第79回ベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝き、第92回アカデミー賞で主演男優賞を受賞した「ジョーカー」の続編「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」がついに完成した。孤独だが心優しかった男が、歪んだ社会の狭間で“悪のカリスマ”に変貌していくドラマは、ここ日本でも大きな衝撃と旋風を巻き起こし、興収50億円を突破する社会現象となった。
前作から2年後が舞台となった本作では、理不尽な社会への反逆者にして、民衆の代弁者として祭り上げられたアーサー・フレック/ジョーカーが、リーと名乗る謎めいた女性と出会い、その狂気をさらに伝播・拡散させていく。加速する暴走が招く新たなショー=事件とは?
公開を前に、前作から続投するトッド・フィリップス監督、再びジョーカーを演じる主演のホアキン・フェニックスへのオンライン取材が実現した。本作が始動した経緯や、初めて続編映画に出演することを決めたフェニックスの胸中、リーを演じるレディー・ガガについてなど、貴重なエピソードとともに舞台裏を語ってくれた。(取材・文/内田涼)
●続編誕生の背景「明らかにコロナ禍の影響が大きかった」
――まずは、「ジョーカー」の新たな物語である「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」が、具体的にいつ頃、どのように始動したのかを教えてください。
トッド・フィリップス監督:前作を撮影している間から、「続編を作るなら、どんな作品になるのか?」と可能性を議論はしていたんだ。ただ、具体的な話をすると、明らかにコロナ禍の影響が大きかった。ロックダウンの間、僕は親友であり共同脚本家のスコット・シルバー(「ジョーカー」)と一緒に、これからの映画界のこと、そして「ジョーカー」続編についても長い時間をかけて語り合っていた。そこからアイデアが生まれたんだ。もしも、ロックダウンがなければ、アイデアが膨らむことはなかったかもしれない。
――「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」を始動させる上で、最も高かったハードは何ですか?
ホアキン・フェニックス:僕かな?
フィリップス監督:そう、ホアキンが一番のハードルだった(笑)。まあ、それは君らしいジョークだと思うけど、実際のハードルといえば、やはり「前作とはまったく違うが、同じ世界の中で作られている。そんな風に感じられる続編はどうすれば作れるのか?」ということだった。同じことを繰り返すだけの続編に、ホアキンが何の興味もないことはわかっていたからね。
――ホアキン、あなたが続編映画に出演するのは初めてのことですね。何があなたを「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」出演に突き動かしたのでしょう?
フェニックス:ひと言で説明するのは難しいが、同じビジョンや好奇心、失敗を恐れず、喜んでリスクを冒す姿勢を共有し、新しいことにチャレンジする優れた人材が集結したことが一番大きかった。具体的には、音楽監修のジョージ・ドレイコリアス(「ジョーカー」「バービー」)や、サウンド・エンジニアのジェイソン・ルーダー(「アリー スター誕生」)といった音楽のプロフェッショナルたちだ。
果たして、誰が「ジョーカー」を題材に、ミュージカル映画を作ろうとするだろうか? だからこそ、僕はすごく興奮したんだ。危険性を感じない作品は、続編に限らず意味がない。希望を胸に、お互いに創造的なディスカッションを重ね、探求する価値のある“何か”を発見することに大いに期待をするんだ。
●「アーサーとジョーカーの欲望は違う」(ホアキン・フェニックス)
――ホアキンに脚本を手渡したのは、どんなタイミングだったんですか?
フィリップス監督:具体的な日付は記憶にないんだ。それに私たちが書き上げた脚本を、ただ単純にホアキンに手渡したわけじゃない。まずは(作品の)アイデアや方向性を伝えて、意見交換をした。ホアキンほどの名優であれば、たくさんの提案をしてくれるからね。脚本を手直ししたのは少なくとも12回、いやそれ以上かな。何より、前作同様に、ホアキンをいかに“不安にさせるか”が重要だった。不安や恐怖こそが、彼を夢中にさせるからね。
――ホアキンに質問です。5年前のオンライン取材で、あなたは「ジョーカーの秘めたる渇望を表現するため、かなり減量した」と答えてくれました。では、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」においては、彼の内面を支配する感情とは、一体何だと思いますか?
フェニックス:うーん、彼が何かを渇望する神秘主義者であることに間違いはないんだ。けれど、それが複雑で、つまり「アーサーは何を望んでいるのか? ジョーカーは何を望んでいるのか? 果たして、それは同じことなのか?」ということだ。僕自身は、アーサーとジョーカーの欲望は違うものだと思っている。アーサーvs.ジョーカーなんだよ。それこそが、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」が探求しているテーマのひとつだと言えるんだ。
――撮影現場に姿を現したホアキン、それがアーサーだったのか、ジョーカーだったのかわかりませんが、監督の目から、その存在はどのように映りましたか? ホアキンのことですから、初日から役になりきっていたと思うのですが。
フィリップス監督:そうだね。まず、言いたいのは、前作があれほどの成功を収めた理由は、ホアキンがアーサーとジョーカーに人間味を与えてくれたからなんだ。それに今回も、ホアキンは撮影初日から、まったく的を外すことはなかった。あの日は、アーサーとして再会したけど、なんて言うかーー、懐かしさや馴染み深さを感じつつ、いい意味で、前作とはまったく違っていた。私にとっても、スタッフにとっても、それは非常にエキサイティングな瞬間だった。ホアキンも存分に楽しんでいたんじゃないかな。
フェニックス:ありがとう。残念ながら、僕は(スケジュールの都合で)ここで席を外さなければいけないんだ。次回のインタビューでは、直接会えることを祈っているよ。トッドもありがとう。
●レディー・ガガがもたらした化学反応とは?
――本作の大きなトピックと言えば、やはり、レディー・ガガの出演です。そもそも、彼女が演じるリーという女性は何者なのでしょうか?
フィリップス監督:まず言えるのは、彼女はジョーカーに恋をした女性なんだ。彼女は、(前作で)ジョーカーがロバート・デ・ニーロ演じるマレー・フランクリンを撃ち殺し、ゴッサムの象徴となる一部始終をテレビで見たんだ。そして、恋に落ちたーー。言っている意味がわかるかな? つまり、彼女はアーサーのことは何も知らないんだ。また、皆さんにとってお馴染みのハーレイ・クインとの関連性は、ほとんどない。コミックから要素は取り入れているかもしれないが、それを私たちの世界のレンズを通して再構築しているんだ。
そして、アーサーにとっては、彼女との出会いが、愛を見つけ、つながりを確立することを意味している。これこそ人生における最大の変化であり、それがその後の物語すべてに伝染し、影響を与えていくことになるんだ。
――あなたは、レディー・ガガが出演した「アリー スター誕生」のプロデュースも手掛けていましたが、彼女の女優としての魅力は何だと思いますか?
フィリップス監督:彼女は自分自身の感情や不安、弱みをさらけ出すことを恐れない。たとえ、それが自分を傷つけることだとしても。あくまで持論ですが、その理由は、彼女がシンガーソングライターだからではないでしょうか。本当に見事な表現者だと思います。
――そんな彼女は「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」に、どんな化学反応をもたらしたのでしょうか?
フィリップス監督:それを言葉にするのは難しいですね。俳優同士、キャラクター同士の“相性”はあるかもしれませんが、ホアキンとガガ、どちらも生々しい緊張感を放っていますから、相性という言葉で言い表すのは適切ではないかもしれない。ただ、リーのジョーカーに対する愛が、ある種の激しさを生み出しているのは確か。映画を見てもらえば、わかると思うよ。
●新たな「ジョーカー」が世界に投げかける衝撃
――前作は「タクシードライバー」「キング・オブ・コメディ(1983)」(ともにマーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演)からの影響が感じ取れましたが、今回、何かインスピレーションを受けた過去の作品はありますか?
フィリップス監督:たくさんの映画を見ましたし、特に往年のミュージカル映画については、かなり研究をしました。ただ、具体的にこれとこれといった具合に、タイトルを挙げるのは難しいですね。どちらかと言えば、それらの作品が持つ雰囲気やトーンを参考にしているので、映画をご覧になっても、元ネタを探すのは難しいかもしれないな。
――前作「ジョーカー」は世界中で大旋風を巻き起こしました。その理由のひとつは、観客が、ヴィランであるはずのアーサー・フレック/ジョーカーに“共感”したからだと思います。
フィリップス監督:観客の反応は、正しいものだと思います。私自身も確かに、アーサーに共感しました。彼が崩壊したシステムの産物であり、幼少期に愛情が欠如すると何が起こるのかも理解することができた。アーサーに同情しない人もいるかもしれませんが、それはジョーカーというキャラクターに対する嫌悪のせいでしょう。
――前作の公開から5年の歳月が経ち、コロナ禍や紛争など、世界はさらに混迷していると思います。そんななかで、「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」はどんな衝撃を私たちに投げかけるのでしょうか?
フィリップス監督:正直、前作がもたらしたインパクトというものを、当時の私たちは予想できませんでした。それに、これから公開される映画について「こんな衝撃を与えるだろう」と予測することは好みません。なぜなら、私たちは、観客に映画館に足を運んでもらい、作品を楽しんでもらいたいから。そして、アーサーのことを愛してもらえればうれしいですね。
「ジョーカー フォリ・ア・ドゥ」は、10月11日全国公開。