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【「八犬伝」評論】山田風太郎流・偉人記と「新八犬伝」の魂を櫂に、漕ぎ着け二次創作の原典超え

映画.com 2024年10月27日 9時0分

 原作は江戸末期に曲亭馬琴が手がけた長編伝奇戯作「南総里見八犬傳」(以下「八犬傳」)……ではなく、幻想時代文学の匠人・山田風太郎がそれらを基に描いた同名小説だ。2005年公開の「SHINOBI」以来、19年ぶりに氏の著書が映画となることを、自分は素直に喜びたい。

 物語は「八犬傳」を執筆中の曲亭馬琴こと滝沢馬琴(役所広司)に焦点を定め、彼と浮世絵師・葛飾北斎(内野聖陽)との親交を軸に、長年にわたる創作活動と「八犬傳」作中の展開を交互に並走させていく。なにより同戯作は、28年もの歳月をかけて脱稿へと至ったライフワークだ。その間に過ごしてきた馬琴の半生は、劇化に値する悲喜と波乱に満ちている。

 しかし伴走する「八犬傳」パートも負けてはいない。CG・VFXを駆使した作品歴を誇る曽利文彦監督は、かつての少年少女を夢中にさせたNHK連続人形劇「新八犬伝」(1973〜75)の直撃世代だ。彼はこの人気番組が放ってきた惹きの強いドラマや興奮に満ちたアクション、挿絵のようにゴージャスな美術それぞれのテイストを、この劇中劇に本能レベルで反映させている。

 また原作に接すると判るが、山田風太郎の文体は決して堅苦しい調子ではなく、現代的なフレーズに富んで読み手を引き込む術を心得ている。こうしたファジーで自由な作意をも映画に投入し、創造主へのリスペクトを忘れてはいない。つまりこの「八犬伝」は、風太郎流・偉人記と「新八犬伝」の魂をオールに、二次創作の原典超えへ漕ぎ着こうとしているのだ。

 なにより本作は「創作物を生み出すこと」への頑ななまでのこだわりが、観る者の心情を激しく揺り動かす。北斎を聞き手とする馬琴の発想が画となり、そして「八犬傳」へと延いていく構成の巧みさよ。映画はこれを踏まえ、馬琴が生む虚構の世界と彼の実人生を冥合し、とてつもなく壮大で多義的な解釈を誘うものへと発展させていく。加えて原作で確認できる、あるさりげないセンテンスをクライマックスで大きく拡張し、創造にすべてを捧げた男の生きざまを力強く祝福するのだ。

 そんな「八犬伝」と接することで探究心を刺激され、和漢混淆文で読了が困難とされる馬琴の「八犬傳」に挑むのも、知的好奇心の向けどころとして正しいかもしれない。お前はどうなのかって? 薬師丸ひろ子の「里見八犬伝(1983)」を機に手にとってからというもの、半分も読めずペンディング状態だなんて立場上言えない。

(尾﨑一男)

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