師匠があのミヒャエル・ハネケ監督というのも頷ける、大胆不敵で辛辣な知性派と言えるだろう。「ルルドの泉で」や「リトル・ジョー」で知られるオーストリアの気鋭、ジェシカ・ハウスナー監督の新作は、健康食、エコロジー、サステナビリティなど、いま話題のトピックを扱いながらも、それを180度転換させ、意識の高さがやがて強迫観念となり、悪夢に変わっていく様を描く。何ごとも度を超えれば弊害が出てくるもの。本作は、きっかけ次第で狂気とも思える状態に絡めとられる人間の怖さ、脆さをブラックユーモアたっぷりに描いている。
栄養学の教師で断食茶のプロデュースでも知られるノヴァクは、ある名門校に招聘され、栄養学の授業を開設する。彼女はさっそく「意識的な食事」を説き、「少食こそは健康的であり、実践すれば体が浄化され強くなり、自制心も向上。社会の束縛から自分を解放することができる」と生徒たちに教える。やがて何人かの従順な生徒たちがのめり込み、ノヴァクの教えは「モノ・ダイエット」(一度に一種類の食品しか食べない)へ、ついには何も食べないことへと過激化していく。実際彼女は、何も食べない人々による世界的な団体、「クラブゼロ」のメンバーだった。果たしてノヴァクの目的とは何なのか。
おそらく学費がかなり高いであろうこの学校の生徒たちは、もちろん自室を与えられたゴージャスな家に住んでいるものの、決して満ち足りているとは言えない。親が転勤で不在の孤独な生徒、拒食症を家族に隠している娘など。そんな親子のつながりの危うさをも本作は指摘する。
さらに、先の読めないストーリーテリング以上に巧妙なのが、衣装とセットデザインによる視覚的なアンサンブルと音楽だ。一見カラフルでありながらも、どこか冷たさを感じさせるモダーンな学校の様子、ノヴァクがハミングするマントラのような不協和音や、徐々に加速するドラム音が不穏さを掻き立てる。ハウスナーの強みは、ウェス・アンダーソン監督のように視覚と聴覚を最大限に刺激しながら、観る者をこの特異な世界に落とし込むところにある。
現代人の病を突いた本作は、これぞ真正のホラー映画と言えるかもしれない。
(佐藤久理子)