ドラマ「ブラッシュアップライフ」の演出で高く評価された水野格が、監督とオリジナル脚本を担当したミステリー「あの人が消えた」。単純なストーリー展開ではないのが本作の特徴で、ストーリーを一読すると今流行りの事故物件系ホラーなのか、はたまた社会派なのか分からない。じつは前半からいきなりネタバレ厳禁の構成となっており、観た人だけが共有できるタイプの伏線だらけな一作となっている。本作で主人公の配達員・丸子を演じた高橋文哉、そして丸子の先輩配達員・荒川を演じた田中圭に、本作の話を聞いた。(取材・文/よしひろまさみち、写真/間庭裕基)
――今時珍しい、原作ものではないオリジナルの物語。しかも、監督ご自身があたためた企画です。出演を決めたきっかけはなんだったんでしょう?
高橋 最初にお話をいただいたときに読んだ脚本が本当に面白く、とにかくワクワクする気持ちでお引き受けさせていただきました。
田中 僕はたまたまプロデューサーからこういう企画があるということをうかがい、作品が動くという段になったときに、文哉くんが主演に決まった、というのを知りました。ますます作品に興味が湧いたんです。
――オリジナルの脚本だと役作りをいちからやる楽しさがありますよね。お二人とも演じられた役は一面的ではない、いろんな顔を見せないといけない役柄ですし。
高橋 原作があると、原作は役を読み解くヒントになる、という感覚なのですが、本作は脚本に書いてあることが答えでしたから、特別なことをしている感じはなかったんですよね。オリジナルの作品だからこそ自分で作り出す幅がすごく大きくて、現場でも楽しむことができました。
田中 原作のある作品で演じる機会は多いのですが、こうしてオリジナルが最近少しずつ増えてきているのはうれしいです。どちらにも良さがありますから。ただ、原作ものであまりにもファンの多い作品になると怖気づきますよね……。
――え? 田中さんほどの経験あっても?
田中 いやいや、ありますよ!原作ファンの期待を裏切ることはできないですし、原作の見た目に近づかないといけないということもあるので、お芝居の本質とはまた違ったところに力が入ります。
高橋 わかります。気にし過ぎなのかもしれないですが、やはり原作ファンの方の反応は意識してしまいます。
――その点、この作品の自由度は高いですね。
田中 本当に。オリジナル作品のうまみです。
高橋 僕が演じた丸子は、冒頭ではコロナ禍で仕事を失って配達員を始めたけれど、その立ち位置がどんどん変わっていく、という役なのですが、脚本を読んでいてすごく素直な子だなという印象を持ったんです。こういう人、というタイプではないので、物語の進行で揺れ動く感情をそのままに表現すればいいと思って、物理的な役作りはほぼゼロ。監督と相談しながら、等身大の丸子に寄せていくという作業でした。
――田中さんに相談したりとか?
田中 それはなかったよね。
高橋 2人で会話するようなシーンの動きやタイミングは話し合いましたが、役作りの相談はしなかったですね。
田中 そうそう。僕も荒川のキャラづくりは監督に相談したり、現場の雰囲気を見ながら作っていきました。荒川は丸子の先輩だけど、どういう立ち位置で彼が丸子のそばにいるのか、ということは迷いました。出だしの荒川は、脚本を読んだだけだとコメディっぽさがあるのですが、現場に行ってみたら全然違っていて(笑)。
――最初はたしかに笑いをとるシーンでしたよね。現場の印象が違ってた?
田中 そうなんです。脚本を読み込んで、「コメディかな」という印象で現場入りしたのですが、そんな雰囲気はどこにもありませんでした。ミステリー主体で、コミカルなところがあったとしてもシュールな感じだったので。僕が考えていた荒川像とのギャップに最初は驚きました。もともと振り幅の大きな役だから、脚本通りでもいいし、工夫してもいいので……監督に相談をしました。
――ああ……それ以上はネタバレしそうなので(笑)。困ったことに、この作品のお話って冒頭15分くらいのところまでしかうかがえないんですよね……。
田中 はい。じつは脚本を読んだ時点でも「かなり盛りだくさんだな」と思っていたし、展開も楽しんでいたのですが、話せるところが少ないんです。
高橋 とにかく観ていただかないとですね!
――そんな盛りだくさんで展開もくるくる方向が変わる物語ですが、芝居での工夫は?
田中 共演の皆さんとのバランスや、現場でのケミストリーに影響される作品だということは想像していましたし、楽しみでもありました。現場に入ってみたら、個性的な方々が勢揃いということもあって、想像以上にその場の温度感を楽しめました。
高橋 僕は初日からすごく悩んでいたのですが、監督にそれを指摘されまして。配達員の仕事をしてるときと荒川先輩と一緒にいるとき、一人でいるとき、などそれぞれ違うので、見せる顔がたくさんあるんですよね。それぞれどういうテンションにするか、監督と相談していました。
田中 僕も監督の演出が具体的なのでそこに頼ったところもあります。監督すごく面白い方なので、ずっと観察していました(笑)。
――観察の結果、どういう人でした?
田中 期待感溢れる素晴らしい演出家です。
――今、かなり伏し目がちに言いましたね(笑)。
田中 いやいや! 悪い意味ではなくて!(笑) なかなかいないタイプですし、数年後どうなっているのだろう、と興味が湧く人でした。
――期待という意味では、お二人は久しぶりの共演だったから、成長と変化をお互い感じられたのでは?
田中 文哉くんが主演だったことが出演を決めたきっかけの一つだったので、彼のことは現場入りして真っ先に見ていました。良い緊張感がありました。
高橋 田中さん、撮影の後半で入られたので、出来上がってる現場の雰囲気に驚かれたんでしょうか。
田中 最初はコメディだと思って現場入りしたので、予想外の緊張感のある雰囲気に驚きました。その中で、文哉くんは真面目な性格を全開にしてがんばっているので、少し声をかけにくかったんです。それで意を決して「この雰囲気でずっと進んでいるの?」と聞いたんですよ。
高橋 そうです、と答えたのですが、田中さん「マジ?」って(笑)。
田中 それで一気にこの現場は大変だ、と認識しました。文哉くんはすごかったです。主演としての華を持ちながら、彼らしさを保っているのがすぐわかりました。4年前よりもずっとお芝居が好きになっていることを感じられて嬉しかったです。
高橋 ありがとうございます。田中さんがクランクインしたときが一番ホッとしましたし、全く気負いなくできるようになりました。荒川とのシーンは、あぁ、圭さんがいてくださるからもう大丈夫、という安心感しかなかったです。信頼する大先輩です。