第20回チューリッヒ映画祭のドキュメンタリー部門に選出された伊藤詩織の初監督作「Black Box Diaries」が、最高賞のドキュメンタリー賞と、全部門を通して一般観客の投票により選ばれる観客賞をダブル受賞する快挙を果たした。
審査員長ケビン・マクドナルド(「モーリタニアン 黒塗りの記録」「ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー」)をはじめとする審査員団は、「とても勇気があり、より活動家的なやり方でパーソナルに女性蔑視に目を向けた作品。ジャーナリストの伊藤詩織さんは、政府を仕切っている有力者と強い繋がりのある、権威ある日本人ジャーナリストによってレイプされた。観客は彼女の国の強姦に対する後ろ向きな法や、警察の腐敗に対する何年にもわたる彼女の闘いを目にする。あるいは家族からの忠告や、彼女自身にとって、また日本や世界中の被害を受けた女性にとっての正義を得るための闘いを目撃する。我々は伊藤さんの粘り、率直さ、そして脆くあることの勇気に敬意を表する。本作は慎重な編集を伴って、繊細だがスリラーのようなストーリーを披露する。この映画は、世界中の女性に常習的にふるわれる暴力を変えるパワーを持つ」と評価した。
本作は2015年、伊藤さんが警察にレイプ被害と告訴状を届け出た後、被疑者である当時のTBSワシントン支局長に一旦逮捕状が出るも、当日に警視庁トップの判断で撤回され、その後不起訴が確定。さらに伊藤さんが民事に訴えて勝訴するまでの経緯と詳細が、関係者のさまざまな発言や映像を用いながら語られている。伊藤さんは映画化の前に著書「ブラックボックス」を出版しているが、本ではジャーナリストとして冷静な立場から綴ろうとしているのが感じられる一方、映画は関係者の生の声、記録映像が出てくるため、それだけでエモーションを掻き立てるものがある。そこに映像メディアとしての大きな強みが感じられる。審査員団が言うようにパワフルな作品であり、さまざまな事実に驚き、言葉を失うとともに、観客ひとりひとりが観たものに対する自分の立ち位置を問いかけられる。
プレミアに伴い現地を訪れてQ&Aに参加した伊藤監督は、観客からの質問に直接英語で答え、「この映画の制作には8年掛かりました。編集はもっとも困難なパートでした。ジャーナリストとしての一線を越えなければならなかったからです。これはわたしの視点から(ワンサイドから)語るストーリーであるためです。ある時点で(それを避けるために)相手にインタビューをしなければならないのか、と真剣に考えたこともありました。でも結局、自分の視点から語ることで納得しました」と説明。さらに、「わたしがこの映画で語りたかったのは、自分に何が起こったかということではなく、そのあと何が起こったか、ということです。性的暴力の問題は世界中で起こっていることなので、事件後のことに焦点を絞りたいと思いました」と語った。
若い観客も多く見られた満席の会場からは、「(不起訴となったあと、民事で勝訴したことについて)日本の法のシステムがよくわからないが、どういうことなのか」という質問も。さらに涙声で、「あなたの体験をわたしたちと共有してくれて本当にありがとうございます」といった声もあがった。
本作は今年1月のサンダンス映画祭を皮切りに欧米各国の映画祭を周り、アメリカでは10月25日から一部リミテッドで公開、スイスでは10月31日に封切られる予定だ。日本公開はまだ発表になっていないが、近日に観られる機会があることを期待したい。(佐藤久理子)