第37回東京国際映画祭の新設部門「ウィメンズ・エンパワーメント部門」に日本映画として唯一選出された「徒花 ADABANA」が10月29日、丸の内ピカデリー2で上映。終映後に主演の井浦新、甲斐さやか監督、作品選定を行ったシニア・プログラマーのアンドリヤナ・ツべトコビッチによるQ&Aが実施された。
本作は、長編デビュー作「赤い雪 Red Snow」で国内外から高く評価された甲斐監督が、構想に20年以上をかけて脚本を執筆した意欲作。ある最新技術を用いた延命治療が可能になった近未来を生きる人々を描く。井浦と水原希子を迎えた日仏合作映画で、現在劇場公開中だ。
「ウィメンズ・エンパワーメント部門」は、東京都と連携し、女性監督の作品、あるいは女性の活躍をテーマとする作品に焦点を当てた部門となる。本作を選出したツべトコビッチは「本作を10~15分くらい見た時、力強い映画だと感じ、自分が何を見せたいのか、鮮明に理解されている監督の作品だなと思いました。キャラクターの展開や作りこみなどに、深いメッセージを感じましたし、とりわけキャスティングが素晴らしい。そういう目のつけどころを大変評価したいと思いました」と絶賛した。
また、ツべトコビッチから勅使河原宏、カズオ・イシグロ、黒澤明作品などから影響を受けたのか?と問われた甲斐監督は「この作品を最初に思いついたのは、中国にクローン人間がいるという都市伝説からで、そこからインスパイアされました。最初はショートフィルムで撮ろうと思ったんです。その後、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』などについて教えていただき、拝読した次第です。また、私も勅使河監督作は好きですし、黒澤監督作では『夢』や『羅生門』が特に大好きな作品です」と笑顔で答えた。
井浦に対しては、この野心的な作品のスクリプトをどう読んだか?と尋ねると、「僕は甲斐監督と組むのは2回目で、前作『赤い雪 Red Snow』で甲斐監督の世界観を体験しました。その時も映画を見る人だけじゃなく、甲斐監督の映画作りに参加するスタッフや俳優にまでつきつけてくるメッセージや、監督にしか作れない世界観を、僕らがどう作っていくかということを、一度経験しています。今回は全く違う話ですが、最初に構想を聞かせてもらった時、僕の中ではスムーズに入ってきて、受け入れることができました」と胸の内を明かした。
井浦は役作りについて「大事にしたのは、強烈な甲斐監督のオリジナリティを、役を通してどのように表現していくかです。自分自身も、20~30代の頃、アートムービーが大好きで、見漁ったこともあったのですが、今回は自分が見て影響を受けたものではなく、それは自分の中に大切にしまっておいて、それよりももっとシンプルに『徒花』の世界に生きる1人の人間と、そこから作られた、ある環境で生きている“それ”という2つの生き物を想定しました。それらを自分自身もまだ演じたことのない表現で、どう演じていくかが、自分自身のアンサーだと思いました。この役へのアプローチは、自分の中での文化人類学的な作り方というか、そういうお芝居のような、または実験のようなものでもありました」と独自のアプローチについて語った。
また、観客からは、本作において、女性監督ならではのアプローチだと感じた点や、井浦が恩師とする若松孝二監督の演出との違いについての質問も上がった。
井浦は「僕自身が、男性の監督だから、女性の監督だからというのをあまり意識はしていないのですが」という前提を踏まえた上で「まず映画監督という専門職が、だいぶ特殊で、男性も女性も個性的な方たちが多いです。甲斐監督は脚本までご自身で書かれますし、ぶれない世界観があり、そういう意味では内側の魂が分厚い監督だなと思います。若松監督とは、時代も作風も映画作りの仕方も違うけど、ご自身の世界観が絶対にぶれず、自分の撮りたいものを撮るという貪欲さや、もの作りへの真剣さは同じだなと感じました」と述懐。
さらに「不思議なことに、甲斐監督といる時に、若松監督の顔が浮かぶ場面もあって。ごはんを食べながら、クリエイティブなお話をうかがっている時、あれ?と思うことも多々ありました。お二人で、映画作りの志や社会への眼差しなど、重なる部分が何度もあったなと思ったんです」と亡き恩師と甲斐監督との共通点を感慨深い表情で語った。
第37回東京国際映画祭は、11月6日まで開催。