第37回東京国際映画祭「エシカル・フィルム賞」の審査委員長を務めた俳優・映画監督の齊藤工が映画.comの取材に応じ、3人の学生とともに行った審査の過程や、映画界における“エシカル”の役割について語った。
同賞は、映画を通して環境、貧困、差別といった社会課題への意識、多様性への理解を広げることを目的として、2023年に新設。東京国際映画祭にエントリーされたすべての新作から「人や社会、環境を思いやる考え方と行動」というエシカルの理念に合致する優れた3作品がノミネートされ、今年は「ダホメ」(マティ・ディオップ監督)がグランプリに輝いた。
齊藤は撮影現場に託児所を設置するプロジェクトや、被災地や途上国での移動映画館など、エシカルな活動を実践しており、今回、審査委員長を務めることになった。「映画はエンタテインメント。毎年、観客として足繫く通っている東京国際映画祭に、いつも通り、肩肘張らずに映画の未来と出合えることを楽しみにしていました」と、審査委員長の肩書にもフラットな姿勢だ。
もちろん、審査は真剣そのもの。グランプリに輝いた「ダホメ」は、今年のベルリン国際映画祭で最高賞にあたる金熊賞を受賞しているほか、残るノミネート作品である「ダイレクト・アクション」はベルリン国際映画祭のエンカウンター部門で最優秀作品賞に輝き、もう1本の候補となった「Flow」も本年度アヌシー国際アニメーション映画祭で4冠を達成するという、いわば“強豪”揃いのラインナップだった。
「第1印象で、エシカル・フィルム賞のグランプリは『Flow』だったんです。セリフのないアニメーション映画で、一匹のネコの視点から世界を見つめ、人間とはどんな生き物なのか突きつけられる。途上国で移動映画館をやっている経験からも、国や文化を問わず、誰が見ても理解できるエンタテインメントこそ、エシカルだと思ったんです」
しかし、第37回東京国際映画祭の学生応援団から選ばれた3人の審査員、佐々木湧人さん(筑波大学大学院1年)、縄井琳さん(国際基督教大学大学院1年)、河野はなさん(慶應大学3年)との議論を通して、齊藤自身の考えに変化が起きたという。
「審査会で、縄井さんが『この賞を与えることで、その映画がその後、世の中でどう受け止められるのか』という視点で語ってくれたんですね。河野さんは『どれをグランプリに選んだら、より多くの人に届くのか』と考えてくれましたし、佐々木さんは『議論することで、それぞれの作品の違った魅力が、多角的に見えてくる』と。確かに角度を変えると、どれもグランプリにふさわしい。審査会を通して、作品の真意に迫れたし熟成されていくのを感じました」
映画にできる社会貢献とは何なのか? 映画を通じて、国内外の多様な社会問題を知るきっかけとして「エシカル・フィルム賞」の役割に期待が寄せられている。同時に齊藤は、“エシカル”という言葉がひとり歩きすることに「危険だなと感じることもあるし、ある種の窮屈さも感じています」と語る。過度な配慮によって、表現の自由が逸脱してしまっては、本末転倒だ。
「ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)やコンプライアンスもそうですけど、エシカルについても、強制的な意味合いではなく、時間がかかっても自然に馴染んでいけばいいなと思いますね。ですから、エシカル・フィルム賞が今後、東京国際映画祭の顔になってほしいと思いつつ、エシカルという理念がより自然なものになれば、将来的にはコンペティション部門に統合される。そんな時代が到来すれば……とも思いますね」
そんな齊藤の新たな挑戦として、企画・プロデュースを務めた「大きな家」が12月6日から先行公開、同月20日に全国公開される。約4年前、齊藤がある児童養護施設を訪ねたことをきっかけに誕生した本作は、「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」「14歳の栞」の竹林亮が監督を務めたドキュメンタリー。製作に際しては、齊藤が個人的に訪問を重ね、信頼関係を築いてきた児童養護施設を密着する貴重な機会を得たという。
第37回東京国際映画祭は、11月6日まで開催。