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松たか子と松村北斗が紡ぐ、どこまでも軽妙洒脱な会話の行き着く先【「ファーストキス 1ST KISS」インタビュー】

映画.com 2025年2月5日 18時0分

 「ファーストキス 1ST KISS」は、大人が楽しんで何度も見たいと思い、そのディテールや台詞について、誰かと話したくなるタイプのラブストーリーだ。タイトルだけ聞くとまるでティーンエイジャー向けのようだが、そう思い込む観客がいるのも想定済みな、逆説的なタイトルなのだろう。

 脚本は「花束みたいな恋をした」(2021)の坂元裕二 、監督は「ラストマイル」(24)の塚原あゆ子。聞いただけで期待感が募る2人による初タッグの最新作だ。主演は、ドラマ「カルテット」(17)や「大豆田とわ子と三人の元夫」(21)と坂元脚本作品でその世界観の輪郭を際立たせてきた松たか子と、「坂元作品にどれほど影響を受けてきたのか」というSixTONESの松村北斗。NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」や「夜明けのすべて」(24)など近年は俳優としても注目されている。

 結婚15年のある日、夫・硯駈(松村)を事故で亡くす硯カンナ(松)。倦怠期を迎え、離婚間近ではあったが、あまりにも衝撃的な別れだ。脱力した日々を送るカンナは、あるきっかけでタイムトラベルができるようになる。行きつくのはいつも同じ、2人が出会う日。カンナは、若き駈と言葉を交わすなかで、どんなに彼を愛おしく思っていたのかを思い出す。人生をやり直すカンナは、駈を救うことができるのか?

 この作品で、夫婦を演じる松たか子と、松村北斗に話を聞いた。ビビットな答えと、脱力感のあるふたりの会話の対比が面白く、それを活かした形でお届けしたい。(取材・文/関口裕子、写真/間庭裕基)

■坂元脚本の魅力は?

――メジャー・デビュー・シングル「明日、春が来たら」への詞の提供、ドラマ「カルテット」「スイッチ」「大豆田とわ子と三人の元夫」への出演と、坂元作品の台詞とのマッチングが素晴しい松さんですが、坂元脚本の魅力を教えてください。

 松たか子(以後 松):映画に出させていただくのは初めてなので、新鮮な気持ちで脚本を読みましたし、面白いと思いました。ただどうやって撮るのかなとは思っていましたけど。

――どうやって撮るのかと考えたのは、タイムトラベルの部分ですか?

 松:そこに目は行きましたが、そこは監督たちがなんとかしてくれるだろう(笑)と思ったので、視覚効果など目が行きやすい部分ではなく、自分のやるべきことを頑張ろうと切り替えた感じです。

――「坂元裕二さんの作品や書籍にどれほど影響を受けてきたのか分かりません」とおっしゃる松村さんは、いかがですか?

 松村北斗(以下 松村):最初にいただいた脚本は、最終的な撮影台本よりだいぶボリュームのあるものだったんです。そのまま撮ったらたぶん4~5時間の映画になりそうなボリューム。過去での出来事や、他のキャラクターのドラマがもっとたくさんあって、それが本当に面白かったんです。それをどんどん削って、洗練されていって。でも寂しくなるところはなく、むしろその進化を見守れたことで、坂元さんのすごさみたいなものを感じることが出来ました。この台本、絶対取っておこうと思います(笑)。

――坂元さんの脚本にはすごく印象的な台詞がたくさんあると思います。私は、一度言われてキュンとした言葉を、相手が覚えていないのをいいことに、タイムトラベルするたびに言わせるところで笑いましたし、「寂しいという気持ちは好きから始まる」みたいな台詞も印象に残っています。お二人が印象に残っている台詞はありますか?

 松村:僕は、これがいわゆる坂元脚本を愛してやまない部分なのかもと思った、柿ピーのくだりです。「君は柿ピーの柿が好きで、僕はピーナッツが好き」。下手したら坂元さんが、わざと坂元節をやったのではないかと思うくらい、ドンピシャ書いてくださった。その台詞を言えたことが感動でした。

 松:私は、2人の会話に出てくる「15年後、人は何を見ても聞いてもやばいしか言わない」という台詞ですね(笑)。この台詞を、いろいろ乗り超えた2人が楽しそうに喋っているのがかわいいなと思ったし、言っていても楽しかったです。

――松さんから見た坂元脚本の魅力とはなんでしょう?

 松:気づいたら血だらけ。グサグサにやられている感じですかね(笑)。それなのに人に優しい。なんか大丈夫だよと言ってくれるような感じもあるんです。

――松村さんは、坂元さんが脚本で、松さんが主演された「カルテット」がお好きなんですよね?

 松村:はい。「うわ、なんだ、このドラマ! めっちゃ好きだ」と思ったら、坂元さんの脚本だったんです。

 松:(驚いた顔を松村に向ける)

 松村:僕、前にも言いましたよね。

 松:いや、見ただけでびっくりはしてないです。驚いているように見えるかもしれませんが、こういう顔です。

■「松たか子という存在の大きさに屈する」「怖いこと言わないで」

――塚原あゆ子監督は、坂元さんと初タッグだそうですし、おふたりも初めてお仕事されたかと思いますが、塚原監督はどんな演出をされるのか教えてください。

 松:塚原監督は、坂元さんの脚本を、「こうなんじゃないか、ああなんじゃないか。こうできるかな、どうできるかな」と、常に考え、チャレンジされていて、見ていてすごく面白かったです。塚原監督は、あふれるようにアイデアを出される方。次々と出てくるのがすごいんですよね。坂元さんもそれを楽しんでいたからこそ、タッグが実現したと思うので、刺激的な出会いだったんじゃないでしょうか。

 松村:塚原監督は、言語化がうまくて、速いんです。だからたくさんの言葉で伝えてくれる。僕はとにかく相談の回数が多いし、分からないときは何度も聞くし、言葉が難しすぎて「ごめんなさい。どういうことか分からないです」と言うほうで。でも塚原監督は、また別な言葉やたとえを使って説明してくれるんですよ。「とりあえずやってみてください」という突き放し方は絶対にしない、ある意味、愛情深い演出をされる方だと思いました。

 坂元さんと、塚原監督は、おふたりとも全然異なるエンタメ性とリアリズムの描き方を持っていらっしゃるので、それを共存させたことで、どちらにもないすごく素敵なものが生まれた感じがしました。

――松さんは「松村さんのおかげでカンナとして居ることができました」。松村さんは「坂元さん作品の常連である松たか子さんのサポートのおかげで、毎日ヘトヘトになるまで作品と向き合うことができました」とお互いにコメントされていますが、お2人だからこそ役になりきれたと思った瞬間や、また現場でのお互いの印象を教えてください。

 松村:本人を目の前にして何ですが、まず松たか子という存在の大きさに屈するんですよ。ましてや夫婦役。どうしたものかと、正直、最初は「出たとこ勝負」みたいな気持ちでした。でも、そのハードルを乗り超えさせてくれたのも松さんなんです。「気さくなお人柄」だけでは言葉が足りない気はしますが、にじみ出る、この人について行ったらなんとか乗り切れそうだという雰囲気が、初対面のときから圧倒的にあったんです。

 松:怖いこと言わないで。

 松村:駈には、どこで力が抜け、どこで熱がこもるのか、掴みきれないところがあるので、常にカンナがああいうテンションでいてくれるのは本当にありがたくて。だから安心して演じられたんだと思います。松さんは、もう残された選択肢は一つしかないところまで導いてくださった。松さんじゃなかったら、僕はどうなっていたんだろうと思います。

 松:初日、衣装合わせとカメラテストだったと思うんですが、松村さんがものすごくたくさん喋ってくれて。めちゃくちゃ気を遣ってくれたんでしょうね。とても疲れたと思いますよ(笑)。

 松村:恥ずかしい話はもういいです。松さんは僕のことを「輪郭がある人」だというんですよ。

 松:初めてお会いしたときの印象が、思っていたよりも「輪郭がある人」だったという話なんですけどね。いい意味で(笑)。

 松村 「輪郭がある人」ってどういう意味だと思います? まだ誰も解明できていないんです(笑)。僕も、5回ぐらい聞いたんですけど。

 松:透明感溢れる、繊細でナイーブな人なのかと思ったら……。

 松村:普通の男性が来たと?

 松:いや、違います。思ったより、しっかり「輪郭がある人」が来た(笑)。

 松村:ガタイがよかったという意味ですか?

 松:うん、それもあるのかも。フラッと倒れちゃいそうではないしっかりした人。ご一緒するにあたって、私で大丈夫なのかなと思っていたんですけど、輪郭のはっきりした人だったので安心感があったんですよ。

 松村:初めて安心感という言葉が出ました(笑)。一つ謎を切り崩せた気がします。公開初日までに、あと3回ぐらい聞くと理解が固まるかもしれません。

■夫婦関係が破綻した2人にはなくて、修復されていく2人にはあるもの

――この作品では、冒頭、あっという間に関係が悪化していく夫婦を見せられます。でも、駈を助けようとカンナが何度もタイムトラベルを繰り返すうちに、関係性は少しずつ修復されていきます。ただ、2人の性格が変わっているわけではない。夫婦関係が破綻した2人にはなくて、修復されていく2人にはあるもの、それは何なのか、どんなふうに理解して演じていましたか?

 松:難しい(笑)。カンナでいうと、たぶんあの人自身は最初から最後まで、どの次元でも全く変わっていなくて、ただ〈伝えなければいけないこと〉を、伝えられたか、伝えられなかったかの違いだと思います。次なるページがどうなるかは、何を伝えたか、何を言わずじまいだったかで変わるのだと。

 私自身は、こうしたら人生が変わるという何かを、知りたくないのかもしれません。それが分かっていたら、やり直したくなるでしょうけど、人生はやり直せない。やり直せない前提で、やり直す話を演じるのがいいのかなと。そうでないと今を生きているのに、楽しくないじゃないですか。強いて言えば、自分にがんばれというエールを込めて演じていました。

 松村:駈は、タイムスリップしてくるカンナを、どこまで信じていたのか。たぶんすごく高い数値で信じていながら、本当なのかと疑う気持ちも抱えていたんじゃないかと思うんです。毎日、別なタイムラインの同じ時空で、カンナによる2択が行われ、その結果が積み重ねられていったことを、駈は知らないまま過ごしている。毎日が新しい駈には、蓄積も変化もないはずなのに、でも何かがあるんですよね。駈に変化があるとすれば、やり直した人生では、「自分にとって大切なことは何かを確認するようになった」ということのような気がします。

――最後に1つ。これは、上質な大人のラブストーリーだと思いますが、映画におけるラブストーリーの役割とはなんだと思いますか?

 松:なんだろう。(松村のほうを向いて)なんですか?

 松村:誰もが共感しやすい、あるあるなんじゃないでしょうか。ラブストーリーって、カテゴリーとして、「スター・ウォーズ」よりあるあるが多いのかなと。「わかる。好きになるとこうだよね」とか。

 松:なるほど。あるあるね。

 松村:あるあるです。

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