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【世界の映画館めぐり】モロッコ、ベルトルッチやジャームッシュらを惹きつけたマジカルな港町タンジェ

映画.com 2024年10月17日 21時0分

 映画.comスタッフが訪れた日本&世界各地の映画館や上映施設を紹介する「世界の映画館めぐり」。今回はモロッコの港町、タンジェの二つの映画館をご紹介します。

■1999年のモロッコの映画館事情

 まずは、いきなりの自分語りを失礼します。筆者が初めてモロッコを訪れたのは、1999年の夏。まだ日常生活にインターネットは浸透しておらず、もちろんスマホもなかった時代「地球の歩き方」のみの情報で、親友とともに安宿を渡り歩く大学生らしいバックパッカー旅でした。その時に訪れたエッサウィラという大西洋岸の街の、古い映画館に気まぐれで入ってみたのが、私の外国の映画館初体験です。

 わくわくしながら入った館内は、やや埃っぽく、見渡すところなぜか男性客ばかり、その日は日本でもヒットしたハリウッド映画「アルマゲドン」が上映されていました。当時はまだフィルム上映だったのでしょう、鮮明とは言えない映像が逆に新鮮でした。そして、なんと、恋人たちの抱擁やキスシーン(ぼかしが入っていたような…)になると、客席からの口笛が鳴り響き、立ち上がってスタンディングオベーションのような大盛り上がり。男だらけの「ニュー・シネマ・パラダイス」状態に驚きました(今で言うところの応援上映のはしりとも言えますね笑)。

 当時のモロッコは、宗教上の理由もあり、結婚前の男女が恋人同士として公の場に一緒にいることが今ほど一般的ではない社会だったからだと思いますが、日本の映画館とは異なる鑑賞スタイルが忘れられず、このモロッコの映画館をきっかけに、世界各地を旅するたびに、その土地の映画館に入るのが私の旅の楽しみの一つとなりました。そして、現在こうやって映画館情報をお伝えできることが感慨深いです。

■映画の魔法にかけられるような港町、タンジェ

 その後、2004年にもモロッコを旅し、今回は20年ぶり3度目の訪問となりました。あのエッサウィラの映画館を再訪したいと思っていましたが、これがインターネットの良くも悪くもあるところ、現地に行かずともその映画館はすでに閉館していると検索で確認できてしまいました。そんな時代の変化に一抹の寂しさも感じながら、では、どこを巡ろうか……と考え、今回は、いくつもの映画の舞台になっているジブラルタル海峡に面した港町、タンジェを訪れました。

 50代以上の映画ファンや、シネフィルの方々は、タンジェといえばベルナルド・ベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」(1991)がまず思い浮かぶのではないでしょうか。公開当時筆者は小学生で、モロッコ初訪問時には見ておらず、30代になってからレンタルDVDで初めて鑑賞、今回の渡航前に久々に再鑑賞しました。結婚生活に行き詰まったニューヨーカーの夫婦がタンジェから北アフリカ各地を旅する物語で、砂漠など過酷な自然や美しく広大な土地の映像とともに、文明とは?愛とは?生とは?死とは?と、人間という存在に対して根源的な問いを投げかける大人の映画です。

 2000年代に劇場公開された映画では、マット・デイモン主演「ボーン・アルティメイタム」(2007)、ジム・ジャームッシュ監督「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013)、サム・メンデス監督「007 スペクター」(2015)などがあり、クリストファー・ノーラン監督「インセプション」(2010)も、ケニアの設定でしたが一部タンジェでロケが行われたようです。クラシックですと、最近リバイバル上映されたダニエル・シュミット監督の「ヘカテ」(1983)もタンジェで撮影されていました。きっとこれらの作品以外にも、多くの映画の舞台になっていることでしょう。

 書籍では、映画史家でもある四方田犬彦氏の紀行エッセイ「モロッコ流謫」が素晴らしく面白く、タンジェに住んでいた「シェルタリング・スカイ」の原作者であり、小説家、音楽家のポール・ボウルズをはじめ、ベルトルッチやジャームッシュ、なんと三島由紀夫の弟さんらも登場し、多くの芸術家たちを惹きつけるモロッコの魔法のような魅力が、四方田氏の実体験を通して歴史、文化、政治など様々な切り口から語られます。映画、文学、絵画、音楽、そして旅と人間を愛する方に、ぜひ手にとってほしい一冊です。

■満月の夜、タンジェに到着

 筆者は9月18日の深夜、パリのオルリー空港からからタンジェのイブン・バットゥータ国際空港に到着しました。イブン・バットゥータは、タンジェ生まれのイスラム教徒の冒険家の名で、1300年代に、30年間をかけ北アフリカからなんと中国まで旅し「諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物」という著書を残しているのだそう。飛行機もない遥か昔に実在した旅の大先輩が、どんな行程でどんな旅をしたのか興味が沸きますし、空港にそんな偉人の名を冠する街が、世界中の旅人を惹きつけるのもわかります。

 入国審査を無事終え、タクシーに乗って滞在予定のタンジェの旧市街に到着しました。いつでも初めて訪れる土地には心躍るものですが、なんとこの夜は偶然にも満月。映画「シェルタリング・スカイ」のラスト近くで、タンジェのカフェの常連客役として出演している原作者のポール・ボウルズが、人生の行き先を見失った主人公のキットにこう語るシーンを思い出します。

 「人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。だが、物事は数回起こるか起こらないか。自分の人生を左右したと思えるほど、大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に思い浮かべるだろうか? せいぜい4、5回思い出すくらいだ。あと何回満月を眺めるか? せいぜい20回だろう。人は無限の機会があると思い込んでいる――」

 そして、この映画の音楽を手掛けた坂本龍一さんによる、もの悲しくも美しいテーマ曲が同時に脳内で再生されます。映画館目当てで訪れたこの街で満月を見られたことは、一生忘れられない思い出になるだろうな――そんなことを考えながら歩いた、ひと気の少ない真夜中の旧市街は「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」の吸血鬼カップルが歩いていた景色そのもの。自分が映画の中にいるような神秘的なシチュエーションにめまいがしそうなタンジェ初日、「あなたが今日最後のお客ですよ」と、日付が変わる頃まで筆者の到着を待っていてくれた、小さな古いホテルの老館主の声がなぜか心地よく、深い眠りにつきました。

■映画にも登場する古い劇場「Cine Alcázar」

 そして翌日、メディナやカスバと呼ばれる、城塞に囲まれ、小道が迷路のように入り組むアラブ文化独特の旧市街を散策します。日中は各種小売商店もオープンし、夜の静けさとは打って変わってとてもにぎやか。白壁に色鮮やかなペイントが施された美しい住宅にも目を奪われます。スマホ地図検索なしで、心の赴くままに街を歩いていたら「シェルタリング・スカイ」でも「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」でも印象的に映し出される古い映画館、Cine Alcázarに到着しました。

 Cine Alcázarは1913年に劇場として開業、その後1917年から映画上映が始まったという歴史ある映画館です。現在はTanjaflamというモロッコの文化活動を支援する団体が運営しており、きれいにリノベーションされた館内にはモロッコを舞台とした古い映画ポスターやかつて使われていた映写機、フィルム缶などが展示されています。今はDCP上映対応で、地元の学生たちを対象としたシネクラブも開催されているそうです。

 Cine Alcázarのラインナップは、ハリウッド映画をはじめ各国の新作をメインに、新旧の話題作2~3作を1日1回上映するスケジュールのよう。筆者が訪れた日は、なんと、10月3日に配信が開始したばかりの日本のアニメーション「ダンダダン」の一場面を用いたプログラムが配布されていました。9月にこの映画館での上映があったようで、スクリーンで見られたタンジェの方々はラッキーですね。残念ながら私は時間が合わず、現地で公開されたばかりの「ビートルジュース ビートルジュース」を鑑賞。料金は35ディルハム(約530円)。平日の夕方帯、数人の若い観客のグループがいました。モロッコの公用語はアラビア語ですが、英語の本編に、かつてのもうひとつの公用語だったフランス語字幕での上映でした。スペインにほど近いということもあり、タンジェ街中は、若者もお年寄りも複数の言語が話せる人が多い印象を受けました。

 映画を観終わるとCine Alcázarのほど近くで、「シェルタリング・スカイ」で使われたと思われる古いカフェを偶然発見しました。基本的にモロッコのカフェでお酒の提供はありませんが、日本の場末の酒場のようにシニア男性客であふれています。異邦人の女である私が一人で入ったら、映画のようなその雰囲気に飲み込まれて「シェルタリング・スカイ」の主人公キットと同じく、日本の日常生活に戻ってこれなくなってしまいそうだったので、今回は遠くから店内を見つめるだけにとどめました。

■おしゃれなカフェが併設されたアートハウスシアター「シネマテーク・ドゥ・タンジェ」

 9月下旬のタンジェは、残暑や台風などに見舞われる日本よりも涼しく、湿度も低く、街歩きにはうってつけの気候でした。筆者はきらめく陽光と穏やかな青い地中海を臨む美しい街並み、港町特有の様々な人が出入りする活気あるコスモポリタンな街の雰囲気が気に入り、そしてたまたま「Tanjazz」と名付けられた音楽フェスも開催されていたことから、当初の予定を延長して4泊もしてしまいました。次に訪れた映画館は、城壁の外の広場に面したCinéma Rifの中にあるシネマテーク・ドゥ・タンジェ(Cinémathèque de Tanger)
です。

 フランスのラジオ番組francecultureでの同館のインタビューによると、シネマテーク・ドゥ・タンジェは、1938年に開館した古い映画館Cinéma Rifを、モロッコ人アーティストらが買い取り、フランス人建築家が改修、2007年に開館した北アフリカ初のアートハウスシアターとのこと。大小二つのスクリーンのほかに、オープンカフェを併設した施設です。世界各地の映画と、毎月モロッコ、アラブ、アフリカの映画を上映し、タンジェの文化施設として機能しているそう。国からの援助は受けず、チケットとカフェの売り上げ、スポンサーからの財源で運営されています。

 モロッコの古いカフェは、のんびりミントティーを味わう地元のシニア男性御用達といった店が多いですが、こちらは老若男女、観光客も多く、女性一人でも気軽に利用できます。フランスのファッションデザイナーで、映画監督のアニエス・ベーも運営に協力しているそうで、館内のデコレーションはもちろん、配布されるプログラムから、トイレに至るまですべてがおしゃれ。パリのミニシアターのようでもあり、モロッコならではの美意識も感じられる洗練された空間です。

 ここではモロッコ系フランス人監督のOmar Mouldouiraによる映画「Un été à Boujad」(日本未公開)を観ました。料金は40ディルハム(約600円)。移民として長年フランスで働き、現地で結婚した妻と死別した父親にフランスの寄宿学校に入れられた主人公の13歳の少年が久々にモロッコに帰省。父の再婚相手と新たなきょうだいに出会い、また、長くフランスで暮らしてきた自分のアイデンティティとモロッコの生活との板挟みになり、反抗的になってしまう思春期の心を繊細に描いた良質なドラマでした。アラビア語作品、フランス語字幕での上映で、私のほか、地元の若い世代やフランス人が鑑賞していました。このほか、新作ハリウッド映画、フランスのアニメーション映画、また、今年6月に亡くなったジーナ・ローランズの特集上映もあり、アート映画ファンは毎週でも通いたくなってしまうラインナップでした。

■「シェルタリング・スカイ」でも使われたホテル・コンチネンタルに宿泊

 モロッコ屈指の観光地でもあるタンジェには、エル・ミンザなど世界のセレブリティが愛した高級ホテルから、一人旅でもお手頃なゲストハウスまで様々なタイプの宿が数多くあります。最終日にちょっと奮発し、「シェルタリング・スカイ」でも使われた1870年創業の老舗、ホテル・コンチネンタルに宿泊しました。主に公共部分に、ステンドグラスや眼が眩むほど美しいモザイク装飾が施され、館内を散策するだけでうっとりしてしまいます。ここはホテルとしてだけではなく、美術館として国の文化財にも指定されています。

 これまで来館した作家やミュージシャン、映画監督、俳優たちの写真がさりげなくフロントに飾られているのも、テンションが上がります。私が宿泊した部屋のベッドの真上に、フランシス・フォード・コッポラ監督来訪時の写真があり、就寝前に「メガロポリス」の成功を心の中で祈りました。クラシックホテルなので、エレベーターがないなど設備がかなりレトロなため、眺望なしであれば、東京都心のビジネスホテル程度の価格で泊まれる部屋もあります。港を眺められるテラスでの朝食が素晴らしく、映画ファンには是非ともおすすめしたい施設です。

 余談ですが、タンジェはかつてヒッピーの聖地だった歴史もあるからでしょうか、日本ではなかなか見つけられない超細粒のクスクスをお土産に購入したら、経由地の空港でドラッグと間違えられて開封され、荷物がクスクスまみれになるという惨事に見舞われました。こんな珍事も含めて忘れられない旅となりました。

 次回は【世界の映画館めぐり】番外編として、モロッコの砂漠の街のハリウッド「アトラスコーポレーションスタジオ」訪問をお送りします。

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