ディズニー・アニメーション・スタジオによる2016年製作の長編ミュージカル・アニメーションの続編「モアナと伝説の海2」が、12月6日から日本でも封切られる。ひと足早く公開された全米では、驚異的なオープニング興収を記録。前作に続き日本語吹き替え版でモアナの声を務めた屋比久知奈は、7年という年月を経てどのようにモアナと対峙したのか――。(取材・文/大塚史貴、写真/間庭裕基)
南の島と大海原を舞台に描いた長編アニメーション「モアナと伝説の海」は、海を愛する美しい少女モアナが、島の危機を救うために冒険を繰り広げる姿を描いたもので、日本でも観客動員423万人、興収51億6000万円を超える大ヒットを記録。さらに、2023年の全世界での配信サービスにおける映画の視聴数で史上No.1となり、現在も多くの人から愛されていることがうかがえる。
■「私の中では『モアナはわたし』、もう一部になっている感覚」
屋比久が前作でモアナの声を務めると発表されたのは、2017年1月のこと。琉球大学法文学部4年生だった屋比久は過酷なオーディション、厳しいアフレコ収録を経て、米ハワイでのお披露目イベントに出席した。現地へ同行した筆者との取材途中で感極まり、大粒の涙を流しながら必死に言葉を紡ごうとした初々しい姿から7年。モアナ役の屋比久知奈として数々のステージを経験したほか、舞台やミュージカルで多彩な表情を見せてきた。
屋比久「私の中では『モアナはわたし』じゃないですが、もう一部になっている感覚なんです。色々な場面で“モアナの屋比久知奈”として歌わせていただきましたし、一緒に成長してきた感じです。そういうキャラクターに最初に出合える機会なんてなかなかないし、すごく身近に感じられる。今後もずっと大事にしていきたいし、7年前の気持ちを忘れたくない。私の中の芯の部分として、これからも大切にしていきたい作品、キャラクターだと、続編のオファーをいただいた時に改めて思いました」
■同じ役と向き合い続けることの難しさ
屋比久も話している通り、これだけ長い期間、同じ役と向き合うことは稀なこと。また、誰もが向き合える類のものでもない。と同時に、難しさが同居していることも容易に想像できる。
屋比久「本当に難しいです。モアナはモアナのまま、私自身は当時22~23歳だったんですが、そのイメージのまま止まってしまっている方がすごく大勢いらっしゃると思います。それだけじゃないよ、と思うこともたくさんあるので、舞台をやっていくなかでも違う一面を見てもらいたかったりします。モアナは大切だし欠かせない一部ですが、違う屋比久知奈を見て欲しいと思う機会は多々あります」
ましてや、前作から7年が経過しているが、作品世界で描かれるのは3年後。この4年間の差異を声で表現することは、想像以上に難儀したはずだ。
屋比久「当初は、色々とやりたくなったんです。声や歌の表現も含め、7年間やってきたからこそ『こういう風に歌ってみたい』『こんな風にセリフを言えるようになったから…』という思いがあったのですが、それがモアナの持つピュアさ、真っ直ぐな部分を邪魔してしまうんじゃないかと感じたんです。
前作で16歳だったモアナは、今作では19歳の設定。私が何かをしようとすることでモアナのキャラクターが変わってしまうなと思ったので、特別なことはやらないようにしよう…と思いながら吹き替えに臨んでいました。歌唱についても声の質感を少し低く出してみようと取り組んでいたのですが、どうもしっくりこない。そこで、何もわからずピュアに向き合えていた当時の私を思い出した方がいいと考えました。
余計なものはそぎ落として、シンプルな形でセリフを口にすることで4年の差異はなくなるし、逆にどんなに意識しても変わらない、年齢を重ねたからこそという部分は絶対に出てきてしまうから、そこを生かせたらいいなと感じたんです。前作を見返してみて、もうこれはわたしにはできないなと思ったし、それでいいんだとも思いました。姿勢は変えず、7年間やってきたことで自然と出て来るであろうものに自然と向き合うことを意識しました」
■そこにただ存在するだけでいいんだと背中を押してくれた
前作でも描かれているが、ディズニー作品の新たなプリンセス像として独立心旺盛な姿を観客に届けるなかで、弱さを露見することがなかったわけではない。今作では、全ての海をつなぐ1000 年にひとりの“タウタイ(導く者)”となったモアナが、人間を憎み世界を引き裂いた“嵐の神の伝説”の呪いを解くため、変幻自在な半神半人の英雄・マウイや新たな仲間とともに、世界を再びひとつにする航海に繰り出す。旅を共にする、守るべき仲間が増えたことでモアナが迷い、葛藤を抱くようになるのは人間的な成長の証ともいえる。屋比久にとっても、今作に臨むにあたって葛藤はあったのだろうか。
屋比久「モアナと通ずるものがあるなと思ったのが、海に出て過去とつながったことで、島や村を導く使命感を否応なしに背負ってきたわけです。私もこれまでやってきたものがあるからこそ、頑なになるし怖さも抱くようになった。再びモアナとして声優をやるにあたって、皆さんが愛してくれているモアナを同じように演じられるのか不安はありました。もちろん様々な経験を経て歌も、お芝居も成長できたという自負はありますが、モアナに反映して受け入れてもらえるのか、やり切れるのか、届いているのかという不安がずっとあったんです。今も正直あるし、公開されてもずっと持ち続けると思います。
ただ色々と考えていくなかで開き直れたのは、今のわたしができるベストを尽くすことが一番大事なんだということ。今もそう言い聞かせていますし、仕事をしていくうえでプライド、エゴ、他者の目、意見、評価など様々な要素があるけれど、そういうことじゃなくて、そこにただ存在するだけでいいんだと背中を押してくれたのが今回の作品。試写を観てそう思ったし、わたしにできることは全てやりました。あとは作品の持つ力が私を引っ張ってくれる。作品を、モアナを信じていればいいと思えるようになったんです」
■「道はひとつじゃない」というセリフが持つ大きな意味
そんな風に話す屋比久と劇中のモアナが重なって見えてきても、誰も驚かないだろう。本編で「道はひとつじゃない」というセリフが大きな意味合いを持つ。屋比久にとって、この7年間はどういう道だったのか聞いてみたくなった。そしてまた、未来へと伸びていく道はどういうものであって欲しいかも。
屋比久「すごく真っ直ぐな道だったと思います。ミュージカルが好きで、それを仕事にしたいと思って上京し、モアナのおかげで色々な機会をいただけたし、大好きなミュージカルもやってこられた。もちろん大変なこと、悔しかったこと、悲しかったこともありましたが、そして綺麗に整えられた道ではなかったかもしれないけれど、自分できちんと踏みしめながら歩いて来られたかなと感じます。
わたし自身、30歳になってもっと色々な表現をしていきたいと考えているんです。もっとクネクネしていてもいいなと思いましたし、性格的にビビりで優等生タイプの安全な道を選んでしまいがちですが、30歳になったからこそ今まで通らなかった、少し勇気を出してみないといけない道へ進んでもいいのかな、横道に多少逸れても楽しくなるかもしれないなと思えるようになりました。いろんな自分を見つけられそうな気もしますし、遊び心を持っていた方が楽しいですよね、きっと」