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坂本龍一幻のドキュメンタリー「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」鑑賞レポート【109シネマズプレミアム新宿特別上映】

映画.com 2025年1月21日 21時0分

 109シネマズプレミアム新宿にて、1月17日、「坂本龍一|Birthday Premium Night 2025」と題した上映イベントが開催された。同映画館全シアターの音響監修を務めた故・坂本龍一さんの誕生日を記念した特別上映は、昨年に続き2度目の試みとなる。

 今年は、これまで通常の劇場公開がなかった1985年フランス制作のドキュメンタリー「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版の国内初公開もあり、チケット発売告知からわずか数時間で完売したプレミアムなイベントとなった。まさに、記念すべき企画に参加した映画.com編集部が、当日の上映や館内をレポートする。

 会場となる109シネマズプレミアム新宿は、生前の坂本さんが学生時代から愛した新宿・歌舞伎町に2023年にオープンした新しい映画館だ。筆者が電車を降り、新宿アルタ地下から地上に出る際、今年2月28日でアルタが営業終了するという貼り紙が目に入った。昭和から新宿のランドマークとして知られたこの施設の閉館に、時代の変化と一抹の寂しさを感じながら歌舞伎町の雑踏を抜け、会場に向かう。

 会場となる109シネマズプレミアム新宿のスクリーン7は「東急歌舞伎町タワー」の10階にある。音と光あふれる繁華街の喧噪を抜けて、到着した劇場は、敢えて照明を落としたシックな雰囲気のエントランスが印象的だ。チケット認証が終わると、このイベント参加者に贈られる特別プレゼントが手渡された。空音央監督が撮影したスチルを用い、裏面にセットリストやソロアルバムの情報が記載された坂本さんの「Ryuichi Sakamoto | Opus」入場特典ポストカードと、2025年の月の満ち欠けを月歴カレンダーとしてデザインした「満月てぬぐい」だ。これは、坂本さんが音楽を担当したベルナルド・ベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」のセリフや、坂本さんの最後の著書となった自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」にちなんだものだろう。

 109シネマズプレミアム新宿には、映画上映前にドリンクやポップコーンが無料で楽しめるラウンジが併設されている。個性あふれるデザイナーズチェアやアート作品が配置され、坂本さんによる環境音なども用いたBGMが静かに空間と観客を包み込む。夜は夜景も楽しめ、一般的なシネコンとは一線を画した、ラグジュアリーな雰囲気が、目当ての映画作品への期待とともに、非日常感をさらに盛り立てる。

 18時から23時過ぎまでのこの日のプログラムは、第1部「Ryuichi Sakamoto | Opus」(空音央監督/2024)、第2部「Ryuichi Sakamoto:CODA」(スティーブン・ノムラ・シブル監督/2017)、第3部「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版(エリザベス・レナード監督/1985)という構成だった。特別イベントということで、坂本さんの誕生日を祝うパネルがスクリーンの入口に設置された。無地ステッカーと筆記具が近くに置かれ、観客は坂本さんへのメッセージを書き込み、パネルに貼り付け、参加者が映画鑑賞とその感想もお互いに楽しめる仕様となっていた。

 109シネマズプレミアム新宿では、坂本さん監修の下で設計された、より極限までリアルな音を追求した音響システム「SAION -SR EDITION-」が、全スクリーンに導入されており、開館以来坂本さんのファンはもちろんのこと、音や音楽を愛する多くの人々にその上質な音響体験が知られている。上映開始を知らせるチャイムも坂本さんオリジナルのものだ。筆者はすでに同館を何度か訪れているので、本イベントでも最高の体験ができるであろう安心感と、未見の作品への期待に胸を躍らせ、着席した。

 1作目「Ryuichi Sakamoto | Opus」は、坂本さん最後のピアノ・ソロ演奏をスタジオで記録した、最初で最後の長編コンサート映画だ。長い闘病のため痩せた姿に胸が痛むが、坂本さんは時折古く懐かしい友人に出会った日のような優しい笑みを浮かべてピアノに向かい、自身が選んだ楽曲を一音一音慈しみながら奏でる。ジャケット上に浮き出た肩甲骨の動きは、肉体を離れ、音楽を通して天界へ向かう天使の羽のようにも見えた。筆者にとって本作鑑賞は3度目だったが、毎回涙がこみ上げてしまう。同様に、客席ですすり泣く観客も少なくないようだった。上映後には、静かではあるが長い拍手が沸き、坂本龍一という音楽家の人生と魂が込められた作品であり、とりわけこの劇場で何度も鑑賞することの重要性を実感させてくれた。

 休憩をはさんで、2作目「Ryuichi Sakamoto:CODA」へ。坂本さんの初の劇場版ドキュメンタリーだ。最初のがん発覚からの生還、福島原発事故後の環境活動、映画音楽への取り組み、自然や環境音への広く深い探求など、坂本さんの長期かつ多岐にわたる仕事と思索を、坂本さんとともに旅するようにめぐることができる。健康的で、エネルギッシュな在りし日の坂本さんと、その仕事風景に胸が熱くなり、常に音楽だけではない世界と社会への関心、知的好奇心を持ち続けた坂本さんから多くのことを学ぶことができる1作だ。

 そして、本イベントの目玉ともいえる「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」4Kレストア版が上映された。こちらはフランスのテレビ放送用に作られた作品で、日本では1985年の第1回東京国際映画祭のみでの上映、これまで劇場公開はなかったのだそう。4Kレストア版は日本初公開ということで、まさにプレミアムな上映だ。YMOのメンバーとして世界的な成功を収め、その後ソロアーティストとして活躍する坂本さんの仕事風景、インタビューなどで構成されている。おもに1984年の東京で撮影されており、クリス・マルケル監督の「サン・ソレイユ」(1983)や、1983年の東京を映したヴィム・ヴェンダース監督の「東京画」も彷彿させるが、本作はなにより、当時30代の才気煥発な坂本さんのスター性に圧倒される。

 本編は坂本さんが敬愛していたドビュッシーの言葉から始まり、YMOのライブ映像、ソロアルバムのレコーディング風景などが紹介される。現代とはだいぶサイズ、スペックの異なるコンピューターを操る坂本さんの姿には、昔のSF映画を観るような映像的面白さも感じた。

 とりわけ印象的だったのが、新宿アルタの大型ビジョンに、坂本さんが出演したいくつかの商品のCMが流れ、それを背景に坂本さんが自身と音楽、当時の東京について語る場面だ。坂本さんファン必見の作品であるのは言うまでもないが、坂本龍一という人物や当時を知らなくとも、経済的、文化的に豊かであり、世界から注目を集めていた東京のカルチャーシーンを知ることができるアーカイブとして大変重要なドキュメンタリーであることは間違いないだろう。いつの日か、多くの人が本作を見られる環境が整うことを願ってやまない。

 坂本さんが世界的音楽家としてこの世に登場してから40年以上の時が流れ、日本も世界の状況も日々刻々と変わっている。この日、閉館の知らせを貼りだす新宿アルタをリアルに見たことも、このドキュメンタリーを観るための伏線だったような気がした筆者だが、何より本上映会で感激したのは、「Ryuichi Sakamoto | Opus」でよみがえった坂本龍一喪失の悲しみから、1作追うごとに、彼が発信し続けた音楽とメッセージを次々に受け取り、最後の幻のドキュメンタリーからは、笑いが出るほどのエネルギーが満ち溢れ、それが不変不滅であると感じられたことだ。

 まさに、「Ryuichi Sakamoto | Opus」の最後にラテン語で記された「芸術は長く、人生は短し」を体現する上映会だった。坂本さんの誕生日を祝う企画ではあったが、こちらが坂本龍一からタイムカプセルのプレゼントを受け取った気持ちで、2025年が始まったばかりの夜の新宿を後にした。

<Information>

▼大規模展覧会「坂本龍一|音を視る 時を聴く」東京都現代美術館で開催中

音楽家・アーティスト、坂本龍一の大型インスタレーション作品を包括的に紹介する、日本では初となる最大規模の個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」を東京都現代美術館で開催中。

本展では、生前坂本が東京都現代美術館のために遺した展覧会構想を軸に、坂本の創作活動における長年の関心事であった音と時間をテーマに、未発表の新作と、これまでの代表作から成る没入型・体感型サウンド・インスタレーション作品10点あまりを、美術館屋内外の空間にダイナミックに構成・展開。これらの作品を通して坂本の先駆的・実験的な創作活動の軌跡をたどり、この類稀なアーティストの新しい一面を広く紹介する。

坂本龍一 | 音を視る 時を聴く
会期:2024年12月21日~2025年3月30日
会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1)
開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月、12月28日~1月1日、1月14日、2月25日(1月13日、2月24日は開館)
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/RS/

コラボレーション・アーティスト:高谷史郎、真鍋大度、カールステン・ニコライ、アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalan、岩井俊雄
スペシャル・コラボレーション:中谷芙二子

▼坂本龍一音響監修の109シネマズプレミアム新宿で「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」開催中

劇場開業以来、定期開催している坂本龍一氏の関連作品を一挙に上映するイベント「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」が、国内初の大規模展覧会「坂本龍一|音を視る 時を聴く」に合わせて開催中。

「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」
開催期間:2024年12月20日(金)~2025年3月27日(木)
https://109cinemas.net/entryform/ryuichi-sakamoto_collection/

上映作品
「Ryuichi Sakamoto | Opus」 12月20日(金) ~ 2025年3月27日(木)
「Ryuichi Sakamoto | Playing the Orchestra 2014」 12月20日(金) ~ 2025年3月27日(木)
「戦場のメリークリスマス」※35mmフィルム 12月20日(金) ~ 2025年1月2日(木)
「ラストエンペラー」劇場公開版 4Kレストア 1月3日(金) ~ 1月23日(木)※17日(金)は休映
「怪物」 1月17日(金) ~ 1月30日(木)
「トニー滝谷」※35mmフィルム 1月31日(金) ~ 2月13日(木)
「ブンミおじさんの森」 2月14日(金) ~ 2月27日(木)
「MEMORIA メモリア」 2月28日(金) ~ 3月13日(木)

【1日限定イベント上映】2025年1月25日(土)13:00~ 2作品連続上映
「DUMB TYPE 高谷史郎 自然とテクノロジーのはざま」
「ダムタイプ 2020」

※作品の公開時期や内容は変更になる場合がございます。 最新情報は各会場の公式ホームページでご確認ください。

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