第81回ベネチア国際映画祭が現地時間の9月7日に閉幕し、下馬評通り人気の高かったペドロ・アルモドバルの「The Room Next Door」が金獅子賞に輝いた。アルモドバルは、三大映画祭で最高賞を獲るのはこれが初めてとなった。
本作は彼が初めて英語の長編映画に挑んだもので、ジュリアン・ムーアとティルダ・スウィントンの共演により尊厳死を描く。審査員長のイザベル・ユペールは、ふたりの女優の素晴らしさを讃えながら、「こうしたテーマにも拘らず、映画は決してセンチメンタルにもメロドラマにもなっていない。アルモドバルの才能は、テーマと距離を取り、冷静に見つめていること」と評価した。
感激した様子のアルモドバルは記者会見のコメントで、「これは世界がいま危険な方向、死に向かいつつあるなかで、自身も死に向かっている女性の物語。だがこんな世紀末的な状況のなかでも、人を幸福にしたり、安心を与えたりすることはできる。本作はそんなポジティブさを讃えている」と語った。
監督賞は、こちらも人気の高かった「The Brutalist」のブラディ・コーベットにわたった。本作はユダヤ系ハンガリー人の建築家、ラズロ・トスが戦後アメリカに渡ってからの半生を描く。70ミリで撮影され、途中インターバルを挟み215分という尺の野心作。コーベットは「他の多くの作品のなかで審査員がこの長尺の作品を評価してくれて嬉しい。映画にはパワーがある。これからも自身で境界をもうけることなしに、大胆に何か新しいものを作っていきたい」と力強く宣言した。
一方、男優賞、女優賞の結果は、ベテランにわたったという意味でサプライズだった。男優賞に輝いたのは、フランスの重鎮バンサン・ランドン。「The Quiet Son」で息子が右翼に走るのを憂う父親に扮し、その人間味あふれる演技が評価された。女優賞はSMチックな不倫映画「Babygirl」に主演したニコール・キッドマンに。奇しくもキッドマンの母親が亡くなり、残念ながら授賞式への出席は叶わなかった。ユペールはキッドマンの大胆さに言及し、「とくにこの役が、社会的には強い部分と私的には脆い部分の両方が混ざっているところが個人的に素晴らしいと思う。それを幅広い演技力で体現した」と強調した。
審査員大賞と審査員賞はともに若手女性監督の手にわたった。前者は第2次世界大戦中のイタリア・アルプスの村を舞台に、美しい映像が印象的なマウラ・デルペロの「Vermiglio」。後者はジョージアを舞台に、堕胎を秘密裏に引き受ける看護婦を描いたデア・クルムベガシュビリの「April」。リアリティとシュールで不可解な描写の融合が特徴的だ。
さらに人気度ではアルモドバルやコーベットにも引けを取らなかったウォルター・サレスの「I’m Still Here」が脚本賞を受賞。70年代、ブラジルで実際に起きた軍事政権による議員の拷問死を描いたものだが、この監督らしく政治性と家族のドラマが融合し、エモーショナルに観る者に語りかけてくる。
また今回のベネチアでは栄誉金獅子賞が、シガニー・ウィーバー、ピーター・ウィアー、クロード・ルルーシュに授与された。
今年のセレクションはスター・バリューの強い映画が目立った。受賞作品以外にも、マリア・カラスをアンジェリーナ・ジョリーが演じた「Maria」、ダニエル・クレイグがウィリアム・バロウズ原作のホモセクシュアル(クイア)に扮した「Queer」、そしてホアキン・フェニックスとレディー・ガガの「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」などがあった。たんにスター映画というより、彼(彼女)らがリスクを冒して大胆な役柄に挑み、それが魅力を放っているものが目立った。
ベネチアは年々、アカデミー賞に至る賞レースのキックスタート的なポジションになっているため、これらの作品が今後どのように絡んでくるか、楽しみだ。(佐藤久理子)