筆者がこの映画に触れたのは昨年末。正直言って2024年に鑑賞した中で最も胸打たれた作品だと感じた。ならば傑作、秀作と口にするのはたやすいことのように思えるが、一方でそのような堅苦しい言葉はそぐわない気もする。本作はもっと自然体で、しがらみなく降り注ぐ陽光の如く爽やか。それでいて結末や考えを押し付けることなく、そっと寄り添ってくれる良き友人のようだ。若き名匠ジェシー・アイゼンバーグにとって映画化への道のりは長く険しかったはずだが、その労苦を感じさせない90分の深淵がゆっくりと体に沁み渡っていく。
本作はユダヤ系アメリカ人の従兄弟どうし、デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)が、亡き最愛の祖母を偲ぶ意味を込めて、一族のルーツでもあるポーランドを訪れるところから始まる。そこで第二次大戦が残した爪痕をめぐるツアーに参加し、他の旅行者らと賑やかな親交を温め、様々な思いを巡らせるのだが―。
アイゼンバーグが自らの旅の記憶を元に着想したというストーリーは、史跡に刻まれた深い痛みや哀しみを見つめつつ、それらに真向かう「今を生きる自分」の心情を時に率直に、時に繊細に描き出す。
その原動力となるのが主人公ふたりのユニークでテンポの良いやりとりだ。とりわけキーラン演じるベンジーのキャラは格別。自由奔放に皆を振り回したかと思うと次の瞬間には人の心をすぐさま掴んで場を盛り上げるなど、傑出した個性には目を見張るものがある。それに対してデヴィッドはやや神経質で心配性にも見える。しかし本作が真に秀逸なのは、こういった表層を超え、もうひとつ奥底へ光を当てようとする人物描写の姿勢である。
目の前の相手を完全に理解することは不可能だが、しかし精一杯に思いやり、深く知ろうとすることはできる。そうやって人の内側の知られざる痛みや、この街に刻まれた壮絶な爪痕をどちらも誠実に受け止めようとする眼差しこそが、本作の大切な芯の部分を形作っているかのようだ。
ある種のおかしみと慈しみをもって体現されるデヴィッド&ベンジーの役柄が実に躍動的で素晴らしく、ツアー参加者が徐々に信頼と親しみの輪をなしていく様も感動的だ。その意味で言うなら我々観客もまたそこに集いし一員なのだろう。共に歩む喜び。別れ際に込み上げる寂しさ。この映画の観賞後、世界は前よりも少しだけ美しく輝いて見えるに違いない。
(牛津厚信)