北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
2023年における中国映画市場の夏休み(7月1日~8月31日)の累計興収は206億元(約4200億円)――この数字は、夏休みの興収記録を大幅に更新する結果となりました。各ジャンルの中国映画が軒並み大ヒットとなり、コロナ以降の映画業界に対して、誰もが楽観視していたんです。
ところが、2024年の夏休み興収は、約4割減の116億元(約2366億円)。コロナ期間中の2020~2022年を除けば、2014年以来最も寂しい数字となっています。なぜここまで急激に低迷したのか。今回は、その理由を探っていきます。
実は、23年度・夏休みの大盛況以降、中国映画市場は少し疲れ始めていました。23年・国慶節の大型連休期間もそうでしたが、例えば、今年の旧正月は日本映画「百円の恋」のリメイク作品「YOLO 百元の恋」が30億元級の興収となっていましたが、全体を見てみると低調気味。しかも、それ以降の中国映画市場は、ずっと不振が続いています。
10月1日までの年間興収は、昨年の同時期と比べると、既に約23%減となっており、いつもは大盛況の映画祭でも、チケットの全体売り上げが落ちています。不振の理由は、中国国内でも色々な分析がなされていました。少々悪化している中国国内の景気の影響、コロナの影響でエンタメ新作が少ないなどが挙げられていましたが……個人的には、中国映画市場はピークを過ぎ、過渡期に入っているのではないかと考えています。
このコラムでは、定期的に中国映画市場について書いていますが、過去の数字を見ると、やはり2010年代が「映画館に行きたい&映画を見たい」という人々の気持ちは強かったと言えるでしょう。当時、中国の若者にとっての映画は“最も楽しめるエンターテインメント”であり、コストもさほどかからなかったのです。
しかし、時間が経つと、関心の度合いが少しずつ薄くなっていると感じていました。ちょうどその頃に、コロナに入り、世界中どこの映画市場も大きく影響を受け、さらには配信プラットフォームの登場によって、観客の“映画に対する気持ち”がガラッと大きく変わりました。長らく劇場に行けなかったこと、2022年の厳しいゼロコロナ政策が長期間で続いていましたから、2023年度の中国映画市場の好調ぶりは、ある意味の“反動”と言えます。上半期から夏休みまでは、全盛期を超える勢いを感じていました。ですが、その“衝動”は短期間のものであり、長くは続かなかったのです。
このような問題が浮上することは、決して悪いことではありません。これからの中国映画市場をどのように改善すればいいのか――色々と考えることだらけです。ここから、今年の夏休みにおけるエピソードをいくつか紹介させていただきます。
今年の夏休みの興収トップに君臨したのは、シェン・トンとマー・リーの“国民的コメディアンコンビ”が主演するコメディ「抓娃娃(じゅあわわ) 後継者養成計画」。中国で誰でも知っているシェン・トンとマー・リーは相変わらず抜群の安定感で、多くの観客を笑わせていました。33.2億元(約678.9億円)の興収は、2人の主演映画のなかでは歴代最高の数字となり、今年の中国映画年間興収ランキングでも暫定3位です。改めて、良質なコメディ映画は、中国映画市場では最もウェルカムとなるジャンルとなっているといえます。ちなみに「抓娃娃(じゅあわわ) 後継者養成計画」のほか、「怪盗グルーのミニオン超変身」「Escape From The 21st Century」なども健闘し、いわゆる「コメディ映画」だけで50億元以上の興収を稼ぎ出しています。
一方、中国映画市場で根強い人気を誇る「サスペンス映画」は、去年の夏休みに「妻消えて」「ノー・モア・ベット 孤注」(2作ともNetflix配信中)がともに30億元超となった事態と比べると、やや寂しい結果。それでも、マレーシア人監督Sam Quahが、自作を中国を舞台にセルフリメイクした「默殺」が賛否両論を巻き起こしながら、10億元以上の興収を記録しています。
そして、今年の夏休みに最も話題となった作品は、おそらく「エイリアン ロムルス」でしょう。上半期の中国映画市場は、昨年と同じく、ハリウッド作品の低迷が顕著でした。「ゴジラ×コング 新たなる帝国」を除き、「デューン 砂の惑星 PART2」「猿の惑星 キングダム」「シビル・ウォー アメリカ最後の日」「マッドマックス フュリオサ」などが上映されていますが、どれも話題にならず。ですが、夏休みに入ってから、洋画に対する注目度が少し上がりました。
アニメ映画歴代興収1位に輝いた「インサイド・ヘッド2」をはじめ、「怪盗グルーのミニオン超変身」も好調。さらに「デッドプール&ウルヴァリン」もマーベル作品としては、久しぶりに中国でヒットとなりました。
そして、8月中旬に「エイリアン ロムルス」が公開されたのですが、初日から爆発的人気だったんです。そもそも「エイリアン ロムルス」は、当初中国公開ができるのかと不安視されていました。上映が実現したとしても、カットされるだろうと思われていたのですが、まさかのノーカットで“全米と同時公開”。「このようなR指定の映画が、中国の劇場で見られるなんで信じられない。そして最高」と興奮した観客たちが、続々とSNSに感想を投稿していきました。
「エイリアン ロムルス」は、現在も公開中ですが、興収はすでに7.83億元(約160億円)を記録。北米を超え、中国が「エイリアン ロムルス」にとっての“最大のマーケット”となっています。この“中国大ヒット”は、作品自体のクオリティの高さと、いままでになかった体験と深く関わっているでしょう。R指定作品は上映が制限されるため、中国では避けられがちでしたが、今後の政策によっては、映画市場の可能性が大きく左右されていくかもしれません。