第37回東京国際映画祭が、10月28日から11月6日にかけて東京・日比谷、有楽町、丸の内、銀座エリアで開催される。今年のコンペティション部門には110の国と地域から2023本の応募があった(昨年は1942本)が、選出された15本のうち日本映画は吉田大八監督の「敵」、大九明子監督の「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」、片山慎三監督の「雨の中の慾情」(台湾との合作)の3本が名を連ねた。また、Nippon Cinema Now部門では入江悠監督の特集も行われる。映画.comでは吉田、大九、入江の3監督に鼎(てい)談という形で映画祭への思いを語ってもらった。
――普段はそれぞれの現場で作品に向き合っているので、皆さんのような第一線で活躍する監督が一堂に会し、取材を受けるというだけで映画祭としての意義を感じるのですが、皆さんは面識があったのですか?
吉田:多分1回ずつ、お目にかかったことがあると思います。勝手に仲良くなった気になっていたのですが、その後二度と会うことがなく今日久しぶりに再会しました(笑)。
大九:大八さんは話しかけてくれるので、きっと皆さん、大八さんを通じて面識を持つんじゃないでしょうか。入江監督とは2年ほど前に授賞式でお目にかかりましたが、大八さんがいないとどちらもしゃべらないのでお辞儀だけはした記憶があります。
入江:映画祭の懇親会やパーティでお酒が入ると仲良くなれたりしますが、素面だと怖いですよね(笑)。それぞれの世界があるわけじゃないですか。俺はどう思われているんだろう? と勘繰っちゃって、なかなか映画の話もしにくいですよね。
吉田:僕は年を取った分、図々しくなっているから。もういいや、バカだと思われてもって(笑)。
■アラン・パーカー監督と出会った学生時代(吉田大八)
関わるようになって見方が変わった(大九明子)
場が和んだところで、話題は本題の映画祭について……。吉田監督は「紙の月」が第27回東京国際映画祭のコンペティション部門に選出され、最優秀女優賞(宮沢りえ)と観客賞を受賞。大九監督は「勝手にふるえてろ」が第30回のコンペティション部門で観客賞に輝いた。入江監督は第31回で当時あった日本映画スプラッシュ部門の審査員を務めるなど、関わりは深い。
――これまで、東京国際映画祭に抱いていた印象から聞かせてください。
吉田:僕が学生の頃に始まったんですよ。当時は渋谷が会場でね。そんなに頻繁に通っていたわけではないのですが、アラン・パーカー監督が映画祭で来日するというので、「ザ・コミットメンツ」を見ようと思って行ったら、チケットが完売していて入れなかったんです。それで街を歩いていたら、アラン・パーカー監督がいたので後を付いて行ったら、あるビルに入っていったから上がっていったら、そこで仁王立ちして待っていて(笑)。怒られるのかなと思ったら、すごく気さくに話してくれた。映画館へ行っただけで会えるのか、思ったよりも距離が近いな……と思った印象が今も強く残っているんです。
大九:関わるようになってから、見方が変わりました。辛辣な意見を色々と浴びがちな映画祭ではありますが、ご縁が生まれたので「もう、頑張れ!」と思ってしまう。関わるまでは自分と関係のないものとして“ちょっとダサいんだよな”などと偉そうなことを思っていましたが、今はどうすればいいのかな……と思ったり、自分にとっては気になる映画祭です。私も日本映画スプラッシュ部門で審査員をやらせていただいたこともありますし、もはや他人事ではないというか、皆に愛される映画祭になってほしいという気持ちでいます。
入江:大九さんと一緒で、自分が参加するまではあまり魅力的に思っていませんでした。でも参加してみると、関わっていらっしゃる方々の熱量が確かに伝わってきて、愛着が湧きました。ただ、自分にはゆうばり国際ファンタスティック映画祭や湯布院映画祭などで、上映後に観客の皆さんと2時間くらいディスカッションをしたり、夜を徹して飲む……という映画祭の原体験があるので、東京国際映画祭に関しては観客とのコミュニケーションが希薄な印象はずっと持っています。観客がどう見てくれたのかというのを、もっと聞きたいですね。
大九:すごく良いことをおっしゃいましたね。映画祭なのに初日舞台挨拶と大差ないんです。30分程度ご挨拶して、俳優陣はがっちりガードされてサーっと帰っていく。それも大事だけど、もう少しカジュアルでも良いかもしれない。
■「僕はこのマイルドさが好き」(入江悠)
――韓国の釜山国際映画祭、中国の金鶏百花映画祭、台湾の台北金馬映画祭など、アジアには魅力的な映画祭が幾つもあるなかで、東京国際映画祭の立ち位置はどのように考えていますか?
吉田:僕はアジアの映画祭に詳しいわけではないですが、その国なりにやっていくしかないですよね。東京国際映画祭は37回も続いているわけですから、たいしたものです。色々と言われるのも分かるけど、長く続けてもらうことが一番だし、無理しないでって思う。無理してどこかに近づけようとして崩れるよりも、無理せず長く続けて。もっと格好いい映画祭に……という若い人の思いも理解はできるけどね。
大九:コロナの時期に、世界各国21の映画祭が参加するオンライン映画祭「We Are One: A Global Film Festival」というのがあって、「勝手にふるえてろ」がYouTubeで無料配信されたんです。そうしたら、世界中の人々から私のSNSにコメントが届きました。「このネットワークをTIFF、持っているじゃん!」と思って、もっと生かせばいいのに……と感じたんですよね。
入江:何かをずっと追いかけ続けている感じが、東京国際映画祭の微笑ましいところだと思っているんです。立派な権威になり過ぎないからこそ、誰もが参加できるというのも良いんじゃないですかね。もっと尖った映画祭になる方向性もあるとは思いますけれど、僕はこのマイルドさが好きです。
■3人が明かす、各国映画人との交流事情
――若手の作り手たちからは、「日本映画スプラッシュ部門」がなくなってしまったことを残念がる声も挙がっており、世代によってとらえ方も変わってきますよね。映画祭の醍醐味といえば、各国の映画人たちとの交流だと思いますが?
吉田:東京だとキャストやスタッフと行動を共にするので、どうしても皆で一緒に固まっちゃう。海外の映画祭だと、否応なしに自分ひとりだから、不思議と交流を持つようになるんですよね。海外だとコンペに選出された監督たちが集く食事会とかあるんだけど、東京国際映画祭ではないですよね。「紙の月」のとき、なかったんですよね。皆さん、ありました?
大九:ありましたよ!
3人:爆笑
大九:呼ばれていないんじゃないですか(笑)。でも、コンペの監督という集まりではなかったかも。日本映画スプラッシュ部門で審査員をしたときは、審査員全員で食事をしましたね。私は映画が堪能な大八さんと違って全くダメなので大変でした……。
吉田:堪能ではないよ。ひとりだと話さざるを得ないから、極端な話、映画のタイトルを言い合っているだけでもいいわけだから(笑)。でも確かに、通訳やスタッフを介してでも簡単な挨拶をするだけで、相手の作品に触れる際、印象が変わってくるものですよね。もっと作り手同士が、それぞれの上映に触れ合える機会があればいいですね。
入江:僕も日本映画スプラッシュ部門の審査員をしたときに飲み会に参加しましたが、楽しかったですよ。マレーシアの監督に「おまえ何本撮っているんだ?」と聞かれたから「10本くらい」って答えたら驚かれて。日本では1年に1本撮らないと生活できないけど、マレーシアでは4年に1本くらいで生活できるみたいで「おまえ年は幾つだ?」って(笑)。文化の違いを目の当たりにして、交流できて良かったと感じています。
■「映画祭は運命的な映画に“出合う”チャンス」(吉田大八)
――国際映画祭の舞台挨拶やティーチインでは、同時通訳が挟まることで生まれるインターバルの面白さも体感できると思います。皆さん、ほかの楽しみ方などをご教示いただけますか。
吉田:普段は観ない映画を観るという経験によって、運命的な映画に「出合ってしまう」というチャンスだと思うんです。シネコンでもミニシアターでもなく、国際映画祭という舞台で全く知らない監督の作品だけど観てみようかな……というロマンを体験してもらいたいですね。逆に映画祭側としては、そういった事前知識にとらわれない「出合ってしまう」という経験をしてもらうには、どうしたら良いのかという導線を開発するチャンスではないかと思うんですよね。
大九:私もそう思います。最近の映画興行において、宣伝でなるべくこういう映画ですと全体的に認知したうえで公開するのがセオリーらしいんですね。でも、映画祭に関しては大八さんがおっしゃったように「出合い」だと思うんです。時間があるから観てみよう、でもいい。吟味に吟味を重ねて「この映画を観るぞ!」というのとは全く違う運動神経で映画祭に来てもらえるシステムがあると良いかもしれません。気軽に来られる料金体系とか、ポイント制とか。
入江:監督目線で言うと、今日3人で取材を受けるって、映画祭でしかないこと。数日前に「鼎談」と書いてあって、やばい! と思って、おふたりの見逃していた映画を必死になって観てきたんです。観ておくと接し方も変わりますし、そういうことを出来るのが映画祭じゃないかなと思うんです。普段はそれぞれの現場で仕事をしていて会わないですから、映画祭だからこそ集えるようなシンポジウムなどを今以上にたくさん開いても面白いんじゃないかなと思います。
観客目線で言うと、真っ白な状態で映画を観られる唯一のチャンスじゃないですか。そこに足を運んでもらえると嬉しいですよね。僕はミニシアターでの上映後に、ティーチインを長めにやるんですが、湯布院映画祭では映画1本分、2時間近くやるんです(笑)。東京国際映画祭も、プログラムをたくさん組まなくてはいけないのは分かりますが、ワールドプレミアの作品などは2時間くらい監督たちとのティーチインを組むとかしてもらえると、嬉しいですよね。
――また、どうすればより良い映画祭になると考えますか?
入江:運営が円滑すぎるので、もっと雑でも良いのではないでしょうか。昔、インドの映画祭へ行ったら、空港に迎えの人が来ていなくて、自力でホテルにたどり着いたら予約がキャンセルされていたんです(笑)。上映のときも「じゃあ舞台挨拶どうぞ」って、通訳もいなかった。自己紹介は英語でなんとかなりましたが、ティーチインはできるわけがないじゃないですか。たまたま日本人が観に来ていたので、通訳してくれて助かった。あれは緩すぎたんですが、めちゃめちゃ記憶に残っているんですよね。
吉田:それを東京国際映画祭に求めるのは、どうかな(笑)。でも、東京だと監督がひとりでは辿り着けないような控室まで連れて行かれて、時間が来たらスタッフが迎えに来るという運用は、もっと適当で良いと思う。みんな大人なんだから、「その辺で待っていてください」で十分じゃないかな。「俺は帝?」みたいな感じで扱わなくていいし、そうしなければ困る人って、どれだけいるんだろう? とも思うんですよね。
大九:そういえば、最初に参加したときに大臣が登壇して挨拶したり、プレゼンターを務めることにビックリしたんですよね。あれって、違和感を覚える映画人もいるんじゃないですかね。
吉田:無粋だってことですよね。
大九:台湾の映画祭などでは、野次がすごいんですよ。それくらい政治に成熟しているところであれば良いのかもしれないけれど、唐突すぎてポカンとしてしまうので……。だから大八さん、今年は野次飛ばしてください。
吉田:そんなことはしませんよ。僕も60歳ですから。
入江:スプラッシュ部門の審査員を務めたとき、政治家の方が「クールジャパンが世界に発信したことを皆さんご存じですね」と言ったんですが、白人の男性が横で「ノー!」と口ずさんでいたのを見て、恥ずかしかった。確かに無粋ですよね。それと、「絶対に映画観ていないだろう」感が強いから、皆さんイラっとするんでしょうね。
吉田:何かしら作品を観てもらって、感想を言って欲しいなあ。僕らは多くの人に観てもらいたいと思って映画を作っているし、政治家や官僚の方々にも観て、考えてもらいたいですから。
■今年は上映後の劇場ロビーで監督たちに会えるかも?
――これまでのお話から、今年は上映後の劇場ロビーなどで監督たちの姿を拝見できそうですね?
吉田:何年か前に「美しい星」を上映してもらったときは、会場が六本木だったんでリリー・フランキーさんに電話したんです。もしかしたら来るんじゃないかなと思って。案の定、遅れて来て2人でダラダラ話していたら制限時間がオーバーしちゃった。その辺をフラフラしていたら、ファンの方に話しかけてもらったことを思い出しました。今年は劇場の出口で「ありがとうございます」と伝えるところから始めようかな。
大九:わたしはこれまでも「フロア行きます」って顔を出していたので、今年もロビーにいるつもりです。そーっと出て行くと、気づいてくれたお客さんが感想を聞かせてくれたり、過去作のチラシをたくさん持って来てくれた方にはサインをさせていただいたり、ありがたいですよね。
吉田:なんか自分で自分の首をどんどん絞めているような気がするけど(笑)。でも東京は我々のホームですから、我々から始めるべきですね。小さなことからだけど、やってみましょうか。
<第37回東京国際映画祭 開催概要>
■開催期間:2024年10月28日(月)~11月6日(水)
■会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区