はただの映画じゃありませんよ。過酷なシーンは過酷なまま描き出しますよ」という宣言と受け取ったが、そこでの緻密かつ緩急の効いたサウンドデザインの巧みさに舌を巻いた。実に見事な導入である。

▼強烈な音と無音のコントラスト効果を徹底的に追求

 本作はタイトルの通り、「アメリカ国内での内戦」がテーマだから、極度なリアルさを追求した戦闘場面があり、その音響は猛烈な迫力を伴なう。その衝撃度合いでいえば、戦争映画の音響を変えた革命作品「プライベート・ライアン」レベルである。と書くと、四六時中激しい銃声/爆発音が鳴り響く映画だと思われるかもしれないが、そうではない。そもそも交戦シーンが本作ではいくつかのポイントだけに数回配置される構造であり、過酷な戦場場面が延々と続くような映画ではない。

 その数回しかない戦闘シーンでは、鋭く抉るような銃声や爆発音が轟いた刹那に、効果的に「無音」場面が挿入され、強烈な音とのコントラスト効果を徹底的に追求され、緩急自在に観客の心を揺さぶる。この「コントラスト効果」と「緩急自在ぶり」が音の鋭さをより際立たせるという仕掛けだといってよい。

▼優れた映写と音響の映画館で心に刻む傑作である

 「素晴らしい映画」とか「いい映画を観た」のような感想を抱く映画は、個人的には月に1本、つまり年間十数本はある。だが本作のような感情を大きく揺さぶる「凄い映画」は、そうは存在せず、せいぜい年数本しかない。そんな凄さの原動力が、内容の衝撃度であり、鮮明かつ豊富な色の映像美、そして音響の強烈さである。ということで、本作の魅力を味わい尽くすにには、できるだけ4Kプロジェクターと優れた音響を兼ね備えた映画館(具体的にいえば、IMAXスクリーンやドルビーシネマ、TOHOシネマズの轟音シアター、ミッドランドスクエア シネマの粋システムなど)に足を運び、「体験」していただきたい。

 しばらくすれば本作も、他のすべての作品と同じように、スマホやタブレット、PCの画面や家庭用テレビで観られることになるはずだ。だがそうした端末では、本作でアレックス・ガーランド監督が描こうとしたキャラクターたちの過酷な体験が、あくまで他人事にしか感じられないだろう(そう、ウクライナやガザでの出来事と同様に)。

 本原稿は猛暑が続く8月中旬に執筆した。2024年を約3分の1残しているが、筆者にとって、衝撃度の点でいえば、本作は間違いなく2024年のナンバーワンとなるはずだ。くどいようだが、本作は、劇場で(鑑賞ではなく)体験すべき映画である。甘口で心地良い映画ではなく、心が沸き立つようなエンターテインメント映画ではないが、2024年に生きる今、戦争が決して「他人事」でないことを心に刻む傑作である。(ツジキヨシ)

 映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は、10月4日から全国公開。

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