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【インタビュー】伊藤英明&新木優子が体現した、夫が妻を“作り変え続ける”歪んだ関係 否応なく訪れる“変化”をどう受け止める?

映画.com 2024年9月30日 19時0分

 「女性は上書き保存、男性は名前を付けて保存」というのは、過去の恋愛に対する男女のスタンスの違いについて語られる言葉だが、映画「不都合な記憶」に登場するのは、そんな定説の斜め上を行くサイコパスな男である。

 宇宙空間に浮かぶ高級レジデンスで、ナオキとマユミは誰もがうらやむような幸せな暮らしを送っているが、実は、ナオキは自分のことを一番に愛してくれていた頃の理想のマユミの姿を追い求め、彼女をアンドロイドにして何度も作り変えていた――。

 “名前を付けて保存”どころか、良い思い出だけを抽出して理想のアンドロイドとして作り変えるという歪んだ愛情の持ち主である夫・ナオキを演じた伊藤英明と、元は生身の人間であったが、ナオキの狂気によってアンドロイドとして何度も作り変えられることになる妻・マユミに扮した新木優子が、タイで行われた大規模な撮影の日々や作品に込められたメッセージについて語り合った。(取材・文・撮影/黒豆直樹)

――最初に脚本を読まれての印象と、どのようにそれぞれの役柄や関係性をつくり上げていったのかを教えてください。

伊藤:まず宇宙が舞台ということに圧倒されました。これを日本映画としてやるのか!と驚きましたが、読み進めていく内に、SFではあるんですが、人間誰しもが持っている憎しみや嫉妬心、執着心――その執着心によって愛する者を傷つけてしまうという物語で、しかも傷つけた相手をまた作り直すという……(笑)。ちょっと違和感のある恐怖を最初に抱きました。

これはやっぱり感情の部分をすごく大切にしなければいけない作品だなと思いましたし、実際に撮影が始まっても、石川(慶)監督と新木さんと3人での話し合いとリハーサルの時間を大切にして、ふたりの関係性とか、登場人物たちの持っている感情の部分をリアルに表現できるように、やりとりを積み重ねていきました。

新木:最初にお話をいただいた時は、いままでにない規模の作品だなと思いましたし、宇宙空間というのが、映画とかでしか見てこなかったものなので、最初は本当にあまりにも現実味がなくて、想像力が働かなかったですね。

ただ、英明さんもおっしゃっていたように撮影でタイに行って、まず1週間くらいの準備期間で現地の環境に慣れたり、宇宙空間の無重力を実際に体験して「こういう動きになります」というアクションをやってみたり、アンドロイドの特殊メイクの調整を経て、少しずつ自分の中で現実味を帯びていった感じがありました。また石川監督を交えての3人のディスカッションは本当に毎日、毎晩ずっとやらせていただき、ひとつのシーンだけでも「こうじゃないか?」「ああじゃないか?」という対話、ディスカッションの積み重ねが本当にすごく大きかったですね。

伊藤:本読みもたくさんやったけど、すごく良い時間だったよね。

新木:私自身、こんなにも深くディスカッションを重ねられる経験は初めてでした。大切なその時間を経て、ようやくこの物語の世界観を深く理解して作品に挑むことができたし、宇宙空間を舞台にしたSFではあるんですが、人間味のあふれた、すごく地に足のついた登場人物たちによる物語で、インする前と後でかなり印象が変わった作品だったなと思います。

――石川監督を交えてのディスカッションは、具体的にはどのようなことを話し合われたのでしょうか?

伊藤:ナオキが何度もマユミを作り変えるという描写が出てきますが、全体の時間軸をまず監督が僕らに共有してくださいました。監督がやりたいもの、撮りたい画というものがあって、それを役者は演技で表現し、スタッフさんが映像に反映させていくということで、そこで意識のすり合わせ、共有ができていないと成り立たなかったので、その時間をしっかりととりました。

新木:マユミに関しては、バージョンによって「この情報はもう知っているよね」「この情報は欠落しているよね」というのがありますし、その時、ナオキは何を考えているのか? もしこういう感情であれば、こんな行動はとらないんじゃないか? といったことを細かく話し合っていって、台本もどんどんブラッシュアップされていってすごく面白かったです。

伊藤:監督が「リアルに」ということを本当に大事にされる方で、それができていなければ、何度でも撮り直しましたし、ちょっとした感情の流れや表現を重視されるんですよね。

――細かいことですが、例えばアンドロイドのマユミは肉体的には年をとらないんですよね?

伊藤:あくまでも自分を人間と思っているので、記憶の中では年をとるんだけど、肉体的な衰えはないですね。

新木:逆にナオキは徐々に年齢を重ねていくので、変化するんですよね。

――映画の中では、そういった細かいことが説明されるわけではないんですが、監督、キャスト、スタッフ陣の間で、そうした設定も含めてディティールまで共有されているわけですね。

伊藤:あるシーンで、マユミをシャットダウンして閉じ込めるというやりとりがあって、そこでマユミがものすごい力で扉をこじ開けるんです。普通に考えたら、ナオキはそれに一瞬驚く芝居があってもいいんじゃないかなと思ったんですが、ナオキはマユミがアンドロイドであり、それだけのパワーを持っていることを知っているので、そこで説明的な芝居はいらないんですね。新木さんのお芝居を感じて演じていないんじゃないかって思われるかもしれないですが、そうではなく(苦笑)。そういう細かい微妙なラインのお芝居は、すごく難しかったですね。

――映画の中で、過去の“生身”のふたりのやりとりも描かれますが、ふたりが激しくケンカをするシーンは、アドリブがかなり入っているそうですね?

伊藤:あのシーンは撮影全体でいうと中盤ごろで、お互いに役を理解した上で、あのシーンあたりから、どんどんふたりの意識がずれていくというところで、監督からは事前に「ここは(台本上の)セリフはないですが、お互いに感情をぶつけ合うリアルなシーンにしたい」という話がありまして、長回しで撮ったんですよね。

新木:台本上でもト書きで簡単に「ケンカする」くらいにしか書かれていなくて(苦笑)。ふたりが住んでいる家はハウススタジオでの撮影で、たしか2パターンあって、2階と1階でそれぞれ撮りましたよね?

伊藤:そうそう、本編ではどっちが使われているんだっけ?

新木:どっちも使われていました。その後、仲直りのシーンも撮ったんですけど……。

伊藤:違和感を持ちながらの仲直りでね(笑)。あのシーンを経たことで、ふたりの距離がすごく近づいた感覚があって、役柄の関係性としては距離が離れていくんだけど(笑)、あそこからマユミとナオキの関係性がより明確になりましたね。

新木:化学反応というか、撮影が終わった後に「この画を撮れたのはすごく意味があった」ということを言ってくださって、あそこからこの作品の新しい世界が監督の中でも広がったのかなと。すごく濃密でしたよね。

伊藤:マスターで一度撮って、ピックアップで同じことをやったんですが、新木さんが感情をすごく大事にして演じてくれて、同じところで泣いていましたよね。やりながら俺もちょっと怖くなってきて……。

新木:私が覚えているのは、カットがかかった後で、英明さんが「役だからね」って(笑)。

伊藤:新木さんの反応があまりにもいいから(笑)。やっぱり、あのシーンがあったからお互いに役に厚みが出たなと思います。

新木:あとちょうどタイでの生活の中間地点で、日本を離れている寂しさや、 不安や緊張など、溜まっているものを一気にワーッと感情にのせて、役を通して爆発させられたところはあったかもしれません。

伊藤:不思議なんですけど、ああいう時に「こうやろう」とか「こういうことを言わなきゃ」って考えると、止まっちゃうものなんですよね、流れが。でも、ああやってお互いに役としてどんどん感情や言葉が出てきたのは、やっぱり最初のディスカッションの時間を積み重ねた結果なのかなと思いますね。それも含めて、すごく新しい手法でできたかなと思います。

――ナオキが持っている過去の理想に対する執着心、相手に対して「変わらないでほしい」という気持ちは、多くの人がどこかで持っている感情なのではないかと思います。おふたりは否応なく訪れる“変化”というものを どういうスタンスで受け止めていますか?

伊藤:慣れ親しんだものからの変化って、やっぱり怖いじゃないですか。厄介なことに、年齢を重ねるごとに、怖くなってくるし、この物語のナオキもそれが怖くて、良かった頃に執着してしまうわけで、人間の誰しもが持っているものだと思います。

ただ、我々の職業って、やっぱり変化がないと成り立たないところがあるんですよね。「はじめまして」で、いきなり恋人になったり、殺し合う仲になったりするわけで(笑)、変化に適応していかなきゃいけない。

今回、Prime Videoというプラットフォームで配信されて、いきなり世界中の人に見てもらえるわけですが、こういうツールだってごく最近、登場したものですからね。だから、エンタテインメントに携わっている人間は、みんなそうですけど、変化を自分のものにして生きていかなければいけないところがあると思います。

それがワクワクなのか? 不安なのか? 自分でもわからない部分もあって怖くもなりますが、それでも変化って良いものだと思うんですけど……どうですか(笑)?

新木:良いことだと思いますし、いままでもちゃんと変化を受け入れた時に、違う景色が見えてきたというのがあるし、怖いけど受け入れていかないと自分が進化していかないなと思っています。

もちろん自分を守ることにつながるのであれば、変化を望まなくてもいいと思うし、タイミングや自分のその時の心境、状況で、どうしても受け入れられない時は、受け入れないでいいと思います。

実際、自分の状態をよく理解できていない時に変化を受け入れちゃうと、それはすごく大変なことになってしまうので、私もあまり大冒険はしないように気をつけていますが(苦笑)、しっかりと自分の状態を把握できているのであれば、変化も受け入れられるのかなと思います。

 映画「不都合な記憶」は、Prime Videoで世界独占配信中。

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