映画ファン待望のM・ナイト・シャマラン映画最新作は、巨大ライブ会場に観客の1人として紛れ込んだ、表向きは娘思いの父親、その実態は凶悪なサイコパスと、会場のあちこちにトラップ(罠)を仕掛けた警察との駆け引きを描いた“ライブ・サイコサスペンス”。シャマラン自身は製作時、“テイラー・スウィフトのエラスツアーで撮影した「羊たちの沈黙」(1991年)みたいな作品”と名づけて自筆の脚本をPRしている。
いつも、それまで見たこともない世界を見せてくれるシャマランが、今回はライブと恐怖映画の融合という新たな分野の開拓にチャレンジしたわけだ。
フィラデルフィア。娘が大好きな世界的人気歌手、レディ・レイブンのプラチナチケットを手に入れ、親子でライブを観に来た消防士のクーパーは、会場周辺に警官が異常に多いことに気づく。さらに、クーパーは会場内に無数の監視カメラが設置されていることを察知して、顔をこわばらせる。すべては、ブッチャーと呼ばれる指名手配中の連続殺人鬼を捕獲するために、FBIが仕掛けたトラップ。クーパーに落ち着きがないのは、彼こそがブッチャーだからだ。こうして、早い段階で主人公の素性が明かされ、後は、追う側のトラップと、それをいち早く見破り、したたかにすり抜けていく追われる側の罠の掛け合いが、最後の最後まで続いていく。最後の最後まで。
このプロットは、シャマランと、劇中でレディ・レイブンを演じるシャマランの実娘で、フィラデルフィアを拠点に活躍する歌手、サレカ・シャマランの話し合いの中から生まれたものだとか。つまり、これは音楽とライブに精通した娘の経験値とアイディアが、もともと監督は他者に任せようと考えていたシャマラン父のクリエイティビティを刺激して、映画として完成した1作。サレカは父親の監督作で映画デビューを飾ると同時に、劇中で演奏される楽曲をすべて作曲し、それらを収録したアルバムが公式サウンドトラックとしてリリースされている。従って、シャマランの最新作はファミリービジネスとしての意味合いが濃厚とも言えるのだ。あくまでも、いい意味で。
なにしろ、サレカの個性的で現実離れしたルックが、日常の中に潜む恐怖、摩訶不思議を追求して来たシャマラン・ワールドを牽引し続ける。しかしそれ以上に、クーパー/ブッチャーを演じるジョシュ・ハートネットの怖美しい表情には終始魅了される。アップで強調されるシンメトリーの顔、濃い眉毛、鋭い眼光は、観客の脳裏に「サイコ(1960)」のノーマン・ベイツ/アンソニー・パーキンスが発散していた永遠の少年のイメージを呼び起こすはず。かつて約束されたスターの道から外れて、独自の路線を歩んできたアウトロー俳優、ハートネットにとって、今回の役柄は新たな鉱脈になるだろうか。
(清藤秀人)