黒沢清監督が、第37回東京国際映画祭で11月2日に行われた「アジア映画学生交流プログラム 2024」に出席。黒沢監督が、アジアで映画を学ぶ学生たちを前に、自身の映画製作について語った。
2023年から始まった本プログラム。アジア映画の未来を担う次世代の人材育成を見据え、学生たちを招き、黒沢監督のマスタークラスと学生同士の交流会が行われた。この日は黒沢監督が、映画製作過程を追いながら、映画監督の仕事についてトークを繰り広げた。モデレーターを務めた映画ジャーナリストの関口裕子氏は、「黒沢監督の映画企画の発想のポイントを教えてください。もともとあった企画から映画を撮ることと、ご自身が企画をされて撮ることと、取り組み方に差異はありますか?」と、質問を寄せた。
黒沢監督は、「映画製作は、ふたつの要素が組み合わさったところからスタートすると考えています。ひとつは、主に監督ですが、『撮りたい』という“欲望”ですね」「もうひとつは、その欲望をたったひとりでは実現できないので、ほかの人と“共有”することですね。共有と欲望のふたつが合わさると、企画がスタートします」と語る。しかし、予算の問題や、監督・スタッフ・キャストのプランやイメージが一致しないなど、さまざまな要因で、欲望が変形する場合もあるという。黒沢監督は、その問題を突破する方法を、「映画的教養」という言葉で説明する。
「どれだけ映画を見て、面白いと思ってきたか。例えば、極端に言うと、スティーブン・スピルバーグのように撮りたいと思っても、『お金がないんです』『このセットしか使えません』『特撮は無理なので、ホームドラマのようにしてほしいんです』など、いろいろな問題が出てきた時に、『じゃあ、小津安二郎のように撮ろう』と思えるかどうか。これは冗談で言っていますが、スピルバーグにこだわっている限り、行き違ってしまう。でも、小津安二郎だったら可能かもしれない。ある種、共有していくうちに、欲望が変形していくけれども、それはそれで実現したらすごい。『最初はイメージしていなかったけれど、がぜんやりたくなった』と、欲望を一致させていくわけです」
続くトピックは、映画監督の多岐にわたる仕事について。関口氏の「作品と関わるにあたり、どこまでが監督の仕事だと思いますか?」という質問を受け、黒沢監督は「その監督が何に興味があるのかによって、大きく変わりますね」と回答。「多くの監督は、あるものはすごくこだわり、あるものはおまかせ。例えば、俳優の演技にものすごくこだわる監督がいる。ただ誤解しないでいただきたいのは、監督が俳優に演技指導をすることは、監督がやらなければならない仕事ではなく、その監督が演技にこだわっているということなんです。例えば僕は本当に衣装が苦手で、衣装部任せで、あまりタッチしません。俳優の演技はある程度は気になりますが、そんなに細かく演出したりしません。ある意味で、俳優に任せます。でも、ロケ場所や、カメラがどこから撮っているかはものすごく気になる」と明かす。
そして、「現場では、自分の興味のあることには大いにこだわっていただき、興味のないことは思い切ってお任せする。それが監督の仕事だと思います」と、自身の言葉を熱心に聞く学生たちに向け、アドバイスをおくった。
最後に、質疑応答も行われた。ある学生は、「映画を撮るなかで、役者の演技をカメラで撮る行為自体が、芝居の本質的なものを奪ってしまっていると思うことがあります。“芝居以上の何か”があるとしたら、それを捉える方法はあるのでしょうか?」と、質問を投げかけた。
「ある脚本にセリフがあって、それを俳優が言う。当たり前のことですが、どんなに上手く言おうが、それを撮ると、芝居している人を撮っていることになります。一方で、自分の友人が雑談している風景を撮ると、『お芝居じゃない、生々しい、これこそ本物の人間だ』と一瞬思い、生の人間に惹かれていく。これはよくあることで、そこがスタート地点だと言って良いでしょう。芝居している人をただ撮っていても面白くない。一方で、友人が話しているところを撮っていても、あなたは面白いかもしれないですが、友人でも何でもないほかの人は面白くないんです。つまり、どちらもつまらないんです。『それをどう面白くしていくか』が映画です」
「映画の歴史は、つまらないものを、あの手この手ですごく面白いものに変化させてきた。友人が話している光景も、実にうまくやれば、2時間くらい見ていられる面白いものになる。正解はありませんが、『撮っているそのものは面白いものではない』というところからスタートするのが、映画づくりの基本だと思います」
続く学生の質問は、恐怖の描き方について。黒沢監督は「音は映像以上に、見ている人の不安を掻き立てるので、音の使い方はいつも気にします。1番気をつけているのは、怖いとか不穏だとかいうことを、はっきりさせない。ホラー映画を撮りたい方がいらっしゃったら、ひとつのコツだと思って聞いていただきたいんですが、怖くすることはそんなに難しくないんです。それこそ音でドカンとやったり、何かが飛び出してきたりしたら、誰でも怖いわけですね。1番見ていてイヤな感じがするのって、いま聞こえている音、いま映っている映像が怖いんだか怖くないんだか、何のために撮られているんだか、分からないという状態。これが1番怖いんです」「どういうシーンなのかはっきりさせないことが、観客が1番緊張する状況だと思います。怖がらせようと思ったら、あえて、あんまり怖がらせない方が怖いんです」と、解説していた。
第37回東京国際映画祭は11月6日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催される。