第37回東京国際映画祭のNippon Cinema Now部門で特集上映される入江悠監督の1本、「あんのこと」が10月31日、丸の内ピカデリーで上映された。入江監督は上映後のティーチインに登壇し、本作に込めた思いや撮影エピソードなどを熱く語った。
2020年の日本で現実に起きた事件をモチーフにした本作。日常で親に暴力を受け、薬物中毒だった主人公・杏を、ドラマ「不適切にもほどがある!」や映画「ナミビアの砂漠」の河合優実、杏を救おうとする型破りな刑事・多々羅を佐藤二朗、更生施設を取材するジャーナリスト・桐野を稲垣吾郎が演じる。
脚本の執筆中に、河合が主演を務めることが決定し、ほぼあて書きで進めていったと言う入江監督。河合については「彼女が俳優デビューするかしないかの時、ワークショップで出会って、この人は素晴らしい俳優になるだろうなと思いました」と称賛する。
「年齢もモデルになった方と同じくらいですし、こういうふうに演じるというアプローチではなく、河合さんなら1回フラットというか透明なままで、アプローチをしてくれるんじゃないかなと思い、新聞記者さんや、薬物依存の更生グループの方などの話を、一緒に聞きにいったりしました」
さらに河合について「撮影の途中で、河合さんが『なんか、杏ちゃんと手を繋いで一緒にいるような気持ちがする』と言った時、本当にこの人にあん役をお願いして良かったなと思いました」としみじみ語る。
ティーチインでは、悲しくも壮絶なラストについての質問が入る。
入江監督は「新聞記事に書かれた彼女の最後がそうでした。当時、自分もコロナ禍の閉塞感や行き詰まりを感じ、なぜ彼女が自死という道を選んだのかをもっと知りたいと思い、脚本を書きました。だからフィクションとして映画を撮るとしても、そこを変えようとは思わなかったです。『救いはないのか』とよく指摘されますが、僕が新聞記事を読んだ時の、『何かできなかったのか』とか、もしかして東京ですれ違った女性を見捨ててしまっているんじゃないかという思いもありまして。だから、そこを変えてしまうと、その気持ちに嘘をつくことになるので、フィクションとして足すのをやめたいと思いました」と語った。
また、入江監督作において、「あんのこと」はどういう位置づけの作品になるかという質問も。
入江監督は「もうちょっと時間が立たないと客観視できる気はしないんですが、作り終わったあとに、この主人公と僕は死ぬまで一緒に生きていくんだなと思ったのは初めてのことでした。『サイタマノラッパー』の主人公も僕の投影だったりするけれど、ある種どこかで人生が分かれ、どこかにいるなって感じなんですけど、杏っていう子に関しては、映画を作ったからには責任を持って彼女と一緒に生きていかなきゃいけないと思ったんです。そういう作品は初めてで、もしかしたら今後、そういう人とたくさん出会っていくような映画作りをしろと言われているのかなとも感じました」と、強い思い入れの深い作品になったようだ。
また、今作においては、これまで培った演出方法を一度やめて、新しい形で監督していったという入江監督。その理由として「結論からいうと、僕が考えていることでは、この作品には到底足りないというか、及ばないなと感じ、なるべく環境だけを作って、河合さんや撮影の浦田(秀穂)さんに感じてもらったことを切り取ってもらおうと思ったからです。今までなら、こういうふうに動いてくださいと、監督然としていたのですが、今回はそれが邪魔になるかなと思いました」と振り返る。
演出手法は作品によっても変えていくとのことで、1月17日に公開予定の時代劇「室町無頼」は、「時代劇活劇なので、大泉洋さんに『二刀流にしましょう』とか、堤真一さんには『ここは馬から降りて戦いましょう』とか、めちゃくちゃ言っています(笑)。でも、『あんのこと』では、何か言わずにじっと我慢して対象を見つめる……、みたいなことを教えてもらった感じがします」と河合らに感謝した。
第37回東京国際映画祭は、11月6日まで開催。