映画.comスタッフが日本&世界各地の映画館や上映施設を紹介する「世界の映画館めぐり」。今回は南インドのプドゥチェリ(ポンディシェリ)の映画館を訪れました。
プドゥチェリは1954年までフランスの植民地であり、仏語のポンディシェリの呼称が長く使われていたため、地元の方々にはポンディと略して呼ばれているようです。フランス風の瀟洒な建築物と、インドならではの混沌とした雰囲気が一体となった個性的な街で、海岸もほど近くサーフィンを楽しむ人も多いとのこと。
ポンディには、シネコンを含めいくつか映画館がありますが、今回はシネコンではなくローカルの劇場バラジシアター(Balaji Theatre)に行ってみることに。宿から徒歩で向かっていると、インドの他の街ではあまり見かけなかった「Wine Shop」と看板を出した酒屋を数多く発見しました。
ネットで上映作品と時間を検索し、ちょうどよかったのが「Alangu」という12月27日封切の作品です。上映時間は約2時間と短めで、“タミル族の少年ダルマンは、母の願いを叶えるために友人たちと犬のカーリと共にケーララ州へ旅立つ。冷酷な政治家兄弟と衝突した後、彼らの一味に追われながら危険な森を抜けて逃げなければならないが、成功への希望は次第に薄れていく”(公式HPから翻訳)という物語です。
到着したバラジシアターは、日本の古い学校のような大きな建物でした。なんと、70ミリフィルムが上映できた映画館のようで、ビルのてっぺんに設置された<70mm、エアコン完備>のサインが目を引きます。今となっては貴重な映画館の一つでしょう。上映開始時間の15分前頃からチケットが窓口で販売され、入場しました。
館内の内装や設備は、筆者が小学生だった1980~90年代くらいでしょうか、日本にもあったデジタル上映導入前の大スクリーンの劇場を思い出す、懐かしい雰囲気です。この時は開放、販売はされていないようでしたが、バルコニー席もあるようです。
年始の平日の日中の上映ということもあり、観客は20人ほどでしょうか。男たちの闘いを描く作品だったので、男性客が多かったです。売店では、ポップコーンや、コーヒーが手ごろな価格で売られていました。また、お掃除係の方は上映中が休憩時間なのか、外でお昼寝をしていたりと、若いスタッフがキビキビ働く都会のシネコンとはまた違ったのんびりした雰囲気に癒されました。
館内のディスプレイには、映画賞のトロフィーや記念の賞品などが飾られており、かつてはスターが来場する各種セレモニーの会場にもなっていたのでしょうか、この劇場の栄光の時代を思い出させるようです。そして、70ミリフィルムで撮られたインド映画の上映があれば、是非見てみたいものです。
映画館前に掲出された数種類のポスターがかっこよく、「Alangu」の#ManVsDogというタグ付けにも興味を惹かれます。監督はSakthivel Perumalsamyさん、グナニディ(Gunanidhi)さんという俳優が主演。監督名もキャストも日本語検索に引っかからない、こういったローカルな作品に出会えるのが、旅先での映画館めぐりの醍醐味であり、心が躍ります。
ネットで観た解説に“タミル・ナドゥ州とケーララ州の国境を舞台にしたこの映画には、タミル語とマラヤーラム語の両方の会話が含まれている”とあり、筆者が思い出した作品があります。怒り狂う暴走牛と1000人の村人たちが繰り広げる戦いを描き、第93回アカデミー賞国際長編映画賞部門のインド代表にもなった「ジャッリカットゥ 牛の怒り」です。こちらがマラヤーラム語の作品で、数年前にリジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督のインタビュー(https://eiga.com/news/20210717/8/)で、ケーララ州の文化について興味深い話をうかがいました。
「Alangu」は、南インドの緑豊かな森の中のいくつかの集落が舞台。英語字幕がないのでセリフは全くわかりませんが、のんびりした田舎の雰囲気でも何か住民同士のトラブルが起きているのがわかり、マラヤーラム語のセリフにはタミル語の字幕が付きました。また、(フェイクでしょうが)犬を殺害するシーンや、対立する人間の腕を鉈(なた)で切り落としたりと、ぼかしは入っているものの、物語の割と早いうちからかなりハードな場面が出現し、こちらの心拍数を上げてきます。
しかし……そんなバイオレンス描写が刺激的過ぎたのか、はたまた上映前に食べたスパイスの効いた昼食が刺激的だったからか、インド渡航経験がある方の多くは体験していると思われる急な体調異変が私を襲い、たった2時間の上映でしたのに、数度の自主的インターミッションを挟むことに……。
さらに、勝手が違うため、日本人女性にはややハードルの高いインドの伝統的お手洗いをクリアしなければ、客席には戻れない……という2重の困難が私に降りかかり、何とか窮地を脱したものの、残念ながらこの物語の犬と人との関係やどんな展開で決着がついたのかわからずじまいでした。終盤に村の少女が犬をかわいがるようなシーンがあったので、ハッピーエンドだったと思います。実話を基にしている、社会派アクションスリラーとのことで、何かの機会に再見できることを願ってやみません。おそらく日本では見られないであろう作品、そしてこのようなアクシデントも含め、インドでの映画館でしか味わえない貴重な体験となりました。
プドゥチェリは移動の都合でわずか半日の滞在でしたが、街そのものも魅力的だったので、今度は体調を万全にしてゆっくり訪れようと心に誓いました。次回は、南インドの門前町ティルチラッパリの映画館をご紹介します。
▼「Alangu」予告編