坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」サウンドトラック(1982)録音に参加したことで知られる、世界的音響エンジニア、オノ セイゲンさんに映画と音、音楽についてのさまざまなトピックをきく企画です。
難しい専門用語は少な目に、音の調整の仕事について、また一般の映画ファンがより良い音と環境で映画を楽しむための秘訣や工夫をわかりやすく語っていただくコーナーで、時にはゲストとの対談も。
今回は、不朽の名作「ニュー・シネマ・パラダイス」について。現在TCエンタテインメントから好評発売中の「ニュー・シネマ・パラダイス」<インターナショナル版>と<完全オリジナル版>Blu-rayで音声リマスタリングを担当したセイゲンさんと、音楽・文化批評家/詩人の小沼純一さん、オーディオ・ビジュアル評論家の山本浩司さんが鼎談し、Blu-ray購入特典として封入されたリーフレット原稿の一部を抜粋しお届けします。
なお、2月8日からは、東京・池袋の新文芸坐の企画<オノ セイゲン presents「オーディオルーム 新文芸坐」vol. 24>で、「ニュー・シネマ・パラダイス」完全オリジナル版が上映されます。映画館でも自宅でも、極上の音で鑑賞できる名作のトリビア、音と音楽そして映画に造詣の深い専門家たちのトークをお楽しみください。(収録:2024年8月30日 鼎談まとめ:山下泰司)
※本記事には映画のネタバレとなる記述があります。
▼<インターナショナル版>と<完全オリジナル版>の違い
オノ セイゲン 音声のマスタリングの作業のために、<インターナショナル版>と<完全オリジナル版>を細かく見比べる必要があったわけなんだけど、一番大きな違いは、映画監督になったサルヴァトーレ=トトがシチリアに戻ってきてからの、大人になったエレナとのくだりだよね。僕は今回の仕事が来るまで<インターナショナル版>しか観てなかったから、「こんな話だったの?」ってビックリした。
小沼純一 2つのバージョンでは物語の重心が変わってくる。<インターナショナル版>だとトトとアルフレードの疑似親子的な関係がメインだけど、<完全オリジナル版>はエレナとの顛末まで含め、もっとトトの全人生を浮かび上がらせるような話になってる。ちなみに、あの大人になったエレナを演じているのは、古典中の古典「禁じられた遊び」(1952)の女の子をやっていたブリジット・フォッセーだよ。
山本浩司 ええーっ!? 全然分からなかった!
小沼 分かるはずないよね。あれから36歳くらい年を取ってるわけだから。僕だって俳優のクレジットを見て、「ん? ブリジット・フォッセー? どこに……ああーっ!」って感じで(笑)。だから、その配役にも、映画文化への鎮魂、みたいなメッセージが込められてる。
山本 なるほどね。<完全オリジナル版>のディスクに入ってる監督のコメンタリーでは、イタリア映画界の大女優シルヴァーナ・マンガーノも候補だったらしいけど、フォッセーで正解だったかもしれない。考えてみれば、フォッセーも、大人になったトトを演じるジャック・ペランも、そしてアルフレードのフィリップ・ノワレも全員フランス人。
オノ この映画もそうだけど、昔の映画は全部アフレコ。
山本 フェリーニなんて、外国語の俳優には撮影中に数を数えさせてたって逸話もあるね。
オノ 2つのバージョンの違いって実はその後半のくだりだけじゃなくて、<インターナショナル版>ではあちこちのシーンの端々もコマ単位で174箇所も摘まんで、それで尺を縮めてテンポアップを図ってる。一部を除いて音声のダビング(=ミックス)をやり直したりする時間もなかったんじゃないかな。モリコーネ・ファンからすると、やはり<完全オリジナル版>で観た方がストレスがない。
小沼 やはりこの映画の大きな立役者は、モリコーネの音楽だからね。
オノ 特に「メインテーマ」と「愛のテーマ」はどれだけクラシックやジャズのミュージシャンにカバーされたか分からない、というくらいポピュラーになった。しかし曲だけカバーする音楽家は、必ずこの<完全オリジナル版>を聴き込んでモリコーネの音色と歌い方を理解した上で、楽譜を解釈しなおした上で演奏してほしい。演奏テクニックを見せる音楽じゃないんですよ。そのシーンに書き込まれた感情を理解して、その上で演奏してほしい。できれば監督コメンタリーもしっかり読んでからね。
山本 チャーリー・ヘイデンとパット・メセニーのデュオ大名作「ミズーリの空高く」なんて、その2曲両方やってるもんね。
小沼 今回のBlu-rayの音声、セイゲンのマスタリングのおかげもあってか、コントラバス奏者たちの演奏が、重低音が出ているし、ひとつひとつのうごきがはっきりわかる。片や、ピチカートの粒だちも素晴らしくて、モリコーネのオーケストレーションの魅力が存分に味わえるね。
オノ 何も加えてない。録音されているハーモニー、演奏が見えるように。
山本 この映画、一回観ると、しばらく音楽が頭から離れないよね。ここぞという場面でしつこいくらいにテーマを聞かせてくるからさ。
▼フェデリコ・フェリーニの影
小沼 さっきフェリーニの名前が出たけど、フェリーニの映画、特に初期の頃の映画って、背後で教会の鐘の音がしてることが多い。イタリアってカトリックの国だからね。で、この映画もまた、ありとあらゆる場面で「鐘の音」がとても重要な役割を果たしてる。冒頭で、大人になったトトが過去の回想を始めるところも、風鈴というかウィンドチャイムの音がきっかけになっていて、そこから教会で居眠りしているトトに繋がるでしょう? トトの役割はお祈りの途中で小さな鐘を鳴らすこと。そしてその小さな鐘を、今度は神父がキス・シーンやラヴ・シーンをカットさせるための試写で鳴らしたり。なんか、そういうシーンとシーンの繋ぎが上手い映画なんだよね。これは音だけでなく、映像の繋ぎもね。
オノ まだ観てない人にはネタバレになっちゃうけど、最後にそのカットされたキス・シーンが繋がれたフィルムを、トトが試写室で観るじゃない? その映写技師の役を実はトルナトーレ監督はフェリーニに依頼したんだってね。だけどフェリーニは「こんな感動のクライマックスに面が割れてる自分が出たら興覚めだから、君がやれ」とアドバイスした。
山本 あそこで一瞬映るのはトルナトーレ監督本人なんだ。
オノ さすがフェリーニだよね。確かにこの頃にはもう、フェリーニは巨匠中の巨匠だから。
小沼 この映画はフェリーニに多くを負ってる。特に「フェリーニのアマルコルド」(1973)だね。そもそも「ニュー・シネマ~」のプロデューサーのフランコ・クリスタルディって、「アマルコルド」や同じフェリーニの「そして船は行く」(1983)の製作もやってる人だよ。引用を明らかにしていくと、お婆さんになってからのトトの母親を演じているプペッラ・マッジョはその「アマルコルド」で主人公の母親を演じた人だし、少年たちが集団で自慰行為をしてる場面もあったし、怖い先生の授業風景なんかも「アマルコルド」に全く同じようなシーンがある。
山本 あのお馬鹿なボッチャが、まさか後でああなるとはなあ……(笑)。
小沼 という顛末は<オリジナル完全版>でしか分からない(笑)。僕は小学校の時からフランス語の授業がある学校に行ってたんだけど、その先生のフランス人女性がまさにスパルタで、ヨーロッパの初等教育ってみんなあんな感じだったんだろうな~って、トラウマが蘇って脂汗が出てきたよ(笑)。
オノ 高校でジャズの前に小学校でフランス語やってたの? さすがだなあ……。あとは「フェリーニのローマ」(1972)も引用元だよね。映画館の中のあの喧騒、人ごみに紛れてセックスしてるカップルがいるなんてのも、そのまま「ローマ」の引き写し。
※このほか、「ニュー・シネマ・パラダイス」のバージョンの変遷、音のいい映画を見ることの醍醐味、セイゲンさんのマスタリングのこだわり、ホームシアターでの鑑賞指南など、全文(6300文字)は、ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 普及版 Blu-ray(¥4,180 税抜価格¥3,800)の封入特典リーフレットで確認できます。なお、このリーフレット全文は、2025年2月8日の新文芸坐での上映来場者にも配布されます(先着300名)。
<Information>
■オノ セイゲン presents「オーディオルーム 新文芸坐」vol. 24
上映スケジュール、詳細は以下の通り
2/8 15:10~「ニュー・シネマ・パラダイス」完全オリジナル版 174分
上映後トークショー:小沼純一氏(音楽・文芸評論家)、山本浩司氏(オーディオ評論家)、オノセイゲン氏
2/10 19:30~ 2/11 10:30~ 2/14、2/16 10:00~ 「ニュー・シネマ・パラダイス」完全オリジナル版 174分
チケット:一般1900円、各種割引1500円
新文芸坐公式HPで オンラインhttps://www.shin-bungeiza.com/schedule#d2025-02-08-1にて販売中(窓口は当日9:00より販売)
※チケット購入後の変更・払い戻しはできません
※オンラインでの販売は上映の15分前まで(以降は劇場にてお買い求めください)
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Profile
オノ セイゲン
1978年より音響(PA、録音、マスタリング、機器の共同開発など)エンジニアとして多数のプロジェクトに参加。一方でアーティストとしてスイス、モントルー・ジャズフェスにも4回出演。96年「サイデラ・マスタリング」を開設、2010年代より映画のBlu-rayソフトのオーディオ・マスタリング(現在52タイトル)も開始し、2023年より東京・池袋の映画館、新文芸坐と作品に合わせて劇場の音響を簡易調整するシリーズ「Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」も開催中。
小沼純一
音楽・文化批評家・詩人。現在、早稲田大学文学学術院教授。主著に、「ピアソラ」(河出書房新社1997)「ミニマル・ミュージックその展開と思考」(青土社1997)「サウンド・エシックスこれからの「音楽文化論」入門」(平凡社新書 2000)「バカラック、ルグラン、ジョビン愛すべき音楽家たちの贈り物」(平凡社2002)「映画に耳を 聴覚からはじめる新しい映画の話」(DU BOOKS2013)「音楽に自然を聴く」(平凡社新書2016)「SOTTO」(七月堂2020)「しっぽがない」(青土社2020)、訳書にマルグリット・デュラス「廊下で座っているおとこ」(書肆山田1994)「ジョン・ケージ著作選」(ちくま学芸文庫2009)等がある。
山本浩司
「HiVi」、「ホームシアター」(ステレオサウンド社発行)の編集長を経て、2006年、文筆業へ転身。ハード&ソフトへの審美眼を日夜磨き、最新オーディオ&AV事情を滑らかなセンテンスで分かりやすく、しかもディープに綴る。自宅ホームシアター(自称「お一人様限定」俺さまシアター)における真摯な取り組みも傑出し、アナログLPからハイレゾファイル、ブルーレイ、3Dまで、至高の絵と音を求めて、日々精進を重ねている。スチュワート製110インチスクリーンとJBLのホーンスピーカーをキャンバスにして、“美しく生命力に満ちた絵と音”を描き出す、AVの達人。