2023年8月7日に死去したウィリアム・フリードキンの、半世紀以上にわたるフィルモグラフィの中で最も毀誉褒貶に晒された問題作「クルージング」(1980)の、43年ぶりとなる日本再公開が11月8日に決定。場面写真と日本版新ポスタービジュアルが披露された。
「フレンチ・コネクション」(1971)でアカデミー賞・作品賞と監督賞ほか5部門を受賞。続く「エクソシスト」(1973)の世界的大ヒットでオカルト・ブームを巻き起こした巨匠フリードキン。長きにわたり失敗作と見なされていた「恐怖の報酬」(1977)は、ここ10年で評価が逆転し、今や傑作と讃えられている。「クルージング」は、それから3年、主演に当時のトップ・スター、アル・パチーノを迎えた野心作にして80年代アメリカ映画史上屈指の問題作と言われている。また、後の「羊たちの沈黙」や「セブン」などに先駆けた、80年代サイコ・サスペンスの重要作であり、SMゲイ・カルチャーの洗礼を受けて揺らぐ男の性的アイデンティティと精神の闇に迫った、今なお先鋭的な野心作だ。
ニューヨークで、ゲイ男性ばかりが狙われる連続殺人事件が発生。密命を受けた市警のバーンズ(アル・パチーノ)は、同性愛者を装い、“ストレート”立入禁止のSMクラブへの潜入捜査を開始する。毎夜、男たちの性の深淵を彷徨い、身も心も擦り減らすバーンズは、遂に犯人の手がかりをつかむが……。
1973年から79年にかけ、ニューヨークで実際に発生した猟奇連続殺人事件が基となっている。ゲイの男たちが惨殺され、バラバラにされた死体の一部はビニール袋につめられ、ハドソン川に投げ捨てられていた。被害者たちの多くは、男同士が毎夜ハードなセックスを求めて集うSMクラブに出入りしていた。興味を抱いたフリードキンをさらに驚かせたのが、逮捕された事件の容疑者が、「エクソシスト」の病院での検査場面に出演していた放射線科の看護師だったことだった───。その容疑者への刑務所での面会体験、元NY市警の友人に取材したゲイ・コミュニティ潜入捜査談、そして自ら足を運んで目撃した、想像を絶するSMクラブ内の狂態を脚本に盛り込み、フリードキンは、NYアンダーグラウンドのゲイ・カルチャーを背景にした、かつてないクライム・サスペンスを完成させた。
結果的にハリウッド映画史上初めて男同士のSMセックスを正面から描いたこの作品は、同性愛差別を助長するとして製作発表時から公開後まで、全米各地で猛烈な抗議活動を受けた。大変な話題作となったものの、批評と興行は振るわず、今世紀に入るまで長らく語る者も稀だった。だが近年、「パルプ・フィクション」のクエンティン・タランティーノ、「ドライヴ」のニコラス・ウィンディング・レフン、「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマら名監督たちが本作をフェイバリットに挙げているだけでなく、各国のクィア映画祭では、HIVウイルスが世界に蔓延する前のゲイ・カルチャーを記録した貴重な作品として再上映/再評価される機会が増えている。
11月8日からシネマート新宿ほか全国順次公開。